1ST LOVE

25      LEMONed I Scream   ーHIMUROー
 
 
 
 
 
 この校舎を訪れるのは卒業以来四ヶ月ぶりだろうか。そんな僅かな間でも変わったように見えてしまうのは…いや、それは自分が変わってしまったからだろうか。肩のあたりでそろえていた髪は背中に届くまで伸び、仕草の一つ一つも随分と大人びてきた。
「本当に久しぶり…」
音楽室から吹奏楽部の練習音が聞こえる。夏休みの終わりに控えている大会に向けてその内容も厳しくなっているはずだ。特に指導を担当しているのがあの人だったから余計だろう。彼女は当時を思い出して微笑むと、ゆっくりと玄関に向かって歩き出した。
 
 
 
 
 校舎の中でも音楽室は複雑に入り組んだ場所に存在する。入学したばかりの頃はそこで迷子になりそうになったが、最後にはそこの主のような立場になっていた。そこには大好きな音の世界があって、仲間たちがいて、そして…あの人がいた。
「こんにちは」
練習とお喋りに花を咲かせていた部員達がいっせいにドアへと振り向く。
「水崎先輩?」
「キャー、お久しぶりです。ユーリ先輩」
当時一、二年だった後輩達が飛びついてくる。卒業後も悠里の人気は変わっていなかったらしい。
「夏休み中なのに大変ね。差し入れ持ってきたの」
 悠里が手にしていた袋を部長を引き継いだ女子生徒が受け取る。
「ありがとうございます」
しかし現役の部員だった頃を知らない一年生達は、その騒ぎを呆然と見つめている。
「…誰なんですか?」
「今年の春に卒業した前部長だよ。名前だけは知っているだろう? 水崎悠里…フルート奏者としてKTYO交響楽団に入った人。俺達みんなの憧れさ」
その名を聞いて一年の背中も正される。18でスカウトを受けた若き天才が、まさか突然こうして訪れるとは思っていなかったのだろう。
「そんなに緊張する事もないよ。気さくでとっても優しい人だから。氷室先生が厳しいムチの人なら、先輩はそっとアメを渡してくれるタイプだよ」
 レモネードが入ったコップが部員達の間に行き渡る。
「でも先輩は全国公演の予定だったんじゃないですか?」
「一応の一区切りはついたの。次は冬にね。でも全てが初めての経験だったから相当張りつめていて…終わったら高校時代が懐かしくなっちゃって。みんなは変わりないみたいだけど、先生は?」
「おそらく一番変わってないんじゃないかなー。容赦なく厳しいですし」
「…それは悪かったな」
室内に響く低い声に、悠里以外の全員が我に返る。入口に立っていたのは話題の中心人物である顧問の数学教師に間違いなかった。
「ひっ氷室先生っっ」
「休憩を命じた覚えはないが、まあいいだろう。三十分後の全体練習では素晴らしい演奏を聞かせてくれるのだろうな」
 藪をつついて蛇を出してしまった部員たちは慌ててコップの中身を飲み干し、それぞれの席へと戻って行った。氷室はそれを待っていたかのように悠里の前に立つ。
「急にお伺いして申し訳ありませんでした」
「いや、別にかまわない。どうやらここでの君は私よりも支持率が高いようだ」
部員たちの知らないところで囁かれる優しい声に、悠里はフッと笑顔を浮かべた。
「ものすごい人気だと聞いた。君目当てに観客が押しかけ、チケットも手に入らないほどだとな」
「そんなことありません。私、ここを出て初めて自分が未熟だと知りました。でもそれでもなんとかやってこれたのは、いつでも心の中にあなたがいてくれたから」
小さく語られる愛の言葉に、氷室も微笑まずにいられなくなった。
「私も君の役に立てることがあるのだな」
「いつだってそうですよ? あなたがいないと、私は制服のスカーフが曲がっていることさえ気がつけないんですもの」
 二人の話の間に悠里の知らない一年生の部員が入ってきた。
「あのっ、私…水崎先輩のフルートを聞いてみたいです」
「私の?」
「ほんの少しでかまいません。演奏してみて下さいませんか?」
周りの部員たちも同じ意見のようだ。見知らぬ一年に言わせれば通りやすいだろうと思ったらしい。
「いいのか? プロの演奏を耳にすることは大きな影響を受ける。良くも悪くもな」
氷室の一言なんぞ圧倒的なブーイングの前には何の役にも立たなかった。やはり今でも悠里の方が支持率は高いのだ。
「氷室先生…一緒にピアノを弾いていただけますか?」
 
 
 
 
 そしてはばたき学園吹奏楽部の部員たちは、この世でもっとも美しい演奏を聞くことが出来た。しかし…その時目ざとい数名が2人の指に光る揃いの指輪を見つけてしまった為、9月の新学期に顧問教師が時の人となったのは言うまでもない。
 
 
 
 
END
 
 
 
 
氷室先生とのエンディングのその後です。うちの主人公はひたすら部活に燃えてしまったので若くしてオーケストラに入団してしまいました。学力も300近くあったので一流大学にも行けたのでしょうが、先生とは音で結ばれた印象が強いのでこっちにしました。
先生はねー、もちろんラストの告白も良いのですが、ときめき状態になってからの壊れっぷりが愛しくて仕方ありません。お化け屋敷で主人公を驚かすわ、女子高校生を飲み屋に連れて行くは、スポーツカーで大暴走するわ…声優さんの「こいつバ○です」という意見はまったくもって正しかったのです。キャラデザだけ見ていた時は「こういうカタそうなタイプって世間的にはどうなんだろう」と思ったのですが、彼が王子と人気トップを争うのも大いにわかるってもんです。
更新日時:
2003/03/07
前のページ 目次 次のページ

戻る


Last updated: 2010/8/15