1ST LOVE

34      Dear Venus ファーストラブコレクションD   ーSHIKIー
 
 
 
 
 
私の好きな人は王子様
茶色の柔らかな髪と、菫色の瞳
絵本の中からそのまま飛び出してきたかのような…
見かけも心も根っから庶民の私だけど
いつでもあなたに相応しくありたいって思ってる
思っているんだけど…なっ!
 
 
 
 
 とある平凡な秋の日曜日である。ここの部屋の主である水崎悠里は午前八時を過ぎても夢の中であった。口元のにやにや具合はよっぽど素晴らしい夢でも見ているのだろうか。ちなみに現在エレガント系で選択されたこの部屋は洋服が散らかし放題になっている。相当遅い時間まで選んでいたのだろう…翌日に着るための衣装を。別な意味での舞踏会のドレスを。しかし…お姫様は起きる気配さえ見せはしない。
「悠里ちゃーんっっ」
毎度ノックなしで部屋に乱入するのは、この家の長男尽王子であった。まだ小学生の彼は早朝のテレビ番組の為なら日曜日でも早起きをするのだ。
「あちゃー、まだ寝ていやんの」
 ここで姉を無視するのは簡単だ。でも彼の心の中で天使と悪魔が戦っている。姉が約束を守れずに悲惨な目に合うのは見ていて楽しいかもしれないが、それらのとばっちりは相当な確率で自分の元にも及ぶだろう。小さく溜め息をつくと、力の及ぶ限りの勢いで布団を引き剥がした。
「おきろーーーーっっっ」
「いやぁぁぁーーーーっっっ」
布団の裾を掴んだまま意地でも起きあがらないつもりらしい。よっぽど良い夢を見ていたのだろうか。
「朝からなんてことすんのよ!」
「そりゃこっちのセリフだって。何日も前からデートデートうるさかったじゃん…時間はいいのかよ」
 威張るように腕組みをする弟を見つめながら、ようやく悠里の視界が明るくなってゆく。
「あっ…ああああっっっ」
ベッドから素早く立ち上がり時間の確認をする。
「八時半? いやだぁもうっ。信じらんない」
「ちょっと起こしてくれた弟にお礼はないわけ?」
「あーん、色サマに嫌われちゃうよう」
どうやらお礼の言葉はないようだ。わかっていたけどね…そう思うと溜め息も苦くなるものだろう。
「いいじゃん、三原だっていつも遅刻してばっかりだって言っていたしさ。初めの頃は悠里ちゃんずっと怒っていただろ?」
「そうでもないの。だって相手が色サマなんだもの」
 それが理由になってしまうのが、三原色という男の不思議なところだ。はたから見ていると楽しいのは尽も同感出来る。将来の兄と考えると寒気もするが。考え込んでいるうちに姉が大急ぎで着替え始めているのに気づけなかった。
「ちょっと、いつまでボーッと見ているの! 早く出ていってーっっ」
「うえっ」
 まったくもって朝から踏んだり蹴ったりである。ギリギリの時間に起こしてあげたのはこっちなのに…反対に部屋から叩き出されるというのは一体どういうことなのか。まあ女性の着替えシーンを覗くのは御法度だとは思うけれど…悠里の分までトーストを焼いてブルーベリージャムを塗りながら尽はぼやいていた。そんな最中でも二階からはドタバタと走り回る音が聞こえてくる。
「遅れるー遅れるー」
「ほいよっ」
フリスビーのごとく飛んできたトーストを悠里は見事に口でキャッチした。
「まみまもー(ありがとー)」
「そんで? 今日の行き先は?」
もぐもぐごっくんと飲み込んだ後に、それでも明るくこう言った。
「オークションに連れてってもらうの」
「おーくしょん? あの売ったり買ったりするやつ?」
「本物の芸術品のオークションって見たことないし、滅多に行けるもんでもないしね。でもそういう機会に触れるのも大切なんだって。本物を見ることが絵の上達にもつながるみたいなの」
なるほど、はしゃぐはずだよなーと尽王子は思った。美術部所属で将来は学芸員になりたいと思っている悠里にはうってつけの場所であり、そして相手だったのだ。
「それじゃ行ってくるね。出かける時は鍵かけてよ。それから…」
「悠里ちゃん、前!」
ドゴッ!! 玄関の扉に激突する悠里の姿がそこにはあった。
「…頑張れよ」
「うん…いい子で留守番してるのよ」
 
 
 
 
 それから少し後のはばたき駅正面…彼は実に彼らしい姿でそこに立っていた。時計を気にすることもなく、口元には笑みさえ浮かんでいる。まるでただ立っていることも楽しくてならないような…脳裏にはおそらくは自分自身の美しい世界が広がっているのだろう。そこに他人が入る余地など微塵も残ってはいなかった。誰かが確認しなければ待ち合わせしているなんてわからないはずだ。
(さあて、ボクのミューズは一体何をしているのかな)
赤茶の髪を肩で整えた明るい女の子は、外見だけではミューズなのだとは言い難い。しかし柔らかな感性や強い信念は彼の気持ちを揺さぶるのに充分すぎるほどだった。今では彼女のいない高校生活など考えられない。突然時間も風景も慌ただしく動き始め、そしてそこから鮮やかな色が輝きを放った。
 こうして辺りを見ていると、彼女に似ている存在が結構いることがわかる。でもそれは似ているというだけで、本物ではないのだ。
(そうだね…可愛いお姫様は今頃何をしているのだろう)
そう空想するだけでふふっと笑みがこぼれた。きっと自分との待ち合わせを意識して、家族中を巻き込んで大騒ぎしているに違いない(自信家の彼は、彼女の頭の中も自分でいっぱいなのだと疑っていなかった)。時折ナーバスになって泣きそうな顔をしてみたり…。
(ああっユーリ! ボクの為にそんな顔してはいけないっ)
 泣きそうになっているのは実は彼の方だった。怪訝そうに見つめていた周囲の人々も避けるように通り過ぎてゆく。本人もついカッとなってしまったことを恥じたのか、咳払いをして思考を戻そうとした。その時…。
「色サマーッッ」
自分の名前を呼びながら駆けてくる女の子だった。
「ユーリ!」
よっぽど慌てて出てきたのだろう。悠里の服装は彼の理想にかなっていたが、そんなことを気にする余裕などないかのようにあちこちを振り乱している。その表情はホッとしたような、でもどこか不安げな…そんな印象に見えた。
「ごめんなさいッ。遅くなってしまって…えっとちょっと寝坊というか、弟に絡んでいるうちに遅くなったというか」
弟が聞いたら泣きそうな言い訳だった。
 散々頭を下げた後に彼を見つめる。でも何故かそれらに反応してくれない。
「色サマ…?」
「随分と待ったよ」
「うっ…」
待ったのは事実だが、実際はそれを楽しんでいたというのが正しい。そして今は…彼女が俯いて身を縮めているのをこっそり楽しんでいるのだった。
「ごめんなさい…」
半分泣きかけた悠里の上にクスクスといった笑い声が降りかかってくる。
「怒っていないよ」
「えっ…」
「待っている間だってずっと一緒だったからね。知らなかっただろう?」
いよいよ色の笑いが止まらなくなってゆく。
「何か考えていた?」
「うん」
「何を?」
「内緒だよ、これはボクだけの楽しみだからね」
 反論を待たずに色は悠里の手を握りしめた。
「でもこれ以上立っている必要はないね。行ってみるかい?」
「…うーん、なんとなくすっきりしないけど」
すっきりしなくて結構なのだ。悠里が例えようもなく大好きで、彼女を想うことが必要で、そしてその想いはまだ芽生えたばかりのデリケートな存在だから。大輪の花を咲かせるのはもう少し先のこと。七色の光が射し込むあの教会で。
「眠れないくらいに楽しみにしていたの」
「理由はそれだね?」
「うっ…」
 
 
 
 
END
 
 
 
 
 
 
すっかり遅くなりましたが、それでも書かずにおれないお誕生日創作です。色サマごめんなさい…というよりも、すでに誕生日が彼方すぎて忘れられているんでしょうなあ。ファーストラブのイメージ創作もようやく半分。この時は優しげなミキシンボイスにやられっぱなしでした。待ち合わせ時でも全開な色サマワールド。ますますのめり込ませて欲しいのです。17才、おめでとう。あなたに至上の幸福と喜びを。 
更新日時:
2004/03/28
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Last updated: 2010/8/15