1ST LOVE

18      Cristmas Time In Blue   ーMADOKAー
 
 
 
 
 
 携帯電話を自分から切ると、姫条まどかはそのまま目の前のテーブルへと放り投げた。相手は彼が大切にしている思い人で、きっと一方的に切られた電話に困惑しているだろう。その子猫のような表情を思い浮かべて苦笑する。
「かんにんな…マジで」
出会ってから3年目のクリスマスは2人にとって思い出深い一日になるはずだった。はばたき学園の理事長宅で開催されるパーティーが終わった後にどこかで二人きりになって…ずっと想像していたことが今回の事故でパァになった。今更運命に八つ当たりなんて出来はしないけれど。
 何気なくテレビをつけてみたが、いずれも子供向けの特番ばかり。いよいよ何もかもが嫌になってきた。
(今頃、悠里…何しとんのやろ。あいつ俺が思っている以上にもてよるからな。きっとあちこちから誘いかかってんのやろな。俺がいなくても…みーんなと楽しく…)
独りぼっちでも今夜は聖なる夜だ。遊び中間たちに愚痴を言うわけにもいかず、それでもせめて楽しい話題を持って遊びに来てくれないだろうかと思った時、一人暮らしの家のチャイムが鳴った。
「はーい、はいっ」
 捻挫した足を引きずりながら玄関のドアを開ける。白い息の向こう側に、まどかにとっての女神が恥ずかしそうに立っていた。
「悠…里…?」
「ごめんなさい、急に押し掛けたりして。でも私心配で…」
クリーム色のドレスに茶色のショールを掛けていて、髪はウィッグを利用した少し長めのものをかすみ草を飾りにして結っている。薄化粧がいつも以上に彼女を大人に見せていた。いつものまどかなら一度に四つは賛美の言葉が出ただろう。しかし今日ばかりはぽかんとするばかりで、ため息も出てこない。
「で…でもパーティーは?」
「抜け出してきちゃった。だって姫条くんいないんだもの」
 彼女はドレス姿には不似合いなコンビニの袋をまどかへと差し出した。
「いろいろ買い込んできちゃった。食事が出来ていないんじゃないかと思って」
「悠里…」
「お大事に。早く良くなってね」
にっこりと笑ってそのまま立ち去ろうとする彼女の手を、まどかは慌てて掴んだ。
「痛っ…」
「姫条くん!?」
そのまま倒れるまどかを悠里は抱きかかえるようにして受け止めた。
「折角来てくれたんや。すぐ帰るなんてナシ! …ええやろ?」
 
 
 
 
 愛と夢の姫条ハウスに入った悠里が真っ先に行ったことは、この家の住人の足の湿布と包帯を取り替えることだった。相当苦戦したようだが、湿布は見当はずれの位置までずれており、包帯もほとんど解けかかっている。
「どうもあかんね。自分がここまで不器用だったとは思わんかった」
「仕方ないよ。姫条くんは手も足も長いもの」
でも見たところ本当に大したことはないようだ。それを確認できただけでもここに来て良かったと思う。
「でも心配させるのはこれきりにしてね。バイクが好きなのはわかるけれど…でも笑って見ていられなくなりそうだよ」
 どんなことを言われても甘いささやきに聞こえてしまう自分の耳が不思議でならない。先程の不幸ぶりが嘘のようだ。
「えらい沢山買うてきてくれたんやな。正月どころか冬休みも越せそうや」
「ごめんね、コンビニ食ばかりで」
パスタにその為のソースとレトルトカレー、お茶漬けの素にパックライス、飲み物と珍味とお菓子までもが入っていた。
「この年になってまたサンタさんを信じたい気分や」
「食べ物しか持ってこないサンタでもいいの?」
「そうやない。一人でいるとき一番欲しいと思ってたもんをよこしてくれたんやで?」
 悠里が最後に出したもの、それは…。
「クリスマスケーキか?」
「シャンメリーのおまけ付きでね。姫条くんはドンペリでもいけるんだろうけれど流石に高校生じゃ売ってくれそうにないし」
ケーキは小さな三角のショートケーキだった。おまけに付いてきた蝋燭に火が灯される。シャンパンの泡に反射して星のようにキラキラと輝いた。
「本当はね、心配でたまらなかったんだよ」
「何が?」
「他の女の子がこの家に一緒にいたらどうしようって」
小さな炎の向こうで、頬杖をついていた少女の目が潤んでいるような気がした。
「だったら電話なんてせえへんよ。他の女と遊んでいると思われたないから電話したんや」
「本当…?」
「ホント」
 しかし微笑みながらもまどかは火を吹き消そうとはしなかった。
「どうかした?」
「…なんか消えてしまいそうや。ほれ『マッチ売りの少女』って話があるやろ。それみたいに吹き消したら全てが幻のようにのうなるんやないかって思えてしゃーないんや」
「消えないよ? だって私はここにいるもの」
それでも首を横に振ってしまう。二人でいるこの時間が本当に泣けるほど幸せだったから。
「俺…動けへんから隣に来て手ェつないでくれへんか」
本当は少しくらいなら動けるのだが、大げさな言い方が可愛い男の我が儘のように聞こえて悠里はにっこりと笑った。素早く彼の隣に移動し、互いの手がしっかりと結ばれたところでまどかはフッと蝋燭の火を吹き消した。
「メリークリスマス」
3年目のクリスマスは、今、この瞬間から始まった。
 
 
 
 
END
 
 
 
 
まどかくんと一緒のクリスマスです。ゲームの全イベントの中でダントツトップでこれが大好きな私。どこかへ連れていってくれるパターン(王子や渉くん、氷室先生など)と、パーティー会場から移動パターン(守村くん、鈴鹿くん、理事長など)に分かれる3年目のクリスマスの中で唯一『パーティーにこない』という独自のイベントを考えて下さったスタッフに涙…実際はヒロインちゃんはすぐに帰宅するのですが、この話の中では盛大に深読みと妄想しまくって下さい。
 
 
 
更新日時:
2005/05/09
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Last updated: 2010/8/15