1ST LOVE

20      Joyful   ーSHIKIー
 
 
 
 
 
 人影まばらな放課後の図書室にやたらと派手な印象の生徒が入ってきた。彼は自身の肉体を弄ぶような仕草で一番隅にある席へと歩いて行く。そこには彼と同じ三年の学年章を付けた女の子が座っていた。
「やあユーリ…いたね?」
本を目の前に積んでいた少女が顔を上げ、彼を見つけると嬉しそうに微笑んだ。
「お久しぶりですね、色サマ。ようやくアトリエから出る見通しがついたんですか?」
「真っ先にキミに会うつもりで部室に行ったんだよ? なのにキミはモチーフを探すためにここに籠もっているって言うじゃないか。ボクをここまで追わせるのは、ユーリ…君にしか出来そうにないね」
「部室とここは隣同士だけど」
「距離は問題じゃないんだよ。ボクの行こうとしたところにキミがいないことが問題なんだ」
 普通の人が言えば単なる我が儘なのだろうが、それでも納得してしまえる雰囲気がこの人にはある。少女は付き合うようになった今でも芸術家への尊敬とちょっとした皮肉を込めて、彼を『色サマ』と呼んでいた。
「先週ね、氷室先生の引率でプラネタリウムに行ったの。星座の伝説とか聞いているうちにギリシャ神話の世界にハマってしまって…」
なるほど、幾重にも積まれている本はいずれもそれに関連したものばかりだ。
「宗教としては遙か以前に失われている神々だが、美しい物語の創造主としては未だに現役なんだね。ボクも随分と協力してもらっているよ」
「随分と奧が深いのでびっくりしたの。本ごとに色々な解釈があるのね」
 彼…三原色は、彼女…水崎悠里と過ごすこんなさり気ない時間を愛していた。まるで全てを子供のように愛おしげに見つめる視点は色とも近い部分だ。まるで自分を客観的に見ているようで、そのあたりも楽しくて仕方ないらしい。
「ねえ、色サマ?」
「なんだい?」
「色サマを神話の登場人物に例えると誰になるのかなあ」
向かいに座る色に向けて悠里は手を伸ばす。なんとか柔らかな髪に届いた。
「あらゆる女性を虜にしてきた美しく雄々しい大陽神かな? そして私はその人を愛してしまってあなた以外見えなくなってしまう愚かな黄色い花。それとも湖に写った時分を愛してしまった美少年? だったら私は山の中で声だけが残ってしまうのかな」
 色は自分の髪に触れた手を取ってそっと握りしめる。
「あまり自分を下に見るものじゃないよ、ユーリ…。キミはね、ボクにとってなくてはならない大切な宝物なんだから。それにわざわざそうしなくてもボクとキミは大陽神と月の女神の如くいつも一緒にいるんだ」
「アポロンとアルテミス…ね」
「そう。なかなか素敵だろう?」
「でも彼等は双子の兄妹のはずでしょう?」
はずもなにもない。太陽神アポロンと月の女神アルテミスは大神ゼウスの血を引く輝ける双子の兄妹である。
「アポロンの恋はね、数こそあれどいずれも幸せな結末にはならないんだよ。アルテミスの方は唯一の恋人であるオリオンを兄の嫉妬によって自ら殺す羽目に陥っている。お互いがお互いを唯一視している理想的な2人なのさ」
 ここまできたらもう誰にも彼を止められない。話をふった悠里もキョトンと色の様子を見ている。
「ボクらはそうして互いを見つめて楽園を形成してゆくのさ。もしかしたら地球上に許されるのはボクたち2人だけかもしれない。お互いを想っている存在を次々に殺していったとしたら…」
しかしそこで言葉が止まる。自分の口にちょっとした違和感を感じたからだ。無類の博愛主義者としては過激過ぎたようだ。もちろん悠里もそのことに気がついていてクスクスと笑っていた。
「色サマ…」
「なんだい?」
「私、もう少し普通でいいな」
「ボクもそう思っていたところさ。ならばここから早々に出ていった方がいい」 
 いつもは美を生み出すしなやかな指が、今日は姫君に仕える騎士のように山のような本を抱えて立ち上がる。
「ここを出てどこへお連れ下さいますか?」
「そうだね…ボクの家ではご不満かな? なんならマミーお手製のクレープ・シュゼットを付けるけど」
思いがけないお誘いに、悠里は本棚の前で歓声をあげる。
「嬉しい! 色サマのお母様にお会いできるんですね!? お優しくて、美しくて、上品で…私大好きな方なんです」
そう言えば朝、登校する色の後ろ姿に、母はこう声をかけた。
「帰りに悠里ちゃんを連れて来なさいね。あの子本当に可愛くて、礼儀正しいし優しいんですもの。ほーんと、あんな娘が欲しかったわー」
まさかそんな本音を18年間も隠していたとは…いやはや天才を生む女性というものはどこか違う。もし恋人を連れて帰らなかったら、使い古して味が出てきたクレープパンで殴られてしまいそうだ。
「色サマ?」
「なんでもないよ。行こうか」
「はいっ」
 
 
 
 
END
 
 
 
 
ハッピーバースディ、色サマ! 少し遅くなった初めての三原色×主人公創作であります。この人はきっと難しいんだろうなーと思っていましたので、あえて自分の好きな知っている世界を取り入れてみました。それがギリシャ神話だったりします。アポロンとアルテミスはここでは兄妹になっていますが、本によっては姉弟になっていたり様々なんですね。ただ共通しているのはとても仲よしな双子の神様だってことです。色サマももしかしたら描いていたりするのでしようか。
16才のお誕生記念なのに、舞台は三年生の…しかもラブラブな頃だというのは見逃してやって下さい。
 
更新日時:
2003/01/18
前のページ 目次 次のページ

戻る


Last updated: 2010/8/15