1ST LOVE

22      真夜中のダンディ ファーストラブコレクション@  ーIKKAKUー
 
 
 
 
 
 はばたき学園高等部を卒業して二ヶ月…一流大学生としての生活にも慣れてきた頃の日曜日、水崎悠里は自室のドレッサーの前で何度も回転し、今の自分を鏡にうつしていた。
「…何やってんの…」
「きゃああーーーっっ」
部屋の入口で中学生になったばかりの弟・尽が見ている。このごろは特に背が伸びてきて、今にも姉を追い越しそうな勢いだった。こうやって少しずつ姉の立場も失われてゆくのである。
「ノックくらいしなさいよね!」
「ドアを開けておく方が悪いと思うぜ…」
 これだけ洒落めかして入るということは、今日の予定が男…それも彼氏とのデートだということがわかる。
(ったく、あのおっさんもやってくれるよなあ)
相手が姉のクラスメートとかならば尽も笑っていられるのだが、彼女の恋人は二十才年上の…しかも自分が通う学校の理事長なのだ。もっと他に…と思っているのはこの弟だけではない。6月に行われる結婚式の出席者全員の本音だった。
「あれ? 今日の服はえらく地味じゃん…」
「そお?」
「いつもならエレガント、エレガントって言いながら仕度しているくせに」
 今日の悠里は滅多に袖を通すことのない黒のツーピースを着ていたのだ。胸にはやはり黒のレース地のリボンを結び、唯一の飾りとして光っていたのは金色のボタンくらいだった。パンストから靴まで黒一色で統一されている。
「真珠のネックレスくらいならしていってもいいかな?」
「なんか葬式に行くみたいな格好だな」
「…そう言われるのなら、そうなのかもね」
「はあ?」
少し意味深な言葉を口にして、姉はクスクスと笑っている。それとほぼ同時に玄関のチャイムが鳴った。
「はーい」
 悠里が慌てて駆けつけると、そこには自分と同じように黒で統一させていた婚約者が立っていた。
「一鶴さん…」
「やあ、そういったシックな装いも素晴らしいね」
「でもお相手に失礼ではありませんか?」
「それは気にしなくても大丈夫だよ。じゃあ行こうか」
家の前には一鶴の車が2人の乗車を待っていた。すでに指定席となっていた助手席に悠里は滑り込む。もちろん初めてこの車に乗った時の『どこかに連れて行かれるんじゃないか』と思った記憶を苦笑しながら。そして後ろの席には赤い薔薇の花束が置かれているのを確認する。
「はばたき学園の薔薇園から?」
「ああ。あの人に贈るのにこれほど相応しい花はないだろうからね。多少常識から外れるだろうが…私たちが全てを知っているのだからかまわないだろう」
「はいっ」
 
 
 
 
 一鶴は悠里を隣に乗せたまま、一時間ほど車を走らせた。ようやく止まったそこは…隣の市の郊外にある西洋の墓地であった。十字に刻まれた墓石の群れを一鶴は悠里を導くように手を引いて先を歩いた。ついて行く彼女は例の薔薇の花束をしっかりと抱いている。
「…ここだよ」
「その方が眠っているお墓なのね?」
「ああ」
十字架の形をしたそれには、ここにいる人の名前と生きた年月が刻まれていた。
 それは一鶴がまだ悠里と変わらぬ年の頃の事だという。はばたき学園の次期理事として厳しく育てようとした実父への反抗があらわになり、心の行き場を失ってしまった時、深夜の薔薇園で出会った美しい女性…美しい物語のような恋に悠里は魅せられ、その相手に嫉妬の感情さえわいてこないのだった。しかし幾日もの語らいの末、その人は突然風のように姿を消してしまう。まるでガラス細工のように美しくて儚いその人が亡くなったという話をようやく彼が聞いた時には、すでに体がはばたき学園の理事長の椅子に慣れていた。
「ようやく会いに来ることが出来ました。私もとうの昔にあなたの年を越してしまいましたよ」
 悠里は墓の前に進んで薔薇の花を置いた。
「私がこんなに可愛い婚約者を連れてこようとは、いくらあなたでも想像がつかなかったでしょう? でも一度お見せしたくてここを探してしまいました」
大きな優しい手が彼女の肩をそっと抱き寄せる。そして悠里もその手に自分の手をそっと重ねた。
「どうか見守って…いや、違うな。あなたの魂が温かな世界でやすらかであるように祈らせて下さいね」
一鶴の言葉に悠里はうなづき、2人は一緒に手を合わせた。
「今まで思い出の中で支えて下さってありがとう」
 
 
 
 
 悠里が尽に言った『葬式のようなもの』はこうして終了した。2人は再び車のシートに身を沈める。
「すまなかったね。嫌な思いをさせてしまったかな」
これまでなるべくそういうことには触れずにきたが、何も言わずについてきてくれた彼女がいじらしくてつい口にしてしまった。
「そんなこと…どうか気にしないで下さい。一鶴さんの青春時代の話だもの。なんかそんな時代もあったんだなーって親近感わいちゃった」
「これは手厳しいな」
 彼は初めて出会った時からすでに大人で、いくら近くにいても遠い存在だった。悠里にとって一鶴の若い頃とは『そうだったのだろう』という空想の域を出たことがなかった。
「前もって言っておきたいのだがね」
「はい?」
「私は…別にあの人と君を比べている訳ではないのだよ? あの人は美しくともその心が強いわけではなかった。でも君は美しいだけではなく、しっかりとした意志と強さを持っている。私はそれを誇りに思うし、これからの人生を一緒に歩んでゆきたいと思ったのだからね」
それは悠里が決して口には出さなかったものの、一番に欲していた言葉だった。彼に向けた笑顔が少し泣きそうだったのもそのせいだろう。
「はい…」
「では急ごうか。ドレスの試着に遅れると花椿がまたうるさいからね」
車のエンジンがかかり、2人はこの場所から永久に立ち去っていった。
 
 
 
 
END
 
 
 
 
ファーストラブというのは、昨年の9月に発売されたモノローグCDのことですが、一度それをテーマにした創作のシリーズを書いてみたかったのです。だからタイトルに『ファーストラブコレクション』の文字を入れさせて頂きました。でも聞いていないお客さまにも楽しんでいただけるように内容を考えている…つもりにはなっていますので、よろしかったらこれからも見てやって下さい。
一鶴さん初創作で、ちょっと遅れた誕生日記念です。主人公ちゃんが少し大人しい感じになっちゃいました。が、決して堪え忍んでいる訳では無いはず…過去の物語が重いので単純にそれが移ってしまっただけでしょう。それにしても優しい人だ一鶴さん。小杉さんのしぶーいお声を思い浮かべて妄想しました。
 
更新日時:
2003/02/13
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Last updated: 2010/8/15