FOR YOU

12      SUPER LOVER
 
 
 
 
 
 チン…という音でオーブンが焼き上がりの時間を告げる。ゆっくりとそれを開けると家庭科室にふんわりと香ばしいかおりが広がった。
「わあっ、スパイスのいい匂い! 今回も上出来だね」
金色の髪を赤いリボンで結んだ女の子が嬉しそうに叫んだ。
「そう…かな?」
内気そうな黄色いリボンの女の子が恥ずかしそうに首を傾げる。それでも口元が緩んでいるあたりはまんざらでもない様子だった。同じ名前の二人は一緒にオーブンを覗き込む。
「焼き色もきれいだし、本当に美味しそうだね。今のスモルニィでスパイス関係を扱わせたらコレットちゃんの右に出る者はきっといないよ」
「アンジェったら…」
 爽やかな初夏の風が吹く午後、コンテストをきっかけに親友になった女の子たちは今日も家庭科室に集ってお菓子を作っている。自分たちでその為の同好会を作り、互いのレシピを交換したり、新しい味の研究をしたりと積極的に活動していた。『いつか四人でお店を作り、スウィートランドで一番のお菓子をみんなに食べてもらう』というのが彼女たちの大切な夢なのだ。
「確かにコレットのお菓子は美味しいと思うけれど」
向こうで粉を練っている青い髪の女の子が口をはさんだ。
「でも最近はスパイス系というか、甘くないものに偏っていませんこと? 色んな種類を作ってみてお菓子というものがわかるものじゃないかしら」
真面目で実力もあるロザリアがちょっとだけ苦言を申し出た。一時はそれももっともだという雰囲気が流れたが…。
「ロザリアだって人のコト言えるのかなー? 最近妙に和菓子にご熱心だもんね。今作っている抹茶まんじゅうは図書室に籠もっている誰かさんへの差し入れだったりするんじゃないの?」
「レイチェル! わたくしは別に…今まで洋菓子にこだわってきたから、ここで何か新しいことを始めるつもりで…」
「ハイハイハイ。そういうことにしておいてあげるよ」
「失礼ねっ」
 家庭科室を包む緊張感がこれらの会話で一瞬でなごんでしまった。レイチェルの言葉にむきになってしまったが、本当はロザリアだって図星なのだ。日本茶を片手におまんじゅうを美味しそうに食べるあの人のことを思い浮かべて作っていたのだから。
「でもワタシだって気持ちわかるよ。ほらワタシってお菓子づくりに関してはホント天才的だけどサ、やっぱりゼラチンとか扱っていると妙に力が入っちゃうんだよね」
あの人はとても優しいからレイチェルの差し入れを断ったことはないし、いつでも笑顔で受け取ってくれる。しかしこの頃は思いがけないリクエストをしてきたり、アイディアをくれたりするのだ。それらがますます天才少女を本気にさせ、腕が磨かれていることは言うまでもない。
「やっぱり大好きな人に食べて欲しいって思うことは大切かもしれないよね。私もカスタードプリンを作るときはどうしてもすがたってしまって落ち込むことが多かったけど、なんとかしたいって思えるのは先輩のことを考えるからだもの」
 オーブンから出されたファイヤータルトを見物しにみんながコレットのところへとやってくる。いつもならここで試食会がはじまるところだが…実はこれを最も待ちわびているのは別な人間だった。
「本当はケーキを作るところなんだろうけど、あの人クリームが苦手なんだっけ?」
「そうなの。でも折角のお誕生日だし…ね」
別にここで名前を言わなくても、彼女の赤く染まった顔を見れば相手はわかる。今はなにかとジメジメしてしまう季節だったが、それが今日だけは誕生日の贈り物のように素晴らしい青空が広がっていた。放課後に久しぶりに中庭で待ち合わせをしているのだという。タルトを冷ましている間に手早くシトラスカフェをポットに入れた。
「相変わらずお熱いこと」
ロザリアの言葉にますます顔が赤くなる。その可愛らしさからつい言いたくなってしまうことをコレットは知らない。
「後片づけは私たちがしておくよ。早く行って来たら?」
「でも…」
レイチェルが励ますように背中を叩き、アンジェもまたうんうんと頷いて見せた。
「その代わり私の時も協力してね。先輩の誕生日は11月なの」
「うん…ありがとうみんな」
 制服と髪のリボンを揺らしながら、彼女は廊下を駆けてゆく。その背中を見守りながら女の子たちはそれぞれの作業に戻っていった。
「でもね…コレットちゃんて随分変わったよね?」
ローズコンテストを通じて知り合う以前のコレットを、アンジェは大人しくて口数の少ない、後ろで隠れているようなタイプなのだと認識していた。少なくともこうして大好きな人の為に何かを作るとは到底思えなかったのだ。
「やっぱり恋の力は偉大ってコト? お菓子の腕前も以前からは考えられないくらい上達しているもんね。あの甘いの苦手な先輩相手に頑張っていると思うよ」
「だとしたら…あの子が先輩にとっての最高傑作ということになるのかしら?」
「あんなに不器用な人なのにね。でもそのへんが可愛いって思わせちゃうんだもの。やっぱりあの二人は…」
アンジェが『お似合いなのよ…』と言いかけた時、教室の中を焦げる匂いが漂い始めた。
「ちょっと! カスタードクリームを火にかけっぱなしにしているのダレー?」
「いゃああん」
「いゃああんじゃありませんわっ! 全くこの子ってばー!!」
 
 
 
 
 
 スモルニィ学園の中庭中央には生徒たちを守るかのように大きく広がる大木があった。適当な涼しさと暗がりを提供してくれるここを格好の昼寝場所として確保しているのが中等部一の器用者であり、また最強の問題児である三年のゼフェルだった。今日も根元の太い部分に寝転がってスウスウと素直な寝息をたてている。おそらくは昨夜も何かを作るのに夢中になっていたのだろう。眠い時に時間と場所にこだわるようなデリケートな性格でもなかった。
「先輩…?」
彼にそう話し掛ける小さな声があった。腕にケーキの箱とリボンのついた包みを抱きしめた女の子…コレットだった。
「お昼寝中…なのね」
 周りに誰もいない事を確認して、彼の目の前にストンと腰を降ろす。日頃は目が合うだけでも緊張するのに、こういった時は何故か遠慮なく見つめられるのだ。普段のやんちゃぶりが嘘のように穏やかな寝顔だった。
(なんか…可愛いかも)
心の中でそう呟くと、自然と笑みが零れてきた。ローズコンテストの時に出会って以来の二人で重ねてきた時間もまた蘇ってくる。木々の隙間から光がこぼれる場所でコレットはしばらくそんな風に動けずにいた。
「何ニタニタしてんだよ…」
「えっ…?」
心臓がどくんと跳ね上がる。しっかりと閉じられているはずだった彼の赤い瞳が自分をじっと見つめていたからだ。それに負けぬようコレットの頬も真っ赤に染まる。
「起こしちゃいましたか…?」
「まあそうだけどな。気にすんなよ? お前が側にいるのは寝ててもわかる…いい匂いがするからな」
 その言葉の意味を悟って、コレットはにっこりと笑う。
「さっきまでみんなと家庭科室にいたんです」
制服にスパイスの匂いが染み込んでいると思ったらしく、恥ずかしそうにくんくんと嗅いでいる。それを見てゼフェルは苦笑した。
「そうじゃなくってよぉ…」
彼女が側にやってくると、その優しげな雰囲気に似合ういい香りがするのだ。お菓子の甘い香りでもなく、スパイスのものでもない。もしかしたらシャンプーの香りが風に乗って漂うのかもしれないけれど…でもそれを一から説明できない相変わらず不器用なゼフェルだった。
「まあいっか。今日は終わったのか?」
「本当は後かたづけとかあったんですけど、みんなが先に行ってもいいって言ってくれたんです」
その後の家庭科室の盛り上がりを想像すると頭が痛い気もするが…それでも二人の時間を少しでも長く確保出来たことは本気でありがたいと思った。特に今日は自分が生まれた日であり、コレットもそれを特別だと思ってくれているに違いないからだ。
「今日はファイヤータルトにしたんですけれど、いかがですか?」
「サンキュ」
 彼に食べてもらう分のタルトはいつもより大きめに切り分ける。ポットから酸味のきいたシトラスカフェを注いで手渡した。
「いかがですか?」
「美味いんじゃねーの? 丁度腹も減ってたしな」
小さめな一ホールが無くなるのはアッという間だった。カフェの方も一気に飲み干して見せる。高等部の先輩たちが見たなら必ず一言言われるに違いない食べっぷりをコレットだけは満足そうに見守っていた。先程の女の子同士の会話を思い浮かべていたのだ。もちろん将来のことを考えて腕を磨くのは大切なことだけれど…でも大好きな人に喜んでもらいたい気持ちと、そして美味しいと言ってくれる笑顔こそが最高のスパイスなのだと考えていた。
「ごっそさん。なんつーかその…また上手になったんじゃね?」
決して上手な誉め言葉ではないが、それが再びコレットのやる気を引き出すのは言うまでもない。
「ありがとうございます」
 食後からしばらくたってから、もう一つの贈呈式がはじまった。コレットはもう一つのリボンで結んだ包みをゼフェルへと差し出した。
「これも…もしよかったら受け取ってもらえませんか?」
「おい、なんか無理してねーか?」
自分のために何かを考えてくれるのは嬉しいが、かえって負担になるのなら話は別だ。喜びよりも心配が先に立つ。
「無理じゃないですよ?」
「でもよぉ…」
「えっと…これは気持ちの問題ですから」
本人はニコニコして事の成り行きを見守っている。自分がリボンと包みを解くのを期待して待っているのだろう。ガサゴソ…という音が中庭に広がっていった。
「これ…」
「私メカとか全然わからないから、何を贈っていいのかわからなかったんです。随分迷ったんですけれど」
 それはパソコンで使うマウスとマウスパッドだった。自分は何かをしながら同時にパソコンを動かすことが多く、その時に不注意で落としてしまったり壊したりすることもまた多かった。そのことをよく彼女に愚痴ったりすることもあったが…。
「ったく…おめーにはかなわねえな」
「先輩…?」
コレットが心配そうに覗き込む。しかし相手は照れくさそうに微笑んでいた。
「サンキュ。大事にする」
嬉しさに口もきけなくなっているコレットに向かって手招きをする。
「こっちこいよ、隣」
 彼が示すのは大木の根本であり、直接体が触れられるくらい近い場所だった。タルトを入れていた箱やリボンをまとめた後、そこにストンと腰を降ろす。すると突然手をギュッと掴まれた。
「ゼフェル先輩…」
「しばらくこうしててくれるか」
感謝の気持ちも、愛しいと想う気持ちも、表現出来るのはこれが精一杯だった。中学一年と三年の限界…でもそれはあらゆる可能性を秘めた限界なのだ。来年も、そのまた次の年も、一緒に大人になってゆけるようにと祈りを込めて手を重ねる。
「帰ったら早速使わせてもらうからな、これ」
「ハイッ」
「真っ先にお前にメールを送るから」
そのメールに沢山の感謝が照れずに載せられるように、ちょっぴり甘さ控えめのお礼となった。
 心臓の音がドクドクと高鳴ってゆく。きっと手のひらから相手へと伝わっているだろう…時々握りしめる手に力がこもる。全身が熱を帯びてもうどこにいるのかもわからなくなりそうだ。でもそれは二人だけで作ることの出来る無条件の幸せな空間だった。
「あっ…」
「どうした?」
「言い忘れていました…」
彼女はそっと彼の肩に頭をのせて小さく言った。
「お誕生日おめでとうございます、先輩…」
 
 
 
 
 
END
 
 
 
 
以前のカウンターでキリ番をゲットして下さっていた照元悠音様に捧げる創作をようやく…ようやくこうしてアップさせることが出来ました!! 悠音様、その節は多大なご迷惑をおかけして申し訳ありませんでした。リクエストの内容は『スウィートアンジェで、ゼフェコレのお付き合いしている設定の話を』とのことで、ラブラブほのぼのの世界を目指して頑張りました。他の女の子たちもそれぞれ幸せに向かっているというおまけ付です。木にもたれて身を寄せ合いながら手を繋ぐシーンはなんかちょっと書いてて照れが入ってしまいましたが、やっぱりこの二人が原点なのだと再確認出来まして、本当に感謝感謝でございます。本当にありがとうございました。
遅くなったお詫びも兼ねて、またいくつかリクエストがありましたらどうぞ聞かせてください。今度はお待たせせぬよう頑張らせて頂きます。これからもどうぞよろしくお願いします。
更新日時:
2004/01/12
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Last updated: 2010/5/20