1ST LOVE

33      アンバランス   ーKAZUMAー
 
 
 
 
 
 12月…ついに教室のカレンダーも最後の一枚を残すのみとなってしまった。それと同時に教室の中は迫り来る期末テストを控えて空気も寒空と同様にピシッと引き締まる。ノートが空中を舞い、コンビニのコピー機ははばたき学園の制服を着た者たちに支配される。この光景は試験の最終日ギリギリまで繰り広げられるのであった。みんなの気持ちがブルーになるのも当然なわけで…そのやりきれない感じが、さり気なく八つ当たりの相手を探し出すきっかけとなってしまった。今回の生け贄の子羊さんは試験の最中でもその重要性にはてんで無関心で、胸を張って赤点を取りまくっている某生徒さんだった。そこに同様の成績の少年たちが集う。
「なあ、和馬」
「あん?」
「お前ってさあ、水崎と付き合ってんの?」
 彼らのニヤニヤ顔でこれが単なるジョークの部類なのだとはっきりわかる。上手に本音が引き出せればラッキーだし、楽しみなのは事実よりもこれから見せるであろう鈴鹿和馬の慌てぶりだった。そしてそれは…仲間たちの思った通りになるのであった。
「なっっっ!!?」
「いつも一緒にいるもんなー。お互いバスケ部のエース同士でお似合いなんじゃねーの?」
「かっ関係ねーだろ、そんなの!」
そう言いきって和馬は持っていた牛乳パックの中を飲み干す。しかしパックを持つ手が小刻みに震えているのが彼の動揺を露骨に表現してくれていて…。
「まあまあ、そんなにごまかさなくても大丈夫だって。ほんと羨ましいよ…あの水崎悠里だぜ?」
抜群の運動神経を持ちながら成績も決して悪くはなく、しかし人から一歩引いたような印象を受ける繊細な大人びた少女であった。
「別に付き合っちゃいねーよ。いいじゃねーか友達でよ」
「そんなこと言ってるけどな、お前友達扱いしている女なんているのか? 二人であちこち出かけているって噂…それこそあっちこちで聞くぜ?」
「ぐっ…」
 図星であった。鈴鹿和馬という人間は男女間の恋愛という面には疎いというか、不器用というか。とにかく上手くやり過ごそうということが出来ないのだ。ここで何を取り繕ってもからかいの材料にされるだろう。ニヤニヤ笑う仲間たちに、ついに頭に火がついた。机に叩きつけられた拳の音が教室に響く。
「関係ねー!、俺はなあ、あいつにつきまとわれて迷惑してんだ。ったくうっとおしいったらねーんだよ。なのに向こうから声をかけてくるから仕方なく…」
「おい和馬」
囲んでいた少年たちの表情が変わった。なにかとんでもないことに遭遇したかのように引きつらせているのである。そして悲しいことにカッとなっている本人はそのことに気がついていなかった。
「だいたい俺はあいつのことなんか、好きでもなんでもねーんだっ!!」
「和馬!」
仲間の一人の慌てたような叫びで和馬は我に返った。そして背後に妙な視線を感じて振り返る。廊下から自分たちの様子をじっと見ていたらしい人の名前は…。
「みっ水崎…」
「ごめんね、私…」
今にも大きな目から涙が溢れそうだった。それでも必死に笑顔を作ろうとするから頬のあたりが引きつっている。全員が時を止めたままで彼女に視線を集中させていたが、手にしていた包みらしきものをサッと背後に隠したことは気付かなかった。
「もうしつこくしない、うっとおしいことしないから。ごめんね?」
それだけを言い残して悠里は教室から去っていった。おそらく彼らの会話を全て聞いていたのだろう。それとも大変よく通る大声だけを聞いてしまったのか。どちらにしろ最悪のタイミングだった。表情を凍り付かせたまま、言い訳も出来ずに去られてしまった鈴鹿和馬、この日が17才の誕生日だった。
 
 
 
 
 
 
 その日の放課後、校舎の屋上のすみっこでうずくまる和馬を待っていたのは、冬の空気よりも更に冷たい親友の一言だった。
「アホか」
「うっ…」
「そんな、ちょっと言い過ぎじゃないですか? 姫条くん」
大きな眼鏡をかけた少年が慌てて止めようとするが、それでも彼は容赦をしない。
「ア・ホ・かなんてたかが3文字やろ。言い過ぎもくそもないわ。それとも眼鏡くんは『いくら分かり易く喧嘩売られたからっちゅーて、悠里ちゃんを泣かせるのは言語道断! 嫌われるのも当然や。ざまーみろ、はははっ』なんて本音をこの場でぶちまけろっちゅーんか?」
「そっ…それは…」
守村桜弥の言葉もつまってしまった。無理もない。ここにいる二人も水崎悠里にいい意味で好意を寄せていたのだから。
 先程の出来事はマッハのスピードではばたき学園高等部の中を駆けめぐり、てっきり付き合っていると思われていた和馬と悠里の評価をガラッと変えることになった。叶わぬ片想いだと諦めていた男子生徒たちは一斉に決起し、恋愛事情に敏感な女子生徒たちは勝手に尾鰭をくっつけて二人の気持ちを評価し合っている。もしあの場にまどかと桜弥がいたのなら上手に状況を収めることも出来たのだろう。二人が和馬に容赦しないのは自分自身の情けなさもあったからだ。
「別に俺…あいつにあんな顔させるつもりじゃ…」
がっくりとうなだれている和馬の様子は、端から見ても気の毒なほどだ。
「わかっとるわ、そのくらい」
「せめて今回のことを謝った方がいいんでしょうね…」
物事に白黒はっきりさせなくては気がすまない性格を二人は誰よりも知っている。早めに謝ることで仲直りをして欲しかったのだ。
「早々にケリつけてもらわな、こっちも困るわな。それぞれの友達としては付き合いにくくなるのはまっぴらごめんや」
 まどかは手にしていたおにぎりの包みをくしゃくしゃと丸め、備え付けのゴミ箱へと放り投げる。まるでバスケットボールがゴールに向かって弧を描くように美しく中へと入った。
「まあ…別に俺らがこんな風に言わなくても、頭を冷やさせてくれる人々がおるか。なあ眼鏡くん?」
「あのですね鈴鹿くん…相手の方は一応女性なのですから、お手柔らかにお願いしますね?」
「なんだそりゃ」
突然の話に和馬の頭がようやく上に上がる。しかし二人はそれをあっさり無視した。
「お茶でもいかがですか?」
「おおきに」
互いのコップにお茶を注ぎ合いながら、心の中でカウントが始まった。5…4…3…2…1…。そして屋上唯一の出入り口が大きく開け放たれる。
「ちょーっと、鈴鹿和馬いるかしら?」
「あんたとゆーっくり話がしたいんだけどねえ」
そこに立っていたのは須藤瑞希と藤井奈津実であった。水崎悠里の無二の親友だと自負している二人である。
「ゲッ…別に俺はお前らに用なんて…」
「そっちはなくてもこっちにはあるのっ!」
「姫条に守村、悪いけど借りていくわよ」
頭を噴火させている女性陣に比べて男たちは非常に冷静だった。半分あきらめかけていたというべきか。
「どーぞ、どーぞ。なんなら石鹸かタオルでもおまけに付けよか?」
「姫条っ! てめー知っていやがったな!?」
「鈴鹿くん、相手は女性なんですからー絶対に無茶してはいけませーん」
桜弥は心配そうに叫んだが、ずるずると引っ張られる彼に届いていたかどうかは…わからなかった。
 
 
 
 
 踏んだり蹴ったりというのはこういう時に使うものなのだろう。級友には冷やかされ、親友には冷たくされ、そして無敵の女子高生たちにボロボロにされ…でも野生児鈴鹿和馬を打ちのめしているのは脳裏から離れない彼女の表情だった。まるで涙をこらえているかのような笑顔だった。本当に泣きたいときにじっと堪えてしまう彼女の性格をよく知っているはずなのに。
(ちくしょ…)
ならはっきりと本音を言えばいいのだが、まだ彼は自身の胸の中にある想いの正体に気がついていない。悠里が聞いていなかったとしても似たようなことを言って、似たような噂が広がるだけだろう。がんじがらめの感覚を抱きながら、和馬は屋上の階段を降りて一人で教室へと向かう。その足はいつになく重かった。
「実はずっと君のことが気になっていたんだ…」
角を曲がろうとした時に声が聞こえた。告白直前のありがちな光景なんだろう。遠回りしようかと方向を変えた瞬間、思いがけない声が聞こえてきた。
「私…」
(水崎?)
 あの時と同じ声だと思った。辛そうなのを必死に隠しているような…もうその場から動くことも出来ない。悪いことをしているとわかってはいても。
「ごめんなさい…」
「でも別に鈴鹿とは付き合っているわけじゃないんだろ?」
おそらくそれを狙っていたのだろう。もし今回のことがなければ告白することもなかったに違いない。彼女は本当に一途な女の子だったから。
「鈴鹿くんは関係ないよ。だって私…嫌われているんだもの」
 小さな声だったが、和馬の心をギュッと掴むには充分すぎた。ついにそこまで言わせてしまったか…自分の言ったことが悔やまれて仕方ない。
「だったらいいじゃん。いっぺん俺とも付き合ってみない? 絶対公開なんかさせないからさ」
「…やめとけよ」
突然降って湧いたかのような声に二人の体がピクッと震える。
「鈴鹿くん…?」
「なんだよ鈴鹿。お前に言われる筋合いはないぜ。お前別に水崎さんと付き合っているわけじゃないって、自分から言っていただろ」
「確かにな」
悠里を守りたい一心で無意識に踏み出した一歩だが、しかし今の気持ちは自分でも驚くほど冷静だった。
「だったら関係ないだろ」
恥ずかしそうにその場を立ちつくす悠里を見ながら、和馬はゆっくりと息を吐いた。
「確かに俺達は付き合っちゃいねーよ。だって俺はまだこいつに好きだって言ってねーからな」
「……え?」
さっきまで青ざめていた悠里の顔が、炎のごとく真っ赤に染まるのはそれから数秒後のことだった。
 
 
 
 
 その日の午後、悠里が自宅から用意してきたたのは彼が大好きな魚をメインとしたランチだった。フイッシュバーガーにはチーズとお手製のタルタルソースが挟んであり、ポテトフライは可愛い星の形をしている。揚げ物が続いた後には健康を考えたグリーンサラダとノンオイルのドレッシング。デザートにオレンジのカップケーキも添えられた。
「すげ…マジで食べてもいいのか?」
「どうぞ。鈴鹿くんの口に合えばいいんだけど」
悠里の謙遜を聞く前に和馬はバーガーを頬張っていた。
「めっちゃうめーじゃん。お前料理上手なんだな…ちょっと感動したぜ」
「ありがとう」
どうやら周囲を絶句させたあの爆弾宣言以来、収まるところに収まったようなお二人さんであった。
 オレンジケーキが腹の中に収まる頃を見計らって、悠里は鞄の中に入れていた荷物を彼の前に差し出した。それは可愛い包装紙にくるまれて緑色のリボンが結んである。
「なんだ、これ」
「開けてみて。本当は12月4日にあげたかったんだけど…」
「12月4日…」
悪夢のような、でもそのおかげで『雨降って地固まる』ことになったあの日だ。悠里はこの贈り物をその日の為に用意していたのだった。
「セーター? これって手編みなんじゃねーの?」
「うん。ちょっと頑張っちゃったけど、もし良かったら受け取ってもらえないかな」
ブルーの綺麗な編み込みが入ったセーターだった。そこから真心が充分に伝わってくる。
「嬉しいぜ…サンキュ。大切にするからな」
「うんっ」
 もう誰も割り込むことなど出来ないくらいにまとまってしまった二人を話題にする者も最早いるはずもなかった。男性陣はすっかりあきらめモードが発動し、女性陣はところかまわぬラブラブっぷりに視線を外しまくっている有様である。そんな中、それでも二人を優しく見守っている者たちがいた。
「春やねえ…」
「まだ12月なんですけれどね」
守村桜弥はすっかりあてられてしまって半べそ状態だった。
「ええやん。元々こうなる運命だったんやろ。なんかうらやましいわ。俺もあーんな恋をしていたら人生違うたんやろな」
「今でも遅くないとは思いますけど? 姫条くんだって鈴鹿くんと同じ年なんですし」
「アホか。あんな恥ずかしいこと出来るわけないやろ」
寒い風が吹き込んできたので桜弥は教室の窓を閉め、まどかはそのまま大きく伸びた。
「卒業したら悠里ちゃんもアメリカに行くんやろか」
「だといいですね。きっと鈴鹿くんの助けになると思いますよ」
「そうか…俺も一緒に行くかな」
「はあ!?」
 
 
 
 
 
 
END
 
 
 
 
和馬くんの誕生日記念に…遅くなりましたが、大好きな二人の相当不器用なお話を書いてみました。書きながらなんとなく二人が愛しく感じてしまって、頭をつんつんしてしまったりして。久々に補習コンビと秀才くんも登場させられて嬉しいことこの上なし。はたして卒業後にぃやんがどういう行動をとったのかは…あなたの心の中で。
更新日時:
2003/12/12
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Last updated: 2010/8/15