FOR YOU

10      LOVE PHANTOM
 
 
 
 
 
 飛空大陸アルカディア・天使の広場…人々の憩いの場になっているここに、美しいガラスに包まれたような喫茶店があった。夜想祭と呼ばれる賑やかな祭りの輪をかき分けて、美しい金髪の男性がその店に入ってゆく。
「やれやれ、こんな盛り上がっている時にまで読書に時間を費やすなんて正気じゃないね」
彼は奥の席にいた銀髪の少年の前に立ってそう言った。
「興味ないんだ」
「そう言うと思ったよ」
 彼の前に腰掛けると、すぐにウェイターがやってくる。
「そうだねえ…ワインをもらえるかな」
見かけは華奢な少年そのものだ。しかし同時に妖艶な大人としての雰囲気も感じさせる。まだ若いウェイターはそれに巻き込まれるように注文を書き込んだ。
「お味はいかがいたしましょう」
「僕の瞳の色でお願いできるかな」
日差しを受けて輝く瞳は、彼の目の前に座っている少年と同じ薔薇色だった。ウェイターがロゼワインをテーブルに運ぶまで時間はかからなかった。
「乾杯は…してくれそうにないね」
少年のコーヒーカップは大半が飲み干されていた。
「一人でも出来るだろう」
「まあね」
 遥か未来の宇宙からの大陸の時空移動は、過去の人物が関わることによって宇宙の状況を大きく変えてしまった。その後の宇宙では起こるはずのない出来事が繰り返され、時には大きな天変地異まで引き起こすことになってしまったのだ。創世の女王はそれらを阻止すべく、召還されたばかりの守護聖をあらゆる時代へと送り込み、全力で時間の修正にあたらせた。そしてすべての大元であるアルカディアには夢と地の守護聖が背後で動くことになったのである。
「やれやれ…こういう時は君じゃなくルノーと来たかったね。祭りを見て喜んだだろうに」
「だったら陛下に進言してみたらよかったじゃないか。もっともユージィンが手放すとは思えないけど」
「やめておくよ。彼を敵に回すのは怖い…というより馬鹿馬鹿しいからね」
 夢を司るという守護聖の瞳が喫茶店の外へと向けられる。
「知っているかい? 今日の祭りにはあの金色の髪の女王様がオーロラを出してくれるんだってさ」
少年はそこで初めて相手を見た。
「季節も気候も随分と無視した話だな」
「今、霊震が激しいからね。ここの民を勇気づけるためには有効なんじゃないのかな。空までレースで飾ろうなんて、らしいとしか言いようがないけど」
皮肉を込めた言い方に、喉の奥でククッという笑い声もついてくる。
「この前、彼女が守護聖たちを従えてショッピングをしているのを見かけたよ。あの衣装に相応しい気持ち良いくらいの買いっぷりだったなあ。うちの天使様が育成に駆けずりまわっている最中だから余計ギャップに笑えたよ」
 結局はそういう話になってしまうのだ。同じ名前を持つ女王でも、それぞれの九人が想う存在は異なる。まだこの時代に生まれていない生命の単純な本音だった。
「確かに霊震は激しくなる一方かもしれない。でもそれによる犠牲は何一つ見あたらないのが現状だよ。それに貢献しているのはあの金色の髪の女王ではなくアンジェリークの力だ。なのにオーロラを出現させてしまったら、天使と呼ばれるのは全て彼女になってしまうね。ショナ…僕は君がそれを納得して見ているとは思えないんだよ」
「確かに君の言うとおりだよ、ジョヴァンニ。僕は僕たちの時代に時空移動を行わなかった未来の女王を本気で恨んでいるくらいだ。でもだからって今更それを言ってどうなる? 今の僕たちはあくまでも背後で動かなくてはならない。物事を混乱させるくらいなら、歯をくいしばるほうを選ぶさ」
 自分たちの使命はあくまでも時間の混乱を招きそうな事柄を修正することだ。もし直接関わったとしたらまた時間の流れが変わってしまうだろう。宇宙で最強の頭脳を持つ地の守護聖はそれを誰よりもわかっていたのだ。
「君の意見は正論過ぎてつまらないな。やっぱりルノーと来た方が楽しかったかもね。アンジェリークが苦悩しているって言ったら、『どうしよう…どうしよう…』って青くなるに違いないんだから。もっとも本音は別なところにあるんだろうね…今日の祭りにアンジェが『彼』と来ていたらどうすんの? まさかそこでも歯をくいしばるわけじゃないんだろ?」
「彼?」
「わかっているくせに。君と同じ銀髪で赤い瞳の…」
 ショナはそこで初めてジョヴァンニを真っ直ぐ見つめ、手にしていた本をテーブルの上に叩きつけた。その音は周りの人たちを驚かせたが、一番迫力を帯びていたのはその薔薇色の瞳だった。
「結局それを言わせたかったわけだね」
「そうかもね」
普段冷静な奴ほどブチ切れた時が恐ろしいものだ。しかしそれを見てみたいと思っているのはジョヴァンニだけではないだろう。一見女王に対して最も忠実な守護聖の真実の姿を…。
「…僕は一度は彼女の手を離した。でも2度はないよ。たとえ向こうの宇宙が僕を犯罪人として処刑したとしても、僕は間違いなく彼女を連れて行く」
 ショナは期待通りの冷たい瞳を天使の広場へと向けた。
「君の言った通りだよ。もしここに彼女が彼とやってきたら…殺してしまうかもしれないね」
唇にあふれてくる微笑みは女王の知らない彼の真実だった。
「おやおや…そんなことしたら一番傷つくのはアンジェの方なんじゃないの?」
「だったらその時は僕が『彼』になればいいことだ」
そこで初めてジョヴァンニの表情が変わる。ショナの言葉が決して冗談にならない現実に、我に返るような気持ちだった。
「魔導の研究を始めたのか…?」
「かつての僕にはルノーやカインとは違って魔導の才能はなかった。でも今はサクリアという力がこの体に帯びている。まして地のサクリアは女王の影響下では、あらゆる魔法に長けているということさ。かつての魔導の知識を用いたなら、魔導生物によく似た存在を作り上げることは出来る」
 かつて戦士たちの魔法を促したのだという宝石・エリシア…それをもしショナが単独で入手していたならそれも可能な話だ。でもそれを彼が愛する女王が認めなかったとしても、その行き過ぎた想いを止めることは出来ないだろう。それともショナ自身がそうしたいと望んでいるのが、あの鋼の守護聖だけではなかったとしたら…。この少年を敵にはまわせないのではないのか。
「どうしたの? 手が震えているみたいだね」
 
 
 
 
END
 
 
 
 
2345番をゲットして下さった大好きなティンク様に捧げる創作であります。リクエストは『ショナ・元気コレット・ジョヴァンニ』の三人が登場するお話とのこと。なのに肝心の元気ちゃんが二人の会話の中にしか出てこないのはどういうことなの!? …私のせいです、スミマセン。ティンクしゃま、これが限界だったのか?と苦笑いしてやって下さい。でもこのリクエストを頂いた時は本当に嬉しかったの。初めて黒い話書くぞーと意気込んだりして。
舞台はトロワ。ショナとジョヴァンニは新宇宙の創世の守護聖という設定です。トロワでコレットが直接未来に関わったことで、時間の流れが変わらないようにアフターフォローに来ていることになっています。もっとも彼らがここに来た時点で更に未来は変わってゆくのでしようが、それを言っては行けません(笑)。ショナくんのちょっとイッちゃっているところを書きたかったのですが…。「ライバル殺してでも彼女を手に入れる」という発想は、実は彼が主人公のどの創作でも意識していることだったりします。
更新日時:
2004/01/25
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Last updated: 2010/5/20