1ST LOVE

7      ALICE   ーHIMUROー
 
 
 
 
 
 秋深し、隣は何をする人ぞ…。なんとなくそんな句が思い浮かぶ午後だった。あんなに暑かった夏はすっかり忘れ去られ、はばたき学園の敷地も美しい紅葉で飾られている。煉瓦貼りの校舎はそれらを更に引き立てており、生徒達でさえ即席の詩人にならざるを得ないのだ。そして季節ごとの芸術を堪能出来る特等席は学食のガラス張りのテラスだった。今日もランチプレートをつつきながら溜息をついている生徒がいた。
「ふーっ…」
「なっち、どうかしたの?」
「べーっつにぃー」
さっきからそんな調子なのだ。しかし見ている側から言わせれば、『お前、本当は気がついてほしいんだろ』といった感じだ。
 普段は明るくてお喋り好きな性質なのだからそのギャップは滑稽なほどだ。同じテーブルで昼食を取っていた水崎悠里と有沢志穂は顔を見合わせる。
「なにか悩みでもあるのかな」
「どうせ成績か生活態度のことで氷室先生に叱られたんでしょ」
志穂の言葉に藤井奈津実は膨れながら反論する。
「失礼しちゃうわねー、そんなの今更悩むわけないじゃん!」
「だったら、もったいぶってないで言いたいことは言いなさいね」
「なんでもっと色気のある言い方出来ないのかなー」
「まあまあ」
 悠里が間に入ることで、二人はお互いにそっぽを向きながらも静かになった。
「なんとなく考えているだけなんだってば」
「何を?」
「背の高い人ってさ…どうやってキスするのかな」
「なっっっ…!」
二人の親友が顔を真っ赤に染めているのを後目に、奈津実はまた複雑な溜息をついた。
(なるほど、あの人のことか)
奈津実の想い人の事だ。男らしくて端正な顔つき、開放的で明るい性格、唇から流れてくるなめらかな関西弁…どれをとっても彼は非常に目立つ存在だった。おそらく背の高さに関してもそうだろう。奈津実が悠里と変わらない160p前後だとすれば、彼は180pを楽に越えている。そういう疑問を抱くのは不自然ではないわけで。
「馬鹿馬鹿しい…」
「あーっ、その言い方むかつくなー。じゃああんた知ってんの?」
「なっ、何よ急に…」
「それとも眼鏡をかけた時にするキスの方法は知っているのかな? 私常々そっちも疑問に思っていたんだよね」
「何を言い出すのよ、失礼ネッ」
 二人の会話を聞きながら、悠里は今度は志穂の想い人を思い浮かべていた。小柄な体はどちらかというと少女に近い優等生である。小さな顔にかけられた大きな眼鏡がアンバランスな可愛らしさを生み出しており、そのあたりに同じ優等生の志穂はメロメロになっているのだろう。相変わらずの言い合いを繰り返す二人に、悠里はまた一言投げかけた。
「簡単だよ」
「「なにがよ」」
「背の高い人とキスする方法」
 ニコニコ笑いながら無邪気に言う悠里に、奈津実も志穂も固まってしまう。思えばこの子は時々思い切ったことを口にすることがあった。
「まずね、相手の人に座ってもらうの。椅子でもテーブルでもソファでも…ベッドの上でも良いよ」
「「悠里…」」
「そしてその人の膝の上に座るの。そうしたら簡単に唇に届くよ」
それを聞いた二人の少女は慌てて立ち上がると、目の前の親友にズイッと迫ってきた。
「あんたまさか…そんなことしてくれる背の高い恋人がいるってこと?」
「眼鏡もかけてるけどね」
 
 
 
 
 
 同時刻、職員室。
「ハックションッッ」
「風邪ですか? 氷室先生」
 
 
 
 
END
 
 
 
 
ネタを下さったのは氷室先生役のミスター子安(エンディング後のトークより。クセになります)。ちなみに氷室先生は身長188p、悠里ちゃんとは30p違うのです…にしても何を教えているんだ担任教師。個人的には音楽室のグランドビアノの上希望。
更新日時:
2002/09/01
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Last updated: 2010/8/15