FOR YOU

9      SOUL LOVE
 
 
 
 
 
 柔らかな霧のようなものに抱かれている自分を感じる。
(ここはどこ…)
そう問いかけても誰からも返事はない。その代わりに時間が記憶の糸をゆっくりとほぐしてくれた。
(そっか…私、龍神様を呼んで…)
記憶を失う直前の、皆が自分を必死に止めようとする声が蘇ってくる。それは本当に嬉しかったが、やはり自分はこうするべきだったのだ。やっと一つにまとまった八葉を守ることは京を守ることに繋がり、そして自分がここにやってきた理由にも繋がっているのだから。
 このまま意識が戻らなかったとしたら、自分は死んだことになるのだろうか。花梨の脳裏にふとそんなことが浮かんでくる。
(パパもママも心配するだろうな…私のいない時間がどうなっているかはわからないけど)
でもそれが自分の運命ならば受け入れようと思った。それで京が救えるのなら。それに自分が消えても、八葉たちはもう一人の神子である千歳に仕えてくれるだろう。彼女ももう孤独に震えることはなくなるのだ。ほんの少し切ないけれど…寂しいけれど…。
「そんなこと言っちゃ駄目よ!」
 どこからか元気のいい少女の声が聞こえてくる。花梨の命をつなぎ止めるかのような強い言葉だった。
「自分を諦めたりしちゃ駄目よ。あなただって何度もくじけそうになったけど、やっとここまで来たのでしょう?」
「誰…?」
霧の向こうから声の主が見えてくる。紫色の衣装の少女は記憶になかったが。
「あなたは?」
「わたしはあかね。えーっと、あなたの前に神子って呼ばれていたの。一応先輩になるのかな」
紫姫にせがんで何度も聞かせてもらった先代の龍神の神子の話が思い出される。でもこうして見ると、自分と変わらない感じの普通の女の子ではないだろうか。あかねもそこらへんはわかっていたのか、ペロッと舌を出して笑って見せた。
「私もあなたと一緒なの。ごく普通の現代の高校生だったのよ。でもある日友達と伝説の井戸を見に行って…そこで吸い込まれるようにして京へとやってきたの。私は一緒に来た友達二人も八葉だったから、気持ち的には気軽でいれたのかもしれない。あなたの苦労が口でしか言えないのが悔しいくらい」
 あかねは花梨の手をとると、その場に立たせた。そして諭すように背中を叩きながら言葉を続ける。
「でもね、だからこそ死んでもいいなんて言っちゃ駄目よ。…あれを見て」
あかねの指先が遥か彼方を指し示す。そこには眩しいほどの赤い光が空を舞っていた。まるで激しさと温かさを同時に抱くようにして。
「赤い…炎?」
「天高く舞う朱雀よ」
花梨の脳裏にとある少年の姿が浮かんでくる。そしてそれはあかねの脳裏にも…それぞれ存在は異なっていたけれど。
「イサトくんっ、イサトくんイサトくん、イサトくん…」
「わかっているはずだよ。彼がいつだって体を張って守っていてくれたこと。そして側にいなくてもいつだって心の中にいてくれたこと。だったら余計に帰らなくちゃ、ねっ」
 二人の神子は互いの手をしっかりと握りしめて見つめ合った。
「でも、どうして貴方はわたしのことをこんなにもよくわかっているの?」
「私も同じ出会いをしたからよ。そして最後には貴方と同じことをしたわ。もちろんイノリくんの方が万倍いい男だけどね」
胸に息づいた優しい気持ちと温もり…それさえあれば自分はどんなことだって出来るような気がしていた。案の定『彼』にがっちりと怒られたけれど。
「さあ、帰ろう。私たちの世界に…」
 
 
 
 
 誰かがすすり泣いているような声が聞こえた。ゆっくりと目を開けると、長い髪の少女たちが心配そうに自分を見下ろしているのが見えた。
「紫姫…千歳…」
「神子様!! お気づきになりましたのね? よかった…よかっ…」
まだ十歳になったばかりの星の一族の姫は、小さな手で顔を被い泣き出してしまう。
「泣かないで。心配かけてごめんね」
「本当にそうですわ。でも私…そんな神子様のことが本当に大好きなのですわ!」
「ありがと。千歳は大丈夫? 龍神の影響はなかった?」
 その一言を耳にしたもう一人の姫は、はっと息を飲んだ。たった一人で戦ってきたと思っていた自分にこんな優しい言葉をかけてくれることが信じられなかったのだ。そして自然と涙が溢れてくる。
「ごめんなさい…私貴方に随分と酷いことを言ったわ」
「気にしないで。今はこうして向き合うことが出来たんだもの。ねえ、少しは八葉のみんなと話した?」
花梨に手をしっかりと握られると、千歳は泣き顔を隠すことも出来ない。ただ小さく頷いて見せた。
「みんな素敵な人たちでしょ。でもね…初めの頃はそれぞれの使命があって、心を上手く開けずにいたのよ。でも京を守りたいという想いが全てを越えて皆を結びつけているの。だから千歳もきっと分かり合えるよ。心を閉ざさないで皆と語り合える時がくるから」
確かに自分には八葉はいなかった。しかし今こうしてもう一人の神子とわかりあえた以上のものは必要ないのだ。そのことを必死に伝えようとしても唇が動いてくれない。ただ手を強く握って何度も頷いて見せた。
 二人の友情を確認した紫姫は、さりげなく視線を部屋の隅へと移した。
「…兄様」
花梨が慌ててそちらを向くと、あの口の達者な少年が恥ずかしそうに座っているのが見えた。しかし未だ素直になれる術を学んでいないのか、花梨の視線を避けるようにそっぽを向いた。
「よかった。深苑くんも帰ってきてくれたんだね」
「私の家はここだからな…」
あまりにも不躾な言葉に紫姫の表情が変わる。でも肝心の花梨の口から笑みが浮かんでいるのだから何も言えない。
「そうだね。変なこと言ってごめんね」
 本当はそんなこと言いたいわけではないのに…深苑の横顔が少しだけ悲しげに歪む。花梨はそれに気がついているのかいないのか、目を伏せて彼に語りかけてきた。
「深苑くん…私ね、深苑くんがいなくなってからもいっぱい紫姫と話をしたの。紫姫は確かに星の一族としての重荷を背負っているかもしれない。でもそんな自分も承知した上でいろんなことを楽しめる子なんだってわかったの。だから深苑くんも決して無理をしないで二人いつまでも仲良しでいてね。いつかは二人も離れて暮らさなくちゃならない時がくるのでしょう? 千歳と勝真さんのように…だったら余計に今の時間を大切にして欲しいよ」
「そっそんなことそなたに言われなくてもわかっておるわ!!」
思わず出た強い言葉に深苑自身が口を押さえる。しかし花梨はじっと目を伏せていたのでそれには気がつかなかった。
「今の声は…深苑殿?」
 隣の部屋に控えていた8人が敏感に反応する。廊下を走る音が響き、真っ先に顔を出したのは先日兄弟だと明らかになった二人だった。
「今、深苑殿のお声が聞こえましたが…」
「花梨さんが気づかれたのでしょうか?」
大人しい容姿に似合わぬ興奮気味であった。更に生真面目な性格の二人が続く。
「お待ち下さい、お二人とも」
「無礼は承知しておりますが、神子殿のご容体は…」
「だから私は先程から問題はないと…」
「ハハハッ、何を大げさな。慣れぬ戦いを終えて休んでいる姫君を前に、大の男が騒ぎ立てるものではないよ」
軽やかに笑う海賊の背後に、青年の言葉が飛んだ。
「だったらでかい図体をさっさとどかしやがれ!!」
大きな男たちの登場に、花梨の寝所は一気に騒々しくなる。ついにその騒ぎに深苑が切れた。
「神子の枕元で騒ぎ立てるそなた達は本当に八葉なのか! その前に神子の無事をもっとも案じていた者を通してやるのが先であろう!」
 その場にいた全員の動きが止まる。そして男たちは我に返るようにして中央に花道を作っていた。その向こうには燃えるような赤い髪と瞳を持つ少年が照れくさそうに立っていた。
「俺…俺は別に…」
「イサトくん…? イサトくんイサトくんっ!!」
花梨は目に涙を浮かべながら立ち上がろうとする。しかし疲れ切った肉体はそのまま崩れるように倒れてしまった。
「バカ…ッ」
イサトは慌てて駆け寄ると彼女をしっかりと抱きしめた。
「無理すんな。お前は自分でどれだけのことをしたのか、わかっちゃいねーんだよ」
「ごめんね、本当にごめん…」
あの時、どうして自分は死んでもいいと思ったのだろう。この腕に抱かれることをなくして死ぬことなんて考えられなかったはずなのに。彼の気性のままの激しい炎はここでは誰よりも優しい温もりになった。
「もうどこにも行かないから…だからずっとずーっと一緒にいてね」
「わかってる…わかってるよ」
 二人を残して、全員が寝所から立ち去って入った。イサトはそのまま花梨を寝かせると、横に座って手を握りしめる。
「もう終わったんだね。私に出来ることはもうないんだね」
「ああ。でもこれで自由になれたんだぜ」「うん」
脳裏にもう一人の神子の姿が蘇る。彼女も今は見知らぬ天の朱雀に抱かれているのだろうか。あの明るくて優しい瞳を愛する人だけに向けて。
「幸せになろ…俺達一緒にサ」
 
 
 
 
 
END
 
 
 
 
2222番を踏んで下さったちゃんやす様に捧げる初めての遙か2の創作です。イサトくんと花梨ちゃんのエンディング話に前作のあかねちゃんも加わった内容になりました。ちゃんやす様の本命が泉水さんだと知りながら自分好みのカップリングを選ぶ鬼のような奴ですみません。理由はただ一つ…まだイサトのエンディングしか見ていないのれふ。(でもイサト×花梨可愛くて好きだ。心配性のお兄ちゃんとマイペースな妹みたいで。なんかよりゼフェコレ色が強い感じですね)
でも凄く気持ちが入ってしまったのは本当でして、特に千歳ちゃんに感情移入してしまった私は癒しが足りないのでしょうか。
ちゃんやす様、いつもお世話になりっぱなしですみません。これからもちょくちょく遊びに来て下さいましね。
更新日時:
2004/01/24
前のページ 目次 次のページ

戻る


Last updated: 2010/5/20