1ST LOVE

3      止まらぬ想い   ーKAZUMAー
 
 
 
 
 
 まずは汗を吸い取る為のタオルを渡すこと。その次にビタミン補給の飲み物を注ぎ、それを口にしている瞬間を見計らって絆創膏を取り替えた。見ている側もくすぐったくなってくるような情景…『いつもあの二人は仲がいいね』の一言で肯定されてしまう世界だ。辺りで交わされるそんな会話を耳にしながら、水崎悠里はただ黙って二人を見ていた。誰にも気づかれないように。
 
 
 
 
 どこかに寄ってから帰ろうと言う部員達の誘いを「疲れているから」と断って、悠里は部室の中に一人で残っていた。大した広くないスペースではあるが、隅々に女の子らしい雰囲気が漂っている。そこに一人で座っていると自分の孤独感が増幅されるような感じがした。…しかし今はそれが一番自分に似合いなのだと言い聞かせる。誰にも知られてはいけない想いを抱いてしまった今の自分にとっては…。そんなことをぼんやりと考えていたので、背後に誰かがいたことには気が付けなかった。
「悠里!」
「ハッ、ハイッ!」
振り返ると、そこには女子バスケ部のキャプテンが立っていた。
「ぶっ部長、まだ残っていたんですか?」
「コーチと打ち合わせをしていたのよ。来月にある他校との練習試合についてね」
「そうだったんですか。すみません」
 うなだれてしまった悠里の頭にふんわりとタオルが舞い降りてくる。
「汗くらい拭いておきなさい。体調を崩してしまうから。うちの部も随分実力はついてきたけれど、今ここでエースに倒れられるわけにはいかないのよ」
「すみません…」
一年生で獲得したレギュラーの座、それを温かく見守ってくれている仲間達のためにも守ってゆきたいし、出来る以上のプレイをしたいと思っている。半分は冷や汗の混ざった体を拭きながら、着替えをしようと立ち上がった。
「具合でも悪い? なんからしくないわよ」
「そんなんじゃないんです。これでもお年頃なんですよ、私」
「そのわりには相手が問題よね。あんな頭まで筋肉で出来ていそうな奴のどこがいいの?」
 かあああっと赤く染まる悠里の顔を見て、部長は疲れも忘れて大笑いする。
「あんたって本当に分かり易い子ねー。マネージャーの子といちゃついているのを見て溜息ついているんだもの、バレバレだって」
「まさか他のみんなにも…」
「それはないよ。まあ…例え知っていたとしてもあの仲の良さを毎日見せつけられればね、悠里の入るスキなんてないって思うだろうしね」
隠していた気持ちを知られていたことにも驚いたが、改めて現実を知らされるのも結構堪えた。
「私にもよく分からないんです」
「誰かを好きになるってそういう感じだと思うよ。私だって初めて奴に会ったときは、首ねっこへし折ってやろうかと思ったもの。そんな感じでもう3年目の付き合いよ」
 彼女の言う『奴』というのは、男子バスケ部の主将を務めているクラスメートの事だ。顔を突き合わせれば喧嘩ばかりしているような仲だが、それでもこの2人がデートしない週末はないし、一緒に帰らない日もない。悠里にとってはドラマに出てくるのとはまた違う感じでの憧れの恋人同士だった。
「ね、悠里」
「はい?」
後輩の表情がほぐれたところで、部長の顔が少し引き締まった。
「男子バスケ部には私も一応顔が利くよ。もしあんたが望むのなら、あっちにマネージャーとして言ってもらうことも出来なくはないよ」
「えっ?」
「あんたがそうしたいのならね。女子部にとっては大きな損失だけれど、そこまで思い詰めているのならそういう方法もあるよ」
 突然の申し出に悠里の目前が大きく揺さぶられる。無意識に首を大きく横に振っていた。
「…いや」
「嫌だ…私からバスケを取ったら何も残らない。コートから出てしまったら死んでしまう…」
マネージャーになってもバスケットボールそのものから離れることにはならない。しかし悠里のいるべき場所はコートの外には存在しない。彼女にとって水槽の外はコートの外以外には有り得ないのだ。その辺りはあの男子部のエースによく似ているような気がした。
「だったらもっとピッとしなさいよ。確かにマネージャーってプレイヤーに近い存在なんだろうけれど、いざとなった時に一番の理解者になれるのは同じ場所に立つ同じ立場のプレイヤーなんだから。相手がそのことに気がついてないのなら、気がつくように穴が開くほど見つめてやればいいのよ」
「先輩…」
「本当に世話が焼けるんだから。次の試合ではそんな情けない顔をさらしたりしないでよ? 相手チームがびびって泣きそうになっている顔がもう思い浮かんでいるんだから」
そう言いながらも、部長がその世話の焼ける後輩を一番かわいがっているのは疑いようのない事実なのだった。
 
 
 
 
 校門の前で恋人と待ち合わせをしていた部長と別れて、悠里は自宅に向かって坂道を降りていった。胸の中の想いは切ないままだったけれど、先輩からの励ましで少しは立ち直れたようだ。背をしゃんと伸ばして歩みを進めてゆく。すると坂の下にある石の壁に誰かが寄りかかっているのが分かった。
(あれは…?)
白いシャツにゆるめたネクタイ、頬には常に張り付いている絆創膏…男子バスケ部のエースに間違いなかった。
「鈴鹿くん?」
悠里にそう呼ばれて、その背中がビクッと動き壁から離れる。
「よ、よお…練習終わったのか?」
「うん。そうだけど…」
「そっか」
 2人は自然とうつむき加減になる。赤くなる頬は眩しいほどの夕日が隠してくれた。しかしそんな間でも悠里はあたりをキョロキョロと見回している。
「どうかしたのかよ」
「…紺野さんは一緒じゃないの?」
「とっくの昔に帰ったぜ。っていうか、なんで紺野の名前が出て来るんだよ」
「え? だっていつも一緒にいるから…」
「なんでそんなことになってんだよ! って、その…」
悠里の目の前で怒鳴りかけたのを、慌てて胸の中に引っ込める。まさかそんな風に思われていたとは知らなかったのだ。鈍いというレベルでははかれないほどの鈍感な女の子は、鈴鹿和馬が日頃から自分をジーッと見ていることにまったく気がついていないらしい。
「今から真っ直ぐ帰るのか?」
「うん」
「偶然だな。俺もそうなんだ。だから…だから一緒に…」
「一緒に?」
「だからさ…」
それは卒業式のあの瞬間に向かうための小さな一歩だった。
 
 
 
 
END
 
 
 
 
先日アップさせた創作『Mirror』の対になる内容の話でした。前作は入部したばかりの和馬くんの話、今回はそれから半年ほど過ぎた頃の悠里ちゃんの片想いのお話です。二人にとっての理解者ということで前回に引き続き今度は女子バスケ部のキャプテンに登場してもらいました。オリキャラ同士ですさまじいカップリングを作ってしまいましたが、それは作者の趣味ですのでサクッと無視していただければ…。
それにしても後半の帰り道のシーンって、なんかガールズサイドを書いているのとはまた違った気分でした。どう見たってゼフェ温…。
更新日時:
2002/10/10
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Last updated: 2010/8/15