1ST LOVE

30      夏の日の少年 ファーストラブコレクションB   ーWATARUー
 
 
 
 
 
 楽しかった夏休みに別れを告げ、はばたき学園にも一番長い二学期というものがやってきた。修学旅行に学祭に試験に…背中に沢山の予定を抱えながら廊下を歩く悠里を元気のいい声が呼び止める。
「水崎先輩!」
振り向くとそこには角刈り頭の後輩が立っていた。休み中でもクラブに集中していたのだろう…肌もほどよい感じに焼けていた。
「日比谷くん? 久しぶりー。元気そうだね」
「へへっ、徹底的にしごかれてたッス。でもそのおかげで来年はいい場所に立てそうッスよ」
彼…日比谷渉の言う『いい場所』というのはピッチャーマウンドのことである。将来はプロの野球選手になって女子アナウンサーと結婚するのが夢なのだそうだ。それはどうかな…というのが悠里の本音だが、それでも選手としての彼には大いに期待しているのだった。
「それで? どうしたの?」
「そうそう! これなんスけど…」
 渉が照れながら差し出したのは二枚のチケットらしき紙だった。
「これって?」
「遊園地の無料チケットなんス。もうナイトパレードも終わってしまったけど、もし先輩がよかったら一緒に…」
しかもチケットの期限は誘われた当日でギリギリだった。しかし悠里はそれを渡したくて渡せなかった渉の心情を知らない。今の事を想像しながら眠れずにいた夜の事も。
「駄目っスか?」
「そんなことないよ! ナイトパレードがなくても遊園地は楽しいもの。誘ってくれて嬉しいよ」
なかなか先を言い出せない渉の代わりに、悠里は笑ってこう言った。
「じゃあ次の日曜日にね。いいかな?」
「ありがとうございます先輩。ジブン嬉しいッス! 日曜日まで眠れないかもしれないッス」
身振りも言動も大げさで笑ってしまったが、そんな彼の瞳はキラキラしている。
「日比谷くんらしいね。でも当日までゆっくり寝てよ。日曜日は思いっきり楽しもうね!」
「ハイッ!」
 
 
 
 
 その日は美しい青が空を飾った素晴らしい日曜日だった。気温は相変わらず高かったが、涼しい風も吹き込んでくるので不快感は殆どない。遊園地の前で待ち合わせをした二人はすぐに遊具の群れの中へと飛び込んでいった。悠里は絶叫マシーン専門で、お化け屋敷とかホラーハウスが苦手だった。反対に渉は高所恐怖症だったが暗闇にはめっぽう強いタイプなのだと二人は初めてこの場で知った。
「仕方ないねえ…じゃあお化け屋敷一回につきバンジージャンプ一回でどう?」
「げっ!? 本気っスか先輩…ジブンは…」
「だったらメリーゴーランド攻撃にする?」
「…わかりました…」
 お互いにお互いを我が儘な連れだなあと思いつつも、それでも自分達にとって楽しい時間になったことは変わりなかった。散々遊び尽くした後に並んでベンチに座る。
「やっぱりここに来ると童心に返っちゃうね」
「そおッスね。なんか野生に返った気持ちになりませんか?」
「わかるーッ。本当にそんな感じ」
立て続けに喋って一息ついた後、渉は少し寂しそうにこう言った。
「そういえば先輩はもうちょっとで修学旅行に行くんですよね」
「そうよ。羨ましい?」
「そりやあもう! ジブンたちはレポートの提出が待っているんスよ」
二人の脳裏にとある人物が同時に浮かんできた。悠里の担任教師は渉の数学担当者と同一人物なのだ。その人が修学旅行の引率を理由に単なる自習を用意しているはずがない。
「それは大変かも…頑張ってね」
「…ありがとうございます…」
渉の泣き真似も実は決して大げさなのではなかった。
 喉が乾かない? と問われて気のきく彼はスッと立ち上がる。
「ウーロン茶でいいッスか?」
「お願いしていいの?」
「もちろんッス。それじゃここで待ってて下さい。一人でどこか行っちゃ駄目ですからー」
その口調がなんとなく弟の尽に似ているような気がして苦笑する。でもそれが日比谷渉という少年のいいところなのだろう。明るく無邪気で親切なところは、人なつっこい子犬を想像させる。噂では同年代や年下の女の子たちの間では結構な人気者であるらしい。
(先輩はあの葉月珪と仲が良いと聞きました!)
彼が自分に声をかけたきっかけは今年の入学間もない頃だった。男の子にとって自分が大人になる目覚めというのは必ず訪れるものだから渉にとってはそれが今であり、憧れの対象が葉月だったのだろう。でも…。
「あまりにもキャラクターが違いすぎるよねえ」
悠里は自分の言葉にフフッと笑った。葉月が憧れの対象となるのはわかる気がする。小学生の自分の弟でさえ彼を追いかけているのだから。それでも寂しげな仔猫のような印象を渉に求めるのはちょっと違うのだ。プロ野球の選手で、モデルみたいなこともして、女性にモテるのにどこかクールな部分もあって…もちろん恋人は美人女子アナウンサーで、そんな渉を見たいとはあまり思わない悠里だった。
「まあいっか。きっと自分で気がつくよね。日比谷くんは賢い子だもの」
 
 
 
 
 
 
 悠里が座ってぼんやりと考え事をしている間に渉は慌てて走ってきた。
「せんぱーいっ」
「そんなに慌てる必要ないのに…」
「すみませんっ。ウーロン茶が売ってなくて、遠くまで探しに行っちゃいましたよ」
足の膝に手をついてハアハア言いながらウーロン茶の缶を手渡した。
「そこまで無理しなくてもよかったのに…ごめんね。はい、お金」
「へっ? 別にいいっスよ?」
「ダメダメーッ、そういうのはナシね。遊園地の飲み物は安くないんだからそのへんはちゃんとしておこうよ」
強引に小銭を握らされて渉は何も言えなくなってしまった。
「わかりました…」
 もし自分が年上だったなら、悠里に気を使わせる真似なんてしないのにと渉は思う。いや…本当はここで男らしい包容力のある部分を見せたかったのだ。どうしても飛び越せない年齢の壁を嫌というほど叩きつけられる。
「日比谷くん?」
「………」
「ひーびーやーくんっっ!!!」
「はっっ、はいっっ!???」
自然と俯いていたのだろう。そこを思いっきり下から覗かれてどぎまぎしてしまう。
「何かあったの?」
「べっ別になんでもないッスよ? ジブンはいつもの日比谷渉じゃないッスか」
「…本当かなあ。なんか私変なことした? ウーロン茶ならいくらでも譲ってあげるのに」
「そんなんじゃないッスってーーッッ」
 わざと照れている部分を隠すように、悠里の両肩をバンバンと両手で叩いた。
「痛いなあ。そんな風に人をからかってばかりだと…修学旅行のお土産どうしようかなー」
「え゛っっ!?」
「生八橋一口分でいいよね?」
「そんなあーーー」
渉はその場に土下座して何度も頭を下げる。少し芝居じみたところはあるが、本人の目は大まじめであった。
「先輩! 水崎大先輩! 大明神様! それだけは…それだけはーッ」
「どうしようっかなー」
「なんでもやりますからーッッ」
悠里は手を差し伸べて渉を立たせると、意味ありげにニャッと笑った。
「それならねー、福山雅治のラジオ番組録音してもらおうかな?」
「へっ?」
それくらいなら尽くんに…と言いかけたが、奴にはテレビドラマの録画を頼んだからとあっさりかわされてしまう。
「そんなぁ、先輩ぃ〜」
「楽しみだなあ、修学旅行♪」
お天気な思い人を相手にした『いい男』への旅は、まだまだ果てしなく続くようだった。
 
 
 
 
END
 
 
 
 
誕生日記念として書くつもりの話を一月以上過ぎた今になって公開するとは…それでも書かずにおれない管理人でありました。ファーストラブコレクションもようやく3本目です。遊園地デートでのちょっと切ない片想いのモノローグが可愛くてねー。絶対にイメージした創作を書きたいと思っていたのです。遅くなってごめんね、渉くん。
彼はガールズサイドの中で唯一の年下の恋愛対象なのですが、それに甘えていないところが大好きなのです。現在ではそれが空回りしている感じですけれど。でもなかなか向上心のあるいい男予備軍ではないですか。『葉月くんを目指すよりも、自分のもっと良い部分に気がつけばいいのに…』これは彼の相手である悠里と管理人である私の本音。ガンバレ少年!!
更新日時:
2003/10/19
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Last updated: 2010/8/15