1ST LOVE

36      KISS OF LIFE   ーMADOKAー
 
 
 
 
 
 それはもう間が悪いとしか言いようがなかった。今日の日付が自分の出席番号に近いこと…はあらかた予想はしていたが、何故か今回に限って教師がフェイントぶちかまして2問ほど先の問いを当てられたこと。しどろもどろでクラス中に笑われてしまったこと。手助けしてくれようとした隣人の答えも間違っていて、のちに山のような宿題を出されてしまったこと。
「なんで、なんで、なんで私ばっかりーっ」
ドシドシと廊下を大股で歩くと短いスカートがひらりと舞って特に男子生徒の目を釘付けにしたが、今はそんなことおかまいなしだ。目指すは校舎の屋上。そこで散々愚痴を叫ぶのが目的である。
 はばたき学園の屋上は生徒たちが集う憩いの場所として解放されている一つである。中にはここでちょっとしたおちゃめな行動に出る者もいるが、それらは生徒たちによる100%の団結力によって決して外部には漏れないのだ。水崎悠里もまたいつも利用している一人だった。大きな海を眺められるここでは、いつでも爽やかな風を感じることが出来る。
「…あれ?」
ギィと扉を開けると、そこに先客がいるのがわかった。たかが10分くらいの休みなら誰もいないだろうと思っていたのだが。(彼がここで一人でいたい時は誰も側に近寄れないのだと悠里が知るのは、ずーっと後のことだ)
 インディゴブルーの制服は確かにはばたき学園高等部の男子のものだ。その人はとても背が高く、後ろの髪を少し持て余すように伸ばしている。
(先輩かな?)
だったら余計に中には入って行けない。ここまで運が悪いのか…と溜め息をつきながら出て行こうとした時、悠里はとある異常に気がついた。
(けむり…?)
その人の手元あたりから細くて白い煙が上がっている。
「火っ、火事っ?」
慌ててその人の側に駆け寄って叫んだ。
「危ないですっ。早く逃げて! 火が、火が…」
「へ?」
少し変わったイントネーションの言葉と共に彼が振り返る。
「だから火事なんですって! …えっ?」
 二人の間に空白が広がる。悠里の目をしっかりと捕らえたのは彼の指先にある小さな細長いモノだった。
「たっ、煙草っ?」
「あっちゃー、見つかってもうた」
そう言って笑う顔に見覚えがあった。まだこの学校に入学して間もない頃にわざわざ自分を見に来た人だ。
「…姫条…まどか…くん?」
「おう、覚えとってくれたんやね。久しぶり! 悠里ちゃん」
「久しぶりって…それよりなんでここで煙草吸ってんのーっ」
「ストレス解消や。いつまでもそんなん貯めとったらロクなことないで」
それに関しては同意するが、この人はいくら大人びて見えたとしても自分と同じ16才の筈だ。
「わかっていてやっているんだよね」
「…わからんほどアホやないで」
 本人曰く『まだあと少し吸えたのにー』というくらいの煙草を懐から出した灰皿でもみ消す。なるほど…マナーというか後始末の仕草は実に手慣れたものだ。
「黙っててくれるやろ?」
片目を閉じてわざとらしくお祈りの真似事までしてみせる。
「どうしよう…かな?」
悠里とて別に正義の味方ではない。素行が悪くとも、姫条まどかという人間が悪人には見えなかった。しかし素直にそれが言えなかったのは、やっぱりストレスを貯めていたせいだ。
「私の一言で姫条くんの運命も変わっちゃうよね」
「あっちゃー、そうきたか」
言い方はちゃかすようでも、何故か笑顔が消えた。
「そうやったらこっちから口止めするしかあらへんな」
 灰皿をポケットに戻して真っ直ぐに悠里の方を向く。その表情は先程が嘘のように厳しい。
(殺されるっっ)
みなぎる殺意(のようなもの)を感じて凍りつくように身構えてしまう。怖くて、怖くて…逃げることも出来ない。相手に腕を強引に掴まれて引き寄せられた時にはギュッときつく目を閉じていた。
(おとーさん、おかーさん、ごめんなさ…)
しかしいつまでたっても殴られることも刺されることもなく、フッと気が緩んだ瞬間に唇に何か温かいモノが触れるのを感じた。
「んっ…」
(…えっ?)
その温かいモノが姫条まどかの唇だと知るのは数十秒後のことだった。その間ずーっとキスされっぱなしだったのだ。
抱きしめられていた腕が緩んだ瞬間、悠里はショックと息苦しさでその場に座り込んでしまった。それと同時に次の授業を開始するチャイムが鳴り響く。
「これがほんまもんの口止めっちゅうやつや。よろしく頼むで」
彼の何気ない一言が心にグサグサと刺さる。この人本当のプレイボーイなんだ…これでみーんな思い通りになると思っているんだ…冗談じゃないっ! と吠えようとしても、涙が溢れてどうしようもなかった。でもそれ以上に怖いのは、もし教師に言いつけてしまえばこの男がそれ以上のことを要求してきそうなことだ。
「さーて行くとすっか。ほんじゃまたな? 俺が恋しくなった時はいつでも呼んでくれてええよ。もーっと良いこと教えたるで」
「ばかぁぁーーーっっ」
 笑いながら本人は扉の向こうに消える。そこには座り込んだままの悠里がぽつんと一人残された。慌てて制服の袖で唇を拭うが、それを何度繰り返してもあの柔らかくて優しいキスがこびりついて離れない。思い出すだけで煙草のほろ苦い味まで蘇ってきそうだ。
「なんて不幸なのーっ!! 私の…私のファーストキスだったのにぃぃーっ」
その叫びを鉄の扉の向こう側から聞いていたあの男は…。
「ファーストキスねえ…。もしかして俺、めちゃめちゃラッキーってことか?」
そう言って嬉しそうに笑った。しかしかなり過激な二度目の出会いが彼女にとって一応の思い出になるまでには…三年近くかかる予定だった。
 
 
 
 
END
 
 
 
 
こんな話をゲーム発売の前に考えていたんだな自分よ。当時の私がまどかにどんな期待を寄せていたのかがバレバレですね。ホント不意打ちのキスシーンが似合いすぎです。うちはカマトトなサイト名なわりにはキスシーンが少ないのですが、こんな感じは女の子としてはどうなんでしょ。彼だから許して下さい。まどかハッピーバースディ、これからもあんたのことをモリモリ書くからねー。
 
(物語の中に喫煙の描写がありますが、実際は二十歳を過ぎないと出来ません。決して彼の真似だけはしないで下さいね)
更新日時:
2004/06/15
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Last updated: 2010/8/15