1ST LOVE

37      Replay   ーCHIHARUー
 
 
 
 
 
一番近くにいると思っていたその人は
実はいくら手を伸ばしても届かない人だった
 
 
 
 
 昼休み…三年生のとある教室で、姫条まどかは友人たちとトランプ遊びに興じていた。すると突然大きな音をたてて扉が開け放たれる。んー? と体を伸ばしながら振り返ると、そこには顔を怒りで真っ赤にさせた女子生徒が立っていた。
「たのもーっ!! 姫条まどかはおるかーっっ!?」
「ふっ藤井ちゃん?」
茶色の髪を上で縛っている彼女は藤井奈津実。まどかとは気軽に話せる良き友人関係でもあった。少なくとも貴重な休み時間に怒鳴り込まれるようなことをした覚えはまったくない。彼女はズカズカと彼の席まで歩いてゆくと、襟元をぐいっと掴んで持ち上げた。
「なんだ、いるじゃないの」
「はい、おりました…」
「ちょっと顔貸してくんない?」
「はっはい?」
とぼけたような受け答えに、奈津実の持ち上げる手がいよいよ容赦なくなってきた。
「こっちが頭下げてんのに、断るっていうわけ?」
どこがだ…と周りの人々は思ったが、それを口にする余地はどこにもなかった。
「わっ、わかったから離して…」
「最初っからそう言えばいいのよ。とにかく屋上まで付き合って」
「はい…」
いつものプレイボーイっぷりはどこかへいってしまったようだ。売られてゆく子牛のように奈津実の後ろをついてゆくまどかを見て、全員は心の中で『ドナドナ』を歌っていたという。
 
 
 
 
 奈津実の危機迫る表情を見た屋上の住人たちは、居心地の悪さを感じてその場をそそくさと立ち去って行った。あっと言う間にまどかと奈津実の二人の世界である。しかし一番逃げ出したいと思っているのが彼であるのは言うまでもない。
「あんたに聞きたいことがあるんだけどね」
「聞きたいこと?」
奈津実にとってもあまり聞き易いことではないのだろう。しばらく考えて苦い溜め息をつくと、思い切ったようにこう切り出してきた。
「あんた、きらめき高校って知ってる?」
「きらめき…きら高のことか?」
 近隣にある共学の私立高校である。なかなか可愛い女の子が通っているという噂を姫条まどかが見逃すはずもなく、実際に友人知人の数も多かった。
「それはまあ、適当に知ってはいるけどな。それがどないした?」
「それじゃ、蒼木千晴って生徒のことは?」
「誰? あー千晴ちゃんていう可愛い女の子だったりするんか?」
次の瞬間、まどかの頬に鈍い痛みが走る。クリーンヒット…奈津実の拳が見事に突き刺さったのだ。
「あんたの頭ってそんなことしかないわけ!? 蒼樹千晴ってのは男よ、おーとーこっ!」
「そんなん詐欺やろ…」
「千晴って名前の男だっているのよ。まどかって名前の男がいるのと同じようにねっ」
「なるほどーっ」
 再び奈津実の拳が飛んできそうになったのをギリギリでかわす。すると奈津実は悔しそうに舌打ちしたが、それでもなんとか冷静さを取り戻した。
「そんで? その千晴くんとやらがどないしたん。まさか藤井ちゃんを泣かせたとか?」
もしそうなら表彰状モノだなあ…と思った時、奈津実が今にも泣きそうに唇を噛みしめているのがわかった。
「藤井ちゃん?」
「私のことじゃないわよ。悠里の…」
「悠里ちゃん?」
彼女は奈津実の親友であり、まどかとも面識のある遊び友達の一人だった。勝ち気な奈津実と天然ボケの悠里は校内でも有名な二人であり、絶えず誰かに囲まれている人気者である。思えば二人がこんなに深刻な顔をしたことなどなかったのだ。
「悠里ちゃんが泣かされたんか? その蒼樹って奴に」
「直接じゃないらしいけど、似たようなもんよ」
 彼はもともとはメールで偶然に知り合った相手らしい。しかしお互いの境遇が似ていたこともあって、すぐに仲の良い友人同士になったのだという。何度もメールのやりとりを行っているうちに恋愛感情が芽生えるのも不思議ではなかった。
「それで直接会おうってことになったらしいの」
「ま、定番やね」
「でもその男ってば…待ち合わせ場所にこなかった上に、一方的に絶縁宣言したって言うのよ!」
それは確かに酷い話かもしれない。基本的にフェミニストであるまどかにとっても論外な話だ。
「以来悠里は落ち込みっぱなし! 一流大学に行くための受験勉強にも身が入らないのよ。あんなに目を真っ赤に腫らせて…毎日泣いているに違いないんだから。私の悠里をーーーーーっっっ!!」
「…あんたらの友情も謎やねえ」
 奈津実にギロッと睨まれて、慌ててまどかは口を押さえる。
「と・に・か・くっ、このまま悠里を放っておくことも出来ないのよ。本当は私がきら高まで乗り込んでやりたいけれど…それが出来ないからあんたに頼むのよ」
「俺に喧嘩してこいって言うんか?」
「場合によってはね。でもあっちの事情も一応は知りたいじゃない? あんたならそれが出来ると思ってさ」
頼りにされているのか、こき使われているのか…いや、今はそれは言うまい。ただまどかも悠里のこの頃が気になって仕方なかったのだ。彼女にとって良いことならば、いくらでも力は貸したいと思った。
「わかった。でも過剰な期待はせんといてな。俺はあくまでも男同士の話をしたいんやから」
「OK」
奈津実も内心は不安で一杯だったのだろう。ここでようやく笑顔を見せてくれた。
 
 
 
 
 
 きらめき高校に通う友人は、まどかの突然で無理な注文を快く引き受けてくれた。蒼樹千晴という人物に引き合わせてくれると言うのである。奈津実から頼まれた数日後に、まどかはその学校へと出向いた。
「すまんかったな」
「別にかまわねーよ。蒼樹は知らない奴じゃねーしな」
「そんでなあ…」
悪友の耳元にそっと口を寄せて、小声で尋ねる。
「その蒼樹って、どんな奴なん?」
相手はくまどかをぽかんとした顔で見つめていたが、すぐにゲラゲラと笑い出す。
「そんなにびびんなくてもいーって。アメリカから来た留学生なんだけどさ、見かけは日本人と変わらねーし。なんていうか、結構大人しいタイプだぜ。最初は言葉が上手くいかなくて孤立していたみたいだけど、今じゃ友達も結構いるしな」
そういう人間がどうして悠里のことを…まどかの脳裏がますますこんがらかってくる。
「なんかイメージとちゃうねんな…俺、てっきり虐められると思ってん」
「逆だろ? いじめるなよ」
悪友がげらげら笑いながら、後ろを振り向いた。
「来たぜ」
 校舎から鞄を大切そうに抱えて来たのは、蒼い髪と瞳を持つ真面目そうな青年だった。穏やかで優しそうな笑みを口元に浮かべている。
「蒼樹!」
そう呼ばれて、慌ててこちらへと走ってくる。
「遅くなってごめんなさい」
「いいって。こいつがお前に会いたがっていた姫条まどかな。そんでこっちがお前の会いたがっていた蒼樹千晴。お互いお手柔らかにやれよ」
そう言って友人は去っていった。あとはごゆっくり…という気持ちなのだろうか。もちろん彼には事情を一言も話していないから、二人のことを本当に心から信頼してくれているのがわかる。
「どうも、はじめまして」
 千晴は先に彼に頭を下げた。それにつられるようにまどかも深くお辞儀をする。
「どーも、忙しいとこすまんな。俺は姫条まどか…はばたき学園から来てん。わかるな?」
それまでにこやかに対応していた相手の顔が少しずつ歪んでゆく。やっぱりこっちはこっちで複雑な事情を抱えているのだ。
「えーと、水崎悠里ちゃんのことは知っとるやろ? 一応俺とも友達なんやけどな。といっても別につきおうているわけやないから気にせんといてええよ」
「はっ、はい…」
関西弁でまくしたてるまどかの口を見ながら、千晴はゆっくりと反応を示す。
「それでなあ、最近どーも悠里ちゃんの様子がおかしいねん。あんなに元気な子がひどく落ちこんどるみたいで。実は心配しとるの俺だけやない。あの子人気もんやからみーんなが気にしとる…そこで友達の一人が自分のことを聞き出してな」
「そうだったんですか」
 まどかの大きな手が千晴の肩をぽんと叩いた。そしていつも以上に優しい声でこう言う。
「誤解せんといてな。自分を責めているわけやない。お節介かもしれんけど、何とかしてやりたいて思うてるだけなんや。自分も悠里ちゃんを泣かせて気持ちええ思いしとるわけやないやろ? 事情話してくれんか?」
校門に寄りかかっているまどかに向かって、千晴は少しずつ事の経緯を語り始めた。留学したばかりの頃に初めてメールで彼女と出会ったこと、しかしそれと同時に街で優しい女の子とも出会っていたこと…どうやら奈津実が言っていたことは、あくまでも彼女の主観だけだったようだ。
「なんや、めっちゃええ話やないか」
「はい。自分の殻に閉じこもりがちだった僕は、彼女との出会が本当に嬉しかったんです」
 考えてみれば悠里自身もはばたき学園に入学して間もない頃だったのではないだろうか。彼女も千晴の存在にどれだけ勇気づけられてきたのか。だからこそ今のショックが大きいのだ。
「でもわからんなあ。なして会ってやらへんの? 会いたい気持ちは向こうも同じや思うけど」
唇をきつく噛みしめる千晴は今にも泣きそうだった。
「そんな資格…ないんです」
「資格なんて関係ないやろ」
「僕は本当に悠里に会いたかった。メールの彼女と街で会っていた彼女が同じ人なんじゃないかって、図々しいことを考えたりもしていました。でもそれが本当だって分かった時…怖くてたまらなくなった。もし悠里が真実を知って絶望してしまったら僕は…」
 そこまで言わなくてもいいのに…まどかは首をひねる。この青年は真面目で誠実な優しい男なのだろう。おそらくはメールでも街角でも同じような対応をしていたはずだ。悠里だって彼のそんなところに惹かれたのだろうし。
「あんなあ、千晴ちゃん」
「はい? でも僕は女の子ではありません」
「これは仲のええ友達に言うようなもんや。自分の気持ちはめちゃくちゃようわかるで。本気で好きになってしもうたら弱気になるもんや…でもな、俺はやっぱり女の子の味方やねん」
にこにこ笑いながら、学生服の背中をバンバンと叩く。出来ればこの純情な青年に勇気が伝わることを祈るように。
「だから悠里ちゃんがあんなに落ち込んでいるのを見るのもまた辛いんや。そんでそれを解決出来るのが自分だけなんやとしたら…一発頑張ってもらえへんやろか」
「でも!」
「今すぐはば学に来いなんて言わへんよ。受験が落ち着いた時とか、そんな時期でもええと思う。あの子だって今まで待ってたんやから。その気持ちを大切にしてくれるんやったら、もう一度会ってやって。な?」
千晴の顔を覗き込む彼の瞳には、深い優しさが漂っていた。まるで随分以前からの友人であるかのように。ぎこちないまま…それでも必死に笑顔を作り、千晴は言った。
「はい」
 
 
 
 
 卒業から数ヶ月…お互いに自由と夢を抱いてフリーターという道を選んだ奈津実とまどかは、久しぶりに喫茶店で待ち合わせをして向かい合った。
「そのわりには随分と不機嫌な顔ですねえ、藤井ちゃんは」
「ほっといてよ。私はねえ、その蒼樹って男を許したわけじゃないんですからね。言ってやりたいことが山のようにあんのよ」
「ええやん、悠里ちゃんと無事おさまる位置におさまったんやから」
実はこの二人をここに呼び出したのは、他ならぬ悠里自身だった。同じ一流大学に通う恋人を紹介したいと言ってきたのである。
「おそらく毒気を抜かれておしまいってとこやね」
「なによ、自分が知っているからってさ」
「それを頼んだのは藤井ちゃんの方やろ?」
 むくれている奈津実を鼻で笑って、まどかは好物のコーヒーをすすった。そしてゆっくりと視線を外へと向ける。
「お、来たみたいやで」
「マジ?」
信号を手を繋いで渡っているのはあの二人だ。蒼い髪の青年と赤い髪の少女は、互いしか見えないかのように微笑みあっている。
「ちょっと…結構美形なんでない? なんであんた黙ってたのよ」
「だって聞かれてないもーん」
「きーっ! くやしーっ」
 
 
 
 
END
 
 
 
 
千晴くんハッピーバースディ♪ そのわりにはちよっと寂しい感じの内容になってしまいましたね。書き手もそれをわかっていたものですから、今回は間に入ってくれる友人代表としてまどかくんと奈津実ちゃんに加わってもらいました。千晴くんをゲットするためにプレイしていた時に思いついた話なんですが、これが最高のハッピーエンドに向かう為の伏線になるので、どうぞ許してやって下さい。
王子のように何年も忘れないでいてくれる恋愛も大好きですが、千晴くんのように一瞬の出来事の積み重ねが永遠になる…『はじめまして』で始まる恋も本当に素敵だと思っています。でもこの創作って、声だけ聞いていると手塚と赤也だ。おや?
更新日時:
2004/08/08
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Last updated: 2010/8/15