1ST LOVE

4      ラブストーリーは突然に   ーCHIHARUー
 
 
 
 
 
 期末テストが終わり、いよいよ夏休みが秒読みになってきた。しかしどうしても悠里の表情が冴えない。
「何かあったの?」
「なーにーがああ?」
「さっきからため息ばっかりついてるじゃん」
姉弟歴も十年ともなるとこんな感じになる。しっかり者の弟は、自分がいないと姉が生きてゆけないような気がしてならないのだ。
「理由がないのが理由なのよ」
「は?」
 お互いのグラスにジュースを注ぐと、二人の内緒話の用意が整った。
「尽くんもね、高校生になったらわかるよ。やたらと厳しい担任教師と、授業中に寝ていても余裕でトップ取れるクラスメートがいるならね」
「そんなモン? 悠里ちゃんだって成績はそれなりにいいじゃない。やーっぱりアレだね…生活に慣れてきたからダレてんだよ」
思い当たるフシは山のようにある。高校の入学と転入が同時にやって来た分、やることもたくさんあったし、気も相当張りつめていた。何とかすべてがいいように回転し始めたのはつい最近のことである。
 転入初日に三人の恋人を作ってきた(しかも全員告白されバージョンだそうな)尽は、悠里のため息を吹き飛ばすように笑う。
「なんか五月病みたいだね。人よりもズレているところが悠里ちゃんらしいや。もう七月だよ?」
「わーるかったわね」
「まあまあ、高校初の夏休みだよ? いろいろ面白いイベントもあるらしいし、バイトだってしてみたいって言ってたじゃん。彼氏…は無理だとしても、友達誘って行って来いよ」
自分はその三人の恋人を上手に割り振りして頑張るらしい。
「あんた、三回くらい死んで来なさいよっ」
 
 
 
 
 アルバイトの情報はネットを使って収集出来る。以前からいくつか募集のメールも届いていたはずだったし…。
「あれ? 英文のメールが来ている?」
タイトルは『from Japan』、どうやら日本から海外へと送信されたものらしい。ウィルスの気配もないし、悪戯とも考えられなくて、悠里は本来の目的を忘れたまま和訳を始める。
「へえ…」
どうやらメールの送り主は自分と変わらない年頃の高校生のようだ。アメリカから日本の高校へと単身でやって来たらしい。“Chiharu”という名前から、真面目でおとなしい女の子ではないかと想像してみる。
 メールの内容は愛する家族に宛てたメッセージだった。留学を許してくれた両親への感謝、そして日常生活でのとまどい…しかし決して希望を失ってはいない。家にいる妹にも厳しくて温かい言葉を添えている。
「頑張っているんだなあ。いろいろ大変なことも多いだろうに。私なんてこの子に比べたら大したことないんだろうな」
とにかくこのことを知らせてやろうと考えた。相手も相手の家族もそれを望んでいるだろう。
「私の英語で通じますように…」
 
 
 
 
 
 少し遅れて帰宅したその日、千晴は真っ先にパソコンの前へ座った。待ちわびている家族からのメールが届いていないものかと期待していたのだが。
「あれ? このメールは…」
 
Chiharu様
 
初めまして。私は水崎悠里と申します。
先日、私のところにあなたが送信したメールが届きました。
おそらくご家族に宛てたものではないでしょうか。
少しの手違いが在ったのだと思います。
皆さんが待ちかねていると思いますので、確認の上、もう一度送ってみて下さい。
もしすでに送っていたときは、どうぞお許し下さい。
 
なれない生活で大変なことも多いでしょう。
でもお身体に気をつけて頑張って下さい。
 
水崎悠里
 
思いがけないメールの内容に、千晴は慌てて家族と悠里のアドレスを見比べる。
「アアッ、一文字だけ間違えているッ」
恥ずかしさのあまりその場にペタンと座り込んでしまう。顔も火が吹いたように真っ赤になった。自分の失敗を決して笑わずに、親切にしてくれたこの女の子には本当に感謝の言葉しか出てこない。
「ユーリ…どんな女の子なんだろ」
まずは真っ先にお礼を言わなくてはなるまい。きらめき高校一年生の少年は、慌ててパソコンの前に座り直した。
 
 
 
 
END
 
 
 
 
一人暮らしで頑張っているキャラは結構いますが、その中でも大きくぶつかっているような印象が千晴君にはあって、そんな彼にひどく癒されています。特にパソコンが壊れた時のブルーな時には、ついこんな話を書いてしまう…。
 
更新日時:
2002/09/13
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Last updated: 2010/8/15