1ST LOVE

38      シンデレラにはかなわない   ーKEIー
 
 
 
 
 
 11月初旬、はばたき学園高等部は学園祭の季節を迎える。元々お祭り好きが多い上に最高のステージが用意されるのだから、その盛り上がりようは準備段階からハンパではない。もちろん水崎悠里もその空気に浮かれている一人だった。昨年までは所属している手芸部のショーに集中していたが、今年は最後の年でもあるからクラス参加の出し物に協力することに決めていた。それは学園演劇の衣装作りの筈だったが…。
「それで、一体何をするの?」
演劇のプロデュースを担当している藤井奈津実に聞いてみた。
「シンデレラだよん」
「シンデレラァ?」
 早速台本をもらって軽く目を通す。シンデレラ自体は古典的な童話だったが、自分以上にお祭り好きの親友がそれだけで済ませるとは到底思えなかったのだ。
「なっち…」
「なによ」
「なんかさ、角砂糖をそのまま丸かじりしたような話だね」
「少女漫画とメロドラマとギャルゲーをやりまくった成果だよっ。だーって、ただやるだけじゃつまんないじゃん?これくらいはやらせてもらわないとねー」
予想通りというか、その内容は甘い台詞とラブシーンに彩られたものだった。
「流石にキスシーンはカットされちゃったけどね。ヒムロッチはどうしてああ頭が固いんだか」
それでもこの脚本を許可しただけでも充分に寛大だと思われるが、そうは言わなかった。
 でも悠里にとっての問題はその配役だ。今からその人たちに会って、衣装の為の寸法を計らなくてはならない。
「で、誰がシンデレラをやるの?」
「あんたよ」
「あんたさんね…って、ええっ!? なんで私がシンデレラなのよーっ」
「仕方ないじゃん、王子じきじきのご指名なんだからさ」
真っ赤になることも忘れて悠里はぽかんと口を開けてしまう。
「ご指名って…誰が?」
「うちのガッコにはそのまんまの王子様がいるでしょう」
葉月珪…頭脳明晰・運動神経抜群・ルックスも最上級な男子生徒である。モデルとしても活躍している彼が舞台に立てば、そりゃあ評判を呼ぶわけで。
「なんでなんでなんでっ、なんでそんなことになってるんだよぅ…」
「本人に聞いてみれば?」
「行ってくるううーーーっっ」
 廊下をバタバタと走って行く悠里を見送りながら、奈津実はニヤッと笑った。一応本人にはこのように言ってみたものの、実際に会議で決定した事項とは大きく異なっていたからだ。シンデレラの配役で、その場にいた全員の一致で決定したのは実は悠里の方だったのである。明るくて開放的な彼女の主演に反対意見はなく、どちらかといえば王子役の葉月珪の方がランクは下だったのだ。スタッフ達はお祭り好きな姫条まどかやスタッフサイドの意向を重視してくれそうな守村桜弥のようなタイプを希望していたのだった。しかしそれを強引に押し進めたのは、やはり総合プロデュースを務める奈津実の鶴の一声だったようだ。
(あの二人がお互いに片想いしているのなんてバレバレだしねー。こんな時を使ってでも進展させてあげなくちゃ親友の名折れってもんよ。本当にイライラさせてくれるんだから!)
どうやら『親友の為』というのは立て前で、結局はどんなことが起こるのかを期待しているだけのような感じだったが。
 学祭の準備を完全に棚上げして中庭で猫と戯れている珪に向かって、あの時も奈津実は強制的に話を進めようとした。
「ちょっと葉月! 学園演劇のことで話が…」
「断る」
「なによーっ、人がまだ何も言っていないのに、3秒で断るワケ!?」
「面倒な事はしたくないんだ。それに俺がいない方が話がスムーズに進む」
それはそうだけれど…と言いたかったが、これで話を終わらすわけにはいかない。
「とにかく! あんたが王子役に決定したから。これ台本ね」
「引き受けるとは言っていない。持って帰れ」
 平行線のまま、空白の時間が流れてゆく。仕方あるまい…奈津実はタイミングを見計らって投げ放つ。
「破格の条件を付けるわ」
「付けても無駄…」
珪がそう言いかけた時、奈津実は上目遣いに囁いて見せた。
「シンデレラ役に、水崎悠里…」
「なっっっ!?」
端から見れば素晴らしきポーカーフェイスも、近くで見れば動揺しまくりなのがわかる。嬉し恥ずかし学園演劇。もう断る理由など何もなかった。自分自身の気持ちよりも、他の人間に悠里の王子役を渡したくなかっただけなのだけれど。
「そんじゃよろしくねー」
「俺はまだやるなんて…」
「口元にやついてる!!」
 ポーカーフェイスが顔そのものになっている彼にとって、たとえにやついていたとしてもよくわからないのだが、反射的にパッと口を隠してしまった。反対に奈津実がニヤッと笑う。ようやく引き出した本音に彼女は満足したようだった。後ろ姿を呆然と見送りながら、それでも台本をペラペラとめくってみる。
「…こんな台詞をあいつに言うのか…?」
その時に見せた彼の表情は、とてもにやついているなどというレベルのものではなかったという。
 
 
 
 
 つかの間の休息をやはり猫たちと共に眠って過ごしていた葉月珪は、いきなり一人の少女の叫びで起こされてしまった。
「葉月くんっっっ」
「…なんだ、お前か」
顔を真っ赤に染めて息を乱したまま水崎悠里は立っていた。しかし勢いよくここまで来たものの、一体どうしたらよいのか戸惑っているように見える。
「どうかしたのか?」
「あのっ、学園演劇のことでっ。葉月くんが私のこと指名したって聞いて…」
 一体何のことを言っているのやら。しかし一見もの凄いようで、でも実は結構底の浅い奈津実の計画は、珪にはすぐに理解出来た。
(こいつも巻き込まれたな…)
まったくもって、その通りだった。
「お前しかいないだろ、俺と満足に話せるの」
「…それだけ?」
「それだけ」
それまで興奮で真っ赤になっていた悠里の顔が、今度は一気に恥ずかしさの色に変わる。
「そっ、そうだったんだ…」
彼女が何を期待しているのかはなんとなくわかっていた。しかしまだ本当の胸の内は言えない。
「ごめんね。それから後で衣装の為の寸法を計らせてくれる?」
「服も作るのか?」
「うん」
「…頑張れよ」
「あい…」
 
 
 
 
 学園祭終了後の中庭にて、女の子たちはジュースを手に叫んだ。
「かんぱーいっっ」
仕事の内容は各自で違ったが、それでも楽しかった思い出を語りながらのプレ打上げである。五人の女の子の真ん中には、演劇で大役を果たした藤井奈津実の姿があった。
「よかったね。大成功だったじゃない」
紺野珠美にそう言われて、彼女の笑顔がますます弾けた。
「でもあの美しい童話を、あそこまで変えてしまうのは関心しないわね」
担任教師のようなことを言う有沢志穂は完全に無視の姿勢らしい。
「いいじゃん、結構客席にもウケていたしねー」
「ウケてたって、あの葉月珪のアドリブのこと?」
須藤瑞希の一言に、水崎悠里がダイレクトに反応を示す。
「アアアアアアアドリブって、あれは間違いだって本人も言っていたじゃない」
 ジュースを飲み干そうとした女の子たちの手が止まる。
「ユーリ、あんた本気でそう思っているの?」
「そう思ってるって…それ以外ないよ。だってシャレみたいなものでしょ? 葉月くんって天然っぽいところがあるもの」
それは認めるが、でも悠里と珪の間に何もないのだと思っている者はいない。十二時の鐘が鳴り響く中、呼び止める王子と立ち止まってしまうシンデレラなど前代未聞だ。しかしお互いを見つめる視線に、観客たちは何かを感じずにいられなかったのだ。
「はたして本当に天然だったのかしらね。あの笑いのタイミングは知っていてやっていたとしか思えないんだけれど」
「そういえばプロのモデルさんだもの。ステージの上で緊張して間違うことなんてないんじゃない?」
志穂の言葉に珠美が続いた。
「だからーっ、そんなことないもんっっ」
「「「「はいはい」」」」
 
 
 
 
ここでのうわさ話がのちに尾鰭を付けてあちこちに飛び交ったのは言うまでもない。
 
 
 
 
 
END
 
 
 
 
王子のお誕生日と学園演劇シンデレラ開演記念の創作でした。珪くんが王子役を引き受けるには、裏でこんなことくらいはしているだろうなーという気がします。でかしたなつみん♪ 女の子たちの仲良しぶりも出せて管理人のみ幸せな内容でした。
更新日時:
2004/10/09
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Last updated: 2010/8/15