1ST LOVE

1      Mirror   ーKAZUMAー
 
 
 
 
 
 放課後の練習を終えて、はばたき学園高等部男子バスケットボール部員はその殆どが帰宅の途についていた。殺風景な部室の椅子に腰掛けているのは、荒くれどもをまとめている三年生の部長のみである。ではなぜ彼だけがここに残って可愛いマネージャーの作ってくれたアイスレモネードを飲んでいるのかというと…最後に居残りさせられている部員を待っていたからだった。春に入部してきた期待の一年生たちはいずれも大した逸材ばかりだったが、その中でも一番の才能の持ち主が一番の問題児なのだから困る。今日も見事なほどのワンマンプレイをご披露し、コーチにお説教をくらっているのだ。学年こそ違うものの、二人は小さい頃からの知り合いであり、部長が彼にバスケを教えた本当の意味での先輩でもある。その為に何となく相手に対して責任も感じているのだ。
 突然、勢いよく部室のドアが開け放たれた。その向こうに立っていたのは般若のごとく顔を歪ませた後輩だった。
「よお、和馬」
「…なんでここにいんだよ…」
「うちの部は大した実績もなくてな、寂しい部費をやりくりして頑張ってんだ。この部屋におまえを一人にしておいいたら、ロッカーの殆どが大破させられるだろ?」
冗談のように図星を指摘され、鈴鹿和馬は強く舌を打った。どかっと反対側の椅子に身を投げると、首にかけていたタオルで顔を覆う。
「あんまりコーチを恨むなよ。あれでもお前のことは認めているんだ。お前のような才能の持ち主は、高校の部活程度じゃなかなかお目にかかれない。だからこそバランスを計っているんだろう。一つ間違えばチームだけでなく、ゲームの全てを壊してしまうからな」
 小さな冷蔵庫から作り置きのレモネードを出してコップに注いで手渡してやる。
「あの可愛いマネージャーのお手製だ。感謝して飲めよ」
「うちにマネージャーなんていたのか?」
「…お前同じクラスだろう…」
それだけバスケットに一途なのだとも思えるのだが、それに比例するように彼の悩みも深くなる。夢が大きければ大きいほど、思いが強ければ強いほど、そして自分が特別なのだと思うほどに周りとの摩擦は確実に増えてゆく。
「ちくしょう…」
これまで順調に来ていただけに、その壁は想像以上に高く感じられてしまうのだ。
 コップの中身を一度に飲み干されたのを見計らって、部長はこう切り出してきた。
「自分を特別だとは思わないことだ」
「なっ…どういう意味だよ!! 俺はこんなところで終わるつもりはさらさらねーんだ! いくら部長だからってそこまで言われる筋合いねーよ!」
そこまで怒鳴られながらも、部長は彼に背を向けて部室の窓を大きく開け放った。
「見てみろ。あそこで女子バスケ部が練習している」
「女子だあ!? そんなの見て何になるんだよ」
「いいから来て見ろ」
 どうやら彼女たちも練習を終えて帰り支度を始めているらしい。和気藹々とした様子は実に楽しそうだったが、和馬の目には女同士のごっこ遊びにしか見えなかった。しかし…。
「あいつ…?」
その輪の中に見覚えのある顔があった。自分がコーチから体育館のモップがけを命じられた時にやって来た女子部員だ。彼女が忘れたタオルを自分が使ってしまったことで、特に驚いたような大きな瞳が印象に残っている。
「あの茶色のおかっぱ頭の子、水崎悠里って名前らしいが、お前と同じで一年でレギュラーになったそうだ。ポイントガードでな」
「なっ!? 正気かよ…まだ入部して間もない一年をチームの真ん中の司令塔にさせるつもりなのか?」
「技術的なものはもちろん、よほど冷静な判断力がないと出来ないだろうな。攻撃力自体はさほどではなくても、あの子は今のお前に必要なものをすでに兼ね備えている」
 部長は自分のロッカーを開けると、制服を取り出して着替え始めた。
「よく見ておけよ。あの子はお前の鏡になるだろう」
「…尊敬しろってのかよ…」
「それは鑑。俺が言っているのはミラーという意味の方だ」
国語の勉強もしておけよ、と軽く頭をこづいてやった。
「悩んだ時や何かにぶつかった時は、あの子のことを見るんだな。あの子の動きはお前に何をするべきかを教えてくれる。本来在るべきお前の姿を鏡のように写してくれる」
帰り支度を終えると、部屋の鍵を和馬へと放り投げた。戸締まりをしておけという言葉も忘れない。
「もっとも見つめすぎたら火傷するかもしれないけどな」
「なんだよ、それ」
「結構可愛い子だぜ? うちの連中が揃っていかれているらしい。まあ火傷したその時は別な相談に乗ってやるぞ」
「とっとと帰れ!」
 
 
 
 
 もっとも部長からの命令がなくても、和馬は悠里を見つめただろう。この時点で彼は、初対面の時からすでに火傷状態なのだということに気がついていなかった。
 
 
 
 
 
END
 
 
 
 
 
GS初の創作は(実際は初でもないんですけどね。あちこちで書かせていただいていたので)熱血バスケ少年鈴鹿和馬君が主人公でした。彼はねー、初めてみたときはあまりの性格の悪さに、「テメー! 後で校舎裏にこいや」と呟いてしまうほどだったのですが、恋愛状態だと人が変わったように純情少年になってしまってビックリ。声は裏返るわ、電話かけたらびっくりしてずっこけるわ…アンジェファンからはランディタイプだと思われていたようですが、どう見たって鋼系です。
彼とヒロインのカップリングは個人的には大本命ですね。特に女子バスケ部経由でプレイすると、彼の精神的な支えになってあげられます。
「お前の顔を見たら、ホッとした…」
「白衣の天使に見えた?」
彼が捻挫した時のお見舞い時の会話がツボでツボで…。
更新日時:
2002/08/23
前のページ 目次 次のページ

戻る


Last updated: 2010/8/15