1ST LOVE

2      ガールフレンド   ーKEIー
 
 
 
 
 
 いつもと変わらない平凡な昼休みの事だ。いつもの仲間に召集をかけたのは優等生の有沢志穂であった。その様子は日頃あまり感情をあらわにしない彼女には珍しく、ひどく深刻な顔をしていた。
「一体どおしたっていうのよ。そんな顔してると早々に老けちゃうよ!」
藤井奈津実のツッコミを片手で払うと、志穂はうつむき加減で小さく問いかける。
「水崎さんのことなんだけど…」
「ユーリの?」
「彼女、守村くんのことが好きなんじゃないかしら」
「は?」
 水崎悠里は、彼女らがいつもつるんでいる仲間の最後の一人である。明るくて前向きな部分と世話好きで優しい部分を持ち合わせている彼女は、クラスでも学年でも学園内でも人気のある生徒だった。須藤瑞希は自分が彼女の一番の親友だと言い切っていたし、紺野珠美は実の姉のように慕っている。奈津実にとっては気軽に話せる悪友のような関係だった。志穂とは成績上位者同士のライバル関係に近いのだろうが、決して嫌みな関係にならないのが特徴だった…はずだった。
「信じられなーい! ユーリがあのガリ勉を?」
 成績は下から数えた方が速い奈津実にとっては優秀者全員がガリ勉なのである。しかし守村桜弥はその名に恥じない学園創立以来の秀才らしいのだ。顔立ちも体格も女の子に近いが、そのあたりが志穂の母性本能をくすぐりまくっているのだろう。
「なんでそんなことになってるワケ?」
「…だってよく一緒にいるのを見かけるし、時々は一緒に外出もしているらしいし」
そのボソボソッとした言い方は、半分は冗談であって欲しいと願っているせいだろう。
「ばーっかばかしいッ」
間に大きな甲高い声が割り込んでくる。
「ちょっと須藤! 声大きすぎるって」
「ユーリが守村に気があるなんて変よ。お友達か弟みたいな感覚なんじゃないの?」
相変わらずお嬢様の言い方は剣先のように鋭く、遠慮を知らない。日頃は冷静な志穂もつい身を乗り出してしまう。
「ちょっと、守村くんの事をそういう風に言わないでよ」
「そういう風って、どういう風よ!」
 ついに始まってしまった言い争いを止めたのは、内気そうな女の子の声だった。
「でも私も瑞希ちゃんの言うとおりだと思う…」
「珠美?」
「具体的に誰が好きなのかは聞いたことないけど。でも悠里ちゃんはみんなと仲良しだもの…守村くんと同じくらいに、鈴鹿くんや三原くんや姫条くんとも一緒にいるよ」
四人の少女の間に沈黙が走る。志穂の気持ちもわからなくはないが、言われてみれば珠美の意見も正しい。
「…本人に聞いてみる?」
「なっちゃん?」
「だってそれしかないじゃん。私も前から気になっていたんだよねー。好きな人がいるかどうか聞いても、『いないよ』の一言ですまされちゃうし」
 その時教室のドアがガラッと開いた。そこに立っていたのは噂の主人公である水崎悠里だった。今日は日直だったので、授業の後片づけを手伝わされていたのだろう。
「ユーリ、お疲れ。これから学食行かない?」
奈津実の言葉の奥にある企みに気がつくはずはなく、残念そうにこう言った。
「ゴメーン。私、今日はお弁当組なんだ」
「最近付き合い悪すぎだよ。何か良いことあったの?」
「何もないよ」
そう言い残して悠里は窓際の自分の席に戻っていった。昼食入りの袋を手に同じお弁当組の輪の中に入るのだと思ったが…彼女が真っ先に行ったのは、窓を大きく開け放つことだった。そして身を乗り出して中庭のあたりを見ている。
「どうしたんだろ…」
「シッ、黙って!」
 悠里が誰かを探しているのは明白だ。どうやら相手はすぐに見つかったらしく、そこに向かって大きく手を振る。
「今からそっち行くからーッ」
そして例の袋を掴むと大急ぎで教室を出て行こうとする。その直前に珠美が声をかけた。
「悠里ちゃん、どこ行くの?」
「中庭でランチしてくるの。じゃね」
 もしやこれは…本人に問いつめなくても真実は見えるのかもしれない。四人の女の子達は大慌てで悠里の席へと向かった。開けたままの窓を覗いて、ランチの相手らしき人物を捜す。すると…。
「えっ?」
「嘘お…」
「マジでえ?」
「はっ、葉月くん…」
蒼く茂る大木に寄りかかりながら、子猫たちと遊んでいるのは同じクラスの葉月珪だった。成績優秀・スポーツ万能・人気モデルと完全無欠のデパートのような男だったが、近寄りがたい雰囲気があって友人と楽しんでいる姿を見たものは誰もいない。もちろん彼女たちも積極的に関わろうと思ったことはなかった。
 それからすぐに四人は徹底的瞬間を目の当たりにした。昼食を手にした悠里がやって来たからだ。
「珪くん!」
「…悠里」
二人は既にお互いを名前で呼び合っていた。反応出来ないほどの衝撃が四人を襲う。
「お弁当作ってきたの。一緒に食べよ」
「俺、昼寝から起きたばっかりなんだけど」
「だったら早く胃を整えてね。私、この子達にミルクあげるから」
子猫たちは可愛いご主人様の膝の上に登ってミルクをおねだりしている。魔法瓶に入ったミルクを皿に注いでやると争うように飛びついてくる。その様子を黙って見ていた珪は…優しく微笑んだのだ。目の前の情景を愛おしむように…そしてそんな自分を本当に幸せだと思うように。
 胃を整える間もなく、珪は弁当箱を袋から取り出して断りなくハンカチの結び目を解いた。ふたを開けてメインの野菜の牛肉巻きを口に入れる。
「…美味い」
「よかったあ。珪くんてばものすごい偏食なんだもの、これでも苦労しているのよ。殆どが食わず嫌いなんて、お母さんの気持ちもわかるなあ」
避けて通ってきたカイワレも、シーチキンマヨネーズで和えたら食べられるようになったし、ピーマンの肉詰めも照り焼き風味にしたら楽勝だった。
「そういえば、この前のハンバーグなんだけど…」
「ハンバーグ?」
「…美味かったから、また作ってきてくれ」
「うんッ」
 女の子達は黙って窓を閉めると、そのまま集まっていた席へと戻っていった。これ以上あの二人の会話を聞く必要などない。あれをバカップルと呼ばずに何と呼ぶのだろう。どう見たって幸せな恋人達のやりとりである…例え本人達がそれを否定したとしても。
「ほーらね、言った通りだったでしょう。ユーリの事は誰よりもミズキが分かっているんだから」
「でも悠里ちゃん幸せそうだったよね。本当に葉月くんのこと好きなんだろうなあ」
高校から編入してきた悠里にとって、珪の評判は関係ないのだろう。入学式直前にちょっとしたアクシデントもあったらしいから、親しみを感じるのも当然かもしれない。
「…有沢」
「なっ、何よ…」
「あんたさっさと守村に告ってきなよ」
それが奈津実が出来た唯一の八つ当たりだった。
 
 
 
 
 それから一週間後、中庭でのランチタイムに悠里はちょっとした話題を提供した。それは前日の放課後に花を植えていた恋人達の話だ。
「結構お似合いだったよ。幸せになれると良いね」
「そうか…」
しかし悠里以外の人間には興味を持たない珪の脳裏に、その話題が刻まれることは…やっぱりなかったらしい。
 
 
 
 
END
 
 
 
 
この話、実話です(笑)。葉月くんを狙うときは殆どのパラメーターを上昇させる必要があります。運動は珠美ちゃん、芸術・魅力は瑞希ちゃんと仲良くして上昇させたのですが、どうしても学力の関係で守村くんが登場してしまい、爆弾処理のためにデートしているうちに有沢さんからライバル宣言されてしまったのです。もっともこっちは葉月狙いですから徹底無視していると、一週間後に花を植えあっている二人の姿が…。その時にはもうネタが出来ていましたね。三年生の冬頃かな? もちろんヒロインはその後王子様と幸せになりました。
 
 
 
更新日時:
2002/09/06
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Last updated: 2010/8/15