1ST LOVE

5      ANGEL   ーKAZUMAー
 
 
 
 
 
 高等部に入ってからの学園祭も今年で三回目になる。生徒たちによる様々な企画が持ち上がる中、毎年唯一といっていい感じで一人の生徒がふくれっ面になった。テスト中でさえバスケの自主トレを欠かさない彼でも、今回ばかりは行動の全てを封じられるからだ。自室よりも愛している体育館もまた、イベントが行われる会場になるのである。
「…だったら外でやればいいんじゃないの?」
水崎悠里が何でもないようにそう言った。
「バーカ。体力だけは有り余っているだろうって、ひたすら裏方にまわされつづけるんだぜ? 気がつきゃ外なんて真っ暗だよ」
 中庭での二人だけのランチタイムも、このごろはこういったグチ大会になることも多くなった。しかし相手はスポーツマンだからそれ以外の不満はないらしく、聞いている側も随分と楽ではあったけれど。
「だいたいなぁ、お前だって体育館組なんだぜ? 手芸部はいつもあそこで何かやってんだろうが」
「ファッションショーのこと?」
本当は和馬だってショーのことは充分すぎるほど知っている。悠里のモデルっぷりは一年の時からチェックを入れていたくせに、本人を目の前にしてそれを言えるだろうか? 答えは…やっぱりNOだ。
 相手のことを名前で呼び、クラブ以外の休日も大抵一緒に過ごしているというのに、現在の二人の関係は複雑な『友達以上・恋人未満』というやつだった。まどろっこしい事を嫌う割には、悠里の前だけは尻込みしてしまう鈴鹿和馬がそこにいた。いつでも告白したい気持ちだけはあるのに、結局は心のどこかで必死に言い訳して後回しにしてしまうのだ。
「なあ、何すんだよ…今年」
「ヒミツ」
「何だそれ。覗きにいったら終わりだぜ?」
「今回は大がかりだから必死に隠しているの。だから無駄だよ」
ちくしょー、だったら当日に舞台裏を覗いてやるか…と妙な決心をする秋の午後だった。
 
 
 
 
 手芸部のファッションショーは学祭の最終日に行われることになっている。それまでは一般生徒として普通に楽しんでいた悠里も、この日ばかりは朝から準備に付きっきりになっていた。それをいいことに、和馬は例の作戦を実行すべく体育館へと向かう。それ自体に意味はないが、去年と同じようなドレス姿なら近くで見たかったし、一言励ましてもやりたかったのだ。人でごった返している舞台裏をかき分けてなんとかステージの袖にやって来たものの、しかしそこには和馬の探しているような悠里の姿はなかった。
「あっ…」
 目の前にいたのは、純白のウェディングドレスを纏った美しい花嫁だった。ドレスのデザイン自体はシンプルだったが、あちこちにパールビーズがちりばめられており、胸元には細かい刺繍が施されている。制作者の2週間という短い期間での頑張りが伺える作品だった。そして赤茶色の髪をバラのコサージュで留めたヴェールが包み込んでいる。その美しさに言葉は完全に失われてしまった。
「和馬くん! 来てくれたの?」
しかし喜ぶ彼女に対しても何も言ってやれない。花嫁の表情が寂しそうに歪んだ。
「ね、私、どこか変かな…」
 悠里とてこのようなドレスを着るのは初めてだし、今後も頻繁にあっては困るのだが、それだけに緊張の度合いは去年の比ではなかった。どんな些細な反応も気になる。
「な、なあ? その衣装で舞台上がんだろ?」
「う、うん。そうだけど…?」
「そっか…どうしてもその服じゃなきゃ、ダメなのか?」
「え? どうして?」
「ど、どうしてって…」
しかし和馬の言葉の半分は開演のブザーによって阻まれる。
「悠里先輩、出番です」
後輩に促されて悠里は歩き出す。和馬に対しては「見ていてね」としか言えなかった。
 スポットライトを浴びて登場した花嫁に、観客達は息を飲み、次にはおおーっと歓声をあげた。その姿は舞台の袖から見ている和馬の目にさえまるで天使のように見える。そしてそのまま自分の前から消えてしまいそうな気がしてきた。これがもし本当の結婚式で、その隣に自分がいたのならまた違うのだろう。和馬は客席にも沢山のライバルがいることを知っている。そいつらに見せていることが一番の屈辱の理由だった。
(悠里…)
 
 
 
 
 全てのイベントがした終了したその日の放課後、和馬は悠里と待ち合わせをして一緒に下校していた。しかしショーの時の出来事が尾を引き、なかなか会話することが出来ない。和馬が三歩先を歩き、悠里が無言でついて行くといった感じだった。
「ああいうドレスってよ…」
「えっ?」
「なんつーか、特別な日っての? そういうときに着なくちゃ意味ねーんじゃねーの…」
言いたくはなかったが、言わずにいられなかった。自分が一人取り残されたような気がして辛かったのだ。
 しかし本当に辛い気持ちを抱いていたのはどちらだったのか? 和馬は後ろの気配が変わったことを感じて振り向いた。
「悠里?」
彼女は立ち止まり、顔を鞄で隠したままうつむいてしまっていた。
「どうしたんだよ、お前!」
慌てて駆け寄って顔をのぞき込むと、彼女の大きな目が涙で濡れていることに気がついた。
「悠里…」
「特別だよ…だから一番最初に会いに来てくれたときはものすごく嬉しかった。最初にドレス姿を見て欲しかったんだもの。でもその人はずっと不満そうな顔してて…私ドレスなんか着なければよかった」
 どうやら悠里には和馬がつまらなそうにしているように見えたらしい。
「違うって! そうじゃねーって!」
「違わなくないよ…」
「お前にむかついたわけじゃねーって! ドレス姿のお前の横に俺がいねーのが悔しかった…そんなの沢山のやつに見せたくねーだけだっっ。もったいねー…」
そこまで言いかけてハッと口を押さえた。その時の和馬の顔の赤さは、舞台裏の時の比ではなかった。
「…えっ?」
 
 
 
 
 甘くてほろ苦い思い出と一緒に、そのウエディングドレスは悠里のクローゼットへとしまわれた。再び彼女がそれに腕を通すのは数年後…ニューヨークの青い空の下でのこと。
 
 
 
 
END
 
 
 
 
和馬くんはいつもバスケ部経由でプレイしていたのですが、たまに手芸部に入ってみたならば三年生の学祭でえらく可愛いシーンに出会えてしまいました。なんか彼を見ていると某鋼様がとても器用な人に見える…。
 
 
 
 
 
 
 
更新日時:
2002/08/25
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Last updated: 2010/8/15