FOR YOU

8      Sugar Boy
 
 
 
 
 
 その日の会話は、弟のこんな言葉から始まった。
「今日、来るから」
「は?」
「だから彼女が来るから」
兄は片手にミネラルウォーターのボトル、もう一方にタバスコがどっぷりかかったピザトーストを手にしながら考え込む。しかしすぐに思いついたのか、こう楽しそうに叫んだ。
「あーっ、例のケーキくれた奴か」
「そう。今日は勉強会をうちでやることにしたんだ。あまり邪魔はしてほしくないけど、挨拶くらいはしておいてよ」
「オッケー、まあ顔を拝ませてもらったらすぐに出ていってやるよ」
そう言って兄は意地悪く微笑んだ。
 事の始まりは今年のバレンタインデーだった。双子の兄であるゼフェルは、その日弟のショナが女の子の家庭教師をしていることを知った。相手がそのお礼にとフルーツケーキを贈ってくれたのだ。それまでゼフェルは弟のことをライバルだと思い込んでいたから、それ以来すっかりご機嫌になっていたのだった。
(どんな奴なんだろ…まあコレットほど可愛いわけじゃないんだろうけどな)
コレットという子はゼフェルより二歳年下の後輩だった。さらさらとした栗色の髪と綺麗な青い目をした女の子である。大人しい印象のある子だが、真面目な頑張りやだというのは誰もが認めているところだ。特にニコッと笑った時の可愛らしさがゼフェルの一番のお気に入りなのだった。しかしなぜかショナの方も彼女と偶然に出会っていたというのだから心中穏やかではなかったが、今ではすっかり彼女を独り占めしている気分なのだろう…実はまだ両想いではないのだが。
 
 
 
 
 キッチンに立ってお菓子やお茶の用意をしている弟を兄は面白そうに見つめている。IQ200を誇る大学院生として、そこいらの教授がお辞儀して歩くという天才少年にこんな素顔があるとは誰も知らないだろう。自分でさえ今この瞬間まで知らなかったのだから。そして弟が話した午前10時にマンションのチャイムが鳴った。
「はーいっ」
玄関までパタパタと走って行くショナをゼフェルはのんびりと追いかけて行く。一体どんな奴なんだ…好奇心で胸がはちきれそうだった。しかしその表情は玄関で凍り付くことになる。
「こんにちは。今日はよろしくお願いします」
 女の子の可愛い声が聞こえる。ショナの口調も相当有頂天になっているようたせ。
「よく来てくれたね。道には迷わなかったかい? 迎えに行こうかと思っていたんだけど」
「大丈夫でした。ご心配おかけしてすみません」
どこかで聞いたような声…しかしその人物を見てゼフェルは絶句する。そして話し掛けてきたのは女の子のほうが先だった。
「こんにちは、ゼフェル先輩」
「兄貴のことは知っているだろ?」
「はいっ」
「ごめんね。でもすぐ出ていくって言ってたから…」
 そこまで言いかけたショナの腕をつかむと、ゼフェルはそのまま隣の部屋まで引っ張って行く。当然そこには女の子が独りぼっちで取り残された。
「どういうことだ、こりゃあ!!!」
「どういうことって…数学の勉強するんだ。兄貴には関係ないじゃないか」
「テメー、コレットが来るなんて一言も言ってなかったじゃねーか」
「兄貴だって一言も聞いちゃいないだろう」
こんな言い合いをしていても永遠に平行線だろう。ゼフェルはバレンタイン当日に確認しなかったことを骨のズイまで悔いていた。
「とにかく挨拶したらどこかへ行ってくれないか。僕らは勉強で忙しいんだから」
「…誰が出ていくかよ! 俺はコレットの先輩としてあいつを守る義務がある!」
「僕とコレットのことで間に入るつもりだな!? 結婚しろよと言ったのはそっちじゃないか」
「相手がコレットだってわかっていたら言わねーよっ」
 すると玄関からコレットが困惑したような声で話し掛けてきた。
「あのっ、お忙しかったですか? なら帰ります…」
「「そんなことはないっ」」
二人同時に叫ばれて、きょとんとした顔をしている。
「とにかく入れよ」
「そうだね、兄貴を追い出すことは後からでも出来るからね」
「なんだとーっ、てめー言わせておけば勝手なこと…」
「それがどうしたって言うんだ。大体兄貴は前から…」
再び言い争いが始まり、コレットはまた10分ほど玄関に立ちつくす羽目になってしまった。
 
 
 
 
 3人がリビングに落ち着くと、コレットはお土産として持ってきた平らな箱を差し出す。
「母に教わってピザを作ってみたんです。お口に合うかはわかりませんけれど。でも甘くはないのでお昼の代わりにでも…」
「ピザ…」
双子たちは喜びよりも先に今朝の朝食を思い出していた。ショナはカフェオレにコンデンスミルクをたっぷりかけたトースト、それに反してゼフェルは…。
「ありがとう。頂くよ」
そう先に言ったのは弟の方。しかも彼はライバルを蹴落とす方法を熟知していた。
「兄貴はいらないよね。今朝ピザトーストをタバスコたっぷりかけて食べて…へぶっ」
最後の擬音はゼフェルがショナの口をふさいでそのまま突き飛ばしたからだ。
「まあ、オメーが食って欲しいんなら食ってやってもいいぜ」
「いいんですか? じゃ温めるものがあれば…」
「レンジならこっちだよ」
 復活した弟が彼女の手を取る。
「オレが教えるって言ってんだろうがあっ」
「まっっっったく、本当に邪魔だなあっ」
そう言い合う二人をコレットは微笑ましく見つめている。
「お二人は本当に仲がよろしいんですね。私、一人っ子だから羨ましいです」
「「は?」」
「お互いにそうやって言い合えるのも素敵なことですよね」
二人を見つめる純粋な瞳…この子は本心からそう思っているのだろう。まさか言い争いの元凶が自身にあることは知らず、それがなければ双子が喧嘩さえもしない関係だということもわかっていない。同時に出る溜め息…完全に毒気は抜かれてしまったのだった。
「じゃレンジお借りしますね」
台所で仕事を始めた彼女を見ながら溜め息をつく。そうか…もう一人妹がいればこの暮らしもそれなりに動くんだろうなあ、と痛感する二人であった。
(やっぱり早めに僕が…)
(オレが嫁さんにもらった方がいいな)
 
 
 
 
 途中で兄弟喧嘩が勃発し何度もコレットが置いてけぼりになることはあったが、休日の勉強会はとても楽しく過ぎていった。肝心の数学が上手く行ったかは謎ではあるが、三人の共通した感想はそんな感じだったのだ。時計が午後四時を回る頃にコレットは帰宅の知らせを自宅にして、それから三人は一緒に家を出た。
「ごめんなさい、ご迷惑をおかけして」
「バーカ、気にすんなって」
本当はもっと一緒にいたい…という本音をゼフェルは必死に隠していた。
「まだ夕方は日が落ちるのが早いからね。一人で帰すと僕が気になって眠れないよ。せめて近くまで送らせてよ」
 先程までと同様の楽しい(?)会話が続く中、ショナがゼフェルにそっと耳打ちをした。
「なんだよ!」
「気が付かないのか? 誰か僕らをつけてきている」
ゼフェルはショナに言われた通りに、コレットに気付かれないようあたりの気配を探ってみた。どうも背後から人がつけてきている気がする。三人が止まれば相手も止まり、動き出せばその通りに行動しているのだ。
「なんだよ…物取りか?」
「いたいけな中学生を狙ってどうするんだよ。もしかしたらストーカーかもしれない…」
自分たちにはそんなこと身に覚えがない。しかし一緒にいる女の子はそうではないだろう。贔屓目に見ても見なくても可愛い女の子である。
「どうかしましたか?」
「あのさコレット…」
ショナが言いかけたのをゼフェルが止める。
(バカかオメーは! ここでびびらせてどうすんだよ)
(そんなこと言ったって、確かめてみなくちゃならないだろう)
(それはこれからオレ達がやればいいことだ)
「どうしたんですか?」
 コレットの声に二人は我に返る。この時ほど二人の気持ちが一致したのは最初で最後かもしれない。とにかく怪しい奴から彼女を守らなくてはならないのだ。
(あそこの角で曲がろう。僕がコレットを庇うから、相手を殴ってくれ)
(なんでお前が庇う方なんだよ!)
(僕と兄貴じゃ腕力が違うだろう)
三人は角を曲がると、そのまま立ち止まった。
「先輩?」
「シッ、黙って」
相手も動いたことを確認したゼフェルは、その前に立ちはだかって怒鳴りつけた。
「さっきから何オレらをつけてきてンだよ、このストーカー野郎!!」
「なっ…なんだお前は…」
 その声は充分な大人であるようだった。しかし彼を止めることは誰にも出来ない。突然の出来事に相手がひるんだ瞬間、ゼフェルは持ち前の運動神経を駆使して懐に飛び込んだ。
「先輩!? 何があったんですか」
「コレット、危ないから飛び出さない方がいい!」
「でも喧嘩なんてやめて下さい。危ないもの!!」
しかし彼女の望みはすぐに断ち切られた。ゼフェルは憎しみを込めて拳を繰り出したからだ。
「なっ、何をするッ…」
「うるせー! コレットに近寄るのはあいつだけで充分すぎんだよっ!」
…どうやらそれが本音だったようだ。不意打ちに相手の体が大きく傾く。その瞬間に相手の姿がはっきりと見えた。肩までの黒髪に金と緑の瞳の主は…。
「パパッ!?」
「「へっ?」」
「ゼフェル先輩やめて! その人私のパパなのー」
その瞬間父の頬に2発目のパンチがくい込んでいた。
 
 
 
 
 数分後の双子の家には、むくれた大男とその頬に湿布を貼る一人娘と並んで正座している兄弟の姿があった。数年後の「お嬢さんを僕に下さい」スタイルだったが、今回ばかりは事情が違う。
「夜遅くなったコレットを迎えに来てみればこのザマだ。君らの親は一体どういうしつけをしているんだ!」
その言葉にさえ反論も出来はしない。
(単なる可愛い間違いじゃないか。こっちだって謝ってるのに)
(親は関係ねーだろ)
「パパってば! ゼフェル先輩とショナ先輩は私を守ってくれたのよ。パパこそ早めに声をかけてくれればこんなことにはならなかったのに…あまり失礼なことを言わないで!」
この子がこんなに声を荒立てるのは初めてだった。双子はもちろん、父親でさえ滅多に見たことはなかったのだ。
「本当にすみませんでした、先輩…家に帰ってよく言い聞かせてきますので」
ペコッと頭を下げて女の子は帰っていった。片手に父親を引きずりながら。
「…ああいう性格していたんだな」
だからといって嫌うことは有り得ないのだけど。
「おそらく母親の方に似たんだろうね」
ショナの言葉にゼフェルは大いに頷いた。
 
 
 
 
 家に帰ってきた二人に対してまず彼女が行ったのは、気の毒な夫を慰めることではなかった。
「レヴィアスをぶん殴ったですって…?」
事情を聞かされてすぐに愛娘を抱きしめる。
「でかしたわコレットちゃん! あなたがそんな逞しい彼氏を見つけて来るなんて」
内気で恥ずかしがりやなこの子がまさかそんな素晴らしい騎士を従えていたとは…しかも二人も!!
「違うの。ゼフェル先輩もショナ先輩も親切にして下さる先輩なの。それだけなの」
「またまたあー、照れなくてもいいのよ。双子ねえ…コレットちゃんは一人娘だから多分どちらかがお婿さんに来てくれるかな? 楽しみね」
「だから違うのよママー」
「エ…エリス…」
「オロナイン軟膏ならそこにあるわよ、レヴィアス」
 真っ赤になっている娘の気持ちなど母はとうの昔に気がついている。ズイッと顔を近づけると子供のように無邪気に微笑んだ。
「で、どっちなの?」
「え…?」
「だからコレットちゃんの好きな子よ。レヴィアスを殴ったお兄ちゃんか、それとも後ろで庇ってくれた弟くんかな?」
「ママのバカァーッ」
 
 
 
 
 
END
 
 
 
 
2222番ゲットのちゃんやす様に、バナーを作って下さったお礼に2作品差し上げたのですが、その内の一本です。リクエストはゼフェ・ショナの双子兄弟とコレットちゃんのお話。舞台はスウィートアンジェであります。可愛い話を目指したはずが…妙に笑いからも外してますね。ゴメンナサーイ。
今回の兄弟は一見仲が悪そうで、意外と仲良しさんになりました。恋敵なんだけど血は繋がっているという微妙な感じかな。レヴィパパには申し訳ないがこの度もピエロさんを演じていただきました。そしてオチのエリスママ…強くて好き。
さてコレットちゃんの本命もここではやっぱり謎でした。正直私にもわかりません。真実をご存じなのはちゃんやす様だけなのです。
 
更新日時:
2004/01/25
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Last updated: 2010/5/20