1ST LOVE

28      あなたにサラダ ファーストラブコレクションA   ーMADOKAー
 
 
 
 
 
 今日の姫条家のディナーはご主人特製のなすびチャーハン。一見簡単そうで実は激しく簡単な料理ではあったが、それでも彼の創造意欲とこだわりが凝縮された魅惑の一皿である。バイトから帰った後に酒の肴として焼き茄子でも作って…と思いながら忘れていたしなびた茄子を具に、豆板醤で味付けをしたのである。これに挽肉が入ればちょっと情けない麻婆茄子風になっただろうが、それは給料日前ということで大目に見ることにした。窓から見える夕焼けと同じ真っ赤なご馳走であった。
「これを百円ショップで買うてきた皿に盛って…おおっ! ええわ…めちゃめちゃええんとちゃうか? 流石俺や。居酒屋のバイトなんぞ始めたら相当いい地位までいけるんとちゃうやろか」
フライパンを放りだして、そのままテーブルにつく。いただきますの挨拶もそこそこに一気にかき込んだ。
「うまっ、うまっ、美味いーっっっ」
誰もいない一人暮らしの部屋にまどかの声だけが大きく響く。そんな時の彼の様子はひどく明るく…そして寂しげだった。
「…ふうっ」
 高校に入ってからの一人暮らしにも慣れてきた。顔の広い自分は電話さえかければここを人で埋めることも出来るだろう。でも今のまどかの空洞を埋める存在など世界で一人しかいないのだ。本人もそのことを認めたくないと思いつつ、相当な確率で自覚してもいた。
「あいつ…今頃何しとるんやろな」
肩でそろえた赤茶のサラサラとした髪と綺麗なブルーグレイの目を持つ優しい性格の女の子だった。自分と同じく高校からはばたき学園に入ってきたことによる同情と、あとは『可愛い女の子がいる』という友人たちのうわさ話をたよりに話しかけたことがきっかけだった。正直それがなければ別世界の人間として、一生涯彼女と関わりを持つことはなかっただろう。それくらい二人の持つ世界は異なっていた。
「っちゅーか、あんまりにも違いすぎる!」
まどかは手にしていたスプーンを鏡がわりにして自分の顔をうつして覗き込む。
「ええか? やっぱり男としては色っぽい大人なねーちゃんと付き合うて、そこから成長なり振り回すなりしてこそ本物やと思うねん。平凡な相手とほのぼのお付き合いしたとしても、どーもそこで止まるような気がしてあか…ん…」
するとスプーンの向こう側にいるもう一人の自分が問いかける。
(なら聞くで。自分の言う大人のおねーちゃんとも随分好き放題遊んできたけど、そいつらからお前は何を得てきた? ただ面白可笑しくあっても、楽しいと思ったことが一度でもあったか?)
「そんくらいのことわかっとるわ!」
 少々やけくそ気味にスプーンを置いたが、やりきれない気持ちだけは常にどこかに残っている。本当にわかっているのだ。この気持ちは理屈で語れるものではない。理由なんて最初からないのだ。あの笑顔に、思いに、優しさに自分はいつだって癒されている。そして彼女を想うのは息をするのと同じように当たり前のことになりつつある。これまでの遊び相手と一緒には死んでもしたくなかった。
「メシ作ってる時でさえ考えとるもんなあ」
昼休みにご馳走して以来、自分の作るチャーハンのファンだと公言してくれるのが嬉しかった。
(姫条くん凄いよね。一人暮らしの食事でもちゃんと立派にやっているもんね)
その一言にこの男が泣きそうになってなっているのを多分知らないだろう。
「このチャーハンのレシピ教えたらきっと喜ぶんやろな。そういえば作り方をレシピっちゅーの教えてくれたのもあいつやったっけ」
(うちの両親も仕事が忙しくてほとんど家にいないの。食事もほとんど弟と二人っきりなんだ。いろいろレシピを教えてくれたら嬉しいんだけど)
 そのことを思い出して連絡を入れようと携帯を手にする…が、その時点で彼はあることに気がついた。
「俺…これまで一度もあいつを誘ったり電話したことあらへんやんっっっ」
至上最強の自己嫌悪だった。この姫条まどかとあろう者が…女の子好きが聞いて呆れる。しかしそれが出来なかった理由を、携帯電話を持つ震える手だけが知っていた。
「こういう時ってどないに誘ったらええんやろ…」
いつものように気軽にカラオケ行こうとか言っておけば大丈夫だろうか。へたに色々考えたらかえって怪しまれそうだ。彼女はこんな不器用で情けない自分を知らないだろうから…その時、突然電話が誰かさんだけの特別な音を奏で始めた。
「ハイッ、姫条やけど」
相手が誰だか知っているくせに気取って言ってしまう。声が裏返ってしまうのを心の中で突っ込んだりしてみた。
「こんにちは、水崎です。急に電話なんかしてごめんね」
「なんや悠里ちゃんか、珍しいな…もしかしてデートの誘いか?」
ハッと我に返った時はすでに遅し…好きな女の子に対する台詞にしては軽すぎる。得意分野で落第点を取ってしまうのはこういう気持ちなのだろうか。しかし姿が見えないことが幸いして相手は楽しそうに笑い出す。
「相変わらずだね、姫条くん」
「え〜〜っ、それあんまりやない? これでも期待しとるんやで。あんまり純情な僕をもてあそばんといて」
「ごめんごめん」
 一息ついた後に悠里は素直に電話の理由を述べた。
「今晩チャーハンを作って食べたのね。なんかお昼にご馳走してもらったこと思い出して、姫条くんの声が聞きたくなっちゃった」
「まあその理由はともかくなあ…でも偶然やな。俺も夕食にチャーハン作って食べていたとこやねん」
新作やで? と子供のように言ってみた。
「本当? どんなの?」
「夏の終わりを記念してのピリ辛風や。まずナスビを細かく刻むやろ? それは出来ればしなーっとくたびれた感じのやつで頼むで」
「うんうん」
「それを豆板醤で炒めるんや。去っていった夏を惜しむ感じでいいやろ。そっちの弟くんの年齢にあわせて醤油味でもいけてるとは思うけどな」
「あははっ、一応伝えておくよ。でもムキになる可能性の方が高いかな? この頃は姫条くんのこと結構意識しているみたいだよ」
彼女にそっくりな弟の顔を思い出すと自然と笑みがこぼれてくる。
「嬉しいけどな、でも弟よりも悠里ちゃんに意識してもらった方が嬉しいで」
「あ・り・が・と」
 出てくる言葉はさり気ないものばかりだった。しかしそれが自然で、嬉しいのか胸がカッカッと熱くなってくる。『焦らなくてもいいよ、どんなことがあっても私たちは変わらないよ』と言われているようで心地いい。
「あのね? …今度のお休みの日大丈夫かなあ」
「へっ?」
突然の申し出にまどかは驚き、その反応に悠里が驚く。
「SPINNINGって映画知ってる? スパイアクションなんだけど、みんな面白いって言ってて…一緒に行ってもらえない…かと…」
まさかその為に自分に連絡をくれたのだろうか。チャーハンの話はあくまでも口実で…。
(くっはー、単純て言われてもかまへん。めちゃめちゃ可愛え!!)
「もっちろんや! お姫さんの誘いを俺が断るはずないやん」
「本当? じゃあ次の日曜日にね。時間は私が調べておくから」
「楽しみにしとるで? もうキャンセルはきかんからな?」
「うん! 私も楽しみにしてるね」
 
 
 
 
 
END
 
 
 
 
チャーハン作りくらいしかCDドラマとの共通点はないのですが(ダメダメやん…)、親密度が好きになりたての雰囲気は一緒というお話でした。恋愛ゲーの中で彼のような女好きのプレイボーイ系は必ずと言っていいほど登場しますが、ここまで不器用になってしまう人も珍しくて、そんなところが鬼のように愛しくてたまらない管理人でありました。ゲームの中でも初めは主人公とどつき漫才のようなカップルになるのかと思いきや、手を繋いでスーパーでお買い物をするようなほのぼの夫婦になってしまったのでびっくり。可愛いなー。
本当は台詞もそのまま引用したかったのですが、執筆前にデッキが壊れまして。正確な物語がつかめないままダダダーッと書いてしまいました。確認して落ち込む前にアップさせます。ごめんなさいー。
更新日時:
2003/06/10
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Last updated: 2010/8/15