1ST LOVE

41      美しき世界   ーIKKAKU&…ー
 
 
 
 
 
 ーそれはセピア色のフィルムに焼き付いた 映画のワンシーンのようだったー
 
 
 
 
 6月という季節のせいなのか、突然空に広がる鉛色の雲と降り出した雨に大きく溜め息をつく。簡単な用事を済ませるために父が経営する『はばたき学園』を訪れたので、こういった事態への対応はまるっきりなされていない。仕方ない…自分だけが知る秘密の近道を使って駐車場まで走るしかないだろう。そう決心すると校門とは反対の森へと走り出した。
「おや?」
丁度現在は使われていない古い教会を横切ろうとした時に、二つ並んだ小さな人影を見つける。
「あれは…」
 教会の一部であるささやかな屋根の下にいるのは幼い子供たちだった。四才くらいだろうか。小さな男の子と女の子…どちらも大変可愛らしい顔をしている。
「どうしたんだい?」
彼は慌てて駆け寄り、2人に話し掛けた。どちらもきょとんとした顔をして彼を見つめていたが、男の子の方がキュッと唇を噛みしめた。隣にいた女の子の手をしっかりと握って必死に警戒して見せる。しかし女の子の方は…。
「あのねユーリね、ケイちゃんとお外で遊んでいたの。そしたら雨が降ってきたからここにいたの」
なるほど…早く帰るという方法もあったのだろうが、それよりもまだ遊んでいたかったのだろう。しかしこのままでは間違いなく風邪をひいてしまう。かといって今の自分はこの子たちを守ってやれる状況にはない…さてどうしたものか。
「そうだ! 確か鞄に…」
 古く味のある鞄の中をかき回すと、出てきたのは大きく個性的な形をした鍵だった。これは自分が管理することを許されたこの教会の扉を開けるためのものである。中にあるステンドグラスの伝説そのままに幸運な出会いを自分に届けてくれるような気がして、ちょっとしたお守りの代わりに持ち歩くようにしているのだった。それを鍵穴に射し込んで右に捻るとカチャ…という音がして扉が開く。
「わあ…ねえ、入ってもいいの?」
「雨が止むまでだよ。お日様が出たらおうちに帰れるね?」
「うんっ」
しかし先程から積極的に話してくるのは女の子の方だ。男の子は口をキュッと結び、険しい表情を崩すことはなかった。しかし女の子を案じている気持ちは痛いほど伝わってくる。よほど大切に思っているのだろう。
「ケイちゃん、中に入って待っていよ!」
扉の向こうへと2人は手を繋いだまま滑り込んでいった。
 
 
 
 
 青年が申し訳ない程度の灯りを付けると、建物の中の幻想的な風景が浮かび上がってくる。
「わあ…こんな風になっていたんだね。綺麗だね」
女の子は手を離すと、そのまま赤く細長い絨毯の上を駆けてゆく。そして小さな指を上に向けて指した。
「この絵も素敵だね」
それは正面一杯に飾られている巨大なステンドグラスだった。普通教会には宗教関連の絵が飾られるものだが、ここにはそういった雰囲気のものは何一つなかった。
「…俺、あの絵の話知ってる」
そこで男の子は初めて口を開いた。
「王子様とお姫様の話…教会でいつも会ってた」
「シンデレラじゃないよね。白雪姫も違うよね?」
「そうじゃなくって…うちに絵本あったよ。持ってきてあげようか?」
「ほんと? ほんと? うん。ユーリも見たい」
 2人は互いの指をしっかりとからめて約束をする。『また明日ここで』と言ったところで男の子は初めて笑った。やれやれ…と溜め息をつきつつも青年もまた微笑まずにはいられない。どうやら自分もその約束に巻き込まれたようだし…明日からはこの時間に教会の扉を開けておかなくてはならないだろう。そして大人として2人に危険が及ばぬよう見守らなくてはならないだろう。
「お兄ちゃん、お日様が出てきたよ」
ステンドグラスの向こうから日の光が射し込んでくる。
「もうおうちに帰れるよ。またね」
「気を付けてお帰り」
手を繋いだまま走り去ってゆく2人を、目を細めながら見送った。これが最初の出会いだったのだが、その後の時間は驚くほど短かったことを思い知ることになる。それからすぐに男の子が、そしてそれに続くように女の子がこの街を去っていってしまったからだ。
 
 
 
 
 理事長室の重厚な扉の向こうから規則正しいノック音が聞こえてくる。それだけでこの音の主が誰なのかがわかった。
「入りたまえ」
「失礼いたします」
紫がかった銀髪に眼鏡の奥の鋭い視線はもう変わり様がないのだろうか。自分はこの学校では一番偉い人の筈なのに…とすねたくもなってくる。
「お忙しい中急にお呼びだてして申し訳ありませんでしたね、氷室先生」
「おわかりでしたら、話は簡潔にお願いいたします」
相変わらずシャレが通じない…と思いながら、彼に椅子を勧めて自分もその向かいに座る。
「あなたには一年生のクラスを受け持って頂くことになっていましたね」
「そうですが…」
 その言葉に何か感じるものがあったのだろうか。その直後に氷室零一氏は、この学園の理事長の顔面にずいっと詰め寄った。
「何か企んでいるんじゃないでしょうね…?」
「そんなことは…ない…(こともない)」
「それもどうだか。だいたい新しいクラスに関西から来た者を受験もなしで入学させたことは記憶に新しいですしね」
ここまで激しくツッこまれては、なかなか本題には入れない。彼…天之橋一鶴が行おうとしているのはまさに『それ』なのだから。「まあ確かに校外の生徒ではありますがね、でも先生のクラスに必ずプラスになる存在でしょう」
 目の前に示されたその生徒の資料を手に取る。
「東京から急にこちらへの引っ越しが決まったようでね。本来ならば入学試験を受けてもらう筈ですが、彼女の場合はその必要がないと判断しました」
氷室は資料を目にした瞬間に彼の言った意味を理解する。
「全教科オールA…」
もちろんその中には体育や家庭科という教科も含まれている。教師生活四年目の自分でさえこんな成績は見たことがない。
「クラブや生徒会活動などにも積極的に参加する大変優秀な生徒だったようです。ずっとミッション系の女子校に通っていたそうですが、そちらのお話では『手放すのがおしい』とハンカチくわえて泣かれましたよ」
 相手を自分の方に引き込んだという自信からか、余計な一言が出てしまう。
「なかなか可愛らしい少女だと思いませんか?」
「別に顔で学ぶわけではありません」
きっぱりと言われてシュン…となるのもいつものことだ。しかし氷室の手にはしっかりとその資料が抱かれている。
「わかりました。私でよろしければ」
特に後の方の言葉が強く響いた。モデルだの芸術家だの関西から来た少年だのを押しつけるような形にしてしまったことを未だに恨んでいるのか。
「失礼いたします」
 
 
 
 
 フーッと溜め息をついて、革張りの椅子に身を任せる。ただその表情には自分のやりたいことをやってのけた満足感に満ちていた。
「暗い森を抜けて、お姫様はここにかえってきたよ。さあ王子様…君は一体どうするのかな」
 
 
 
 
END
 
 
 
 
現在は立ち入り禁止になっている教会で、昔遊んでいた子供たち…という矛盾をちょっとツンツンしてみたお話です。一鶴さんの回想という形での王子×主人公でした。こういった大人の立場から見守るタイプの大人キャラは、書く側にとっては有り難いほどの存在です。でも…こんな理事長ってどんなもんでしょうかね…いや、大好きではあるんですが(笑)。 
更新日時:
2005/03/23
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Last updated: 2010/8/15