1ST LOVE

17      雪のクリスマス   ーKEIー
 
 
 
 
 
 クリスマス時期の臨海公園は、年に一度の白いイベントを楽しむ恋人たちで溢れていた。若者たちであったり、熟年の層であったり…いずれの顔も今日を迎えた幸福感で充ちている。キリストの聖誕祭という本来の意味はここでは通じないことが多いだろうが、それでもここにいる一人一人は胸の中に大切な想いを秘めている。聖なる夜はその全てを許し、認め、優しく浄化してくれるようだった。
「大丈夫か?」
タキシードを着たハンサムな青年が、隣を歩く少女を見て言った。
「平気…珪くんは? 寒くない?」
「別に。温かい気がするから…なんとなくだけど」
その『なんとなく』の意味がわかるような気がして、悠里は彼に優しく微笑んだ。
 周りがお互いしか見えていない恋人同士ばかりなら、彼が噂の人気モデルだと気づく者も多くはない。まれに存在していたとしてもそれ以上を追求することはなかった。
(でも私、こんなに幸せでいいのかな…)
天乃橋邸で過ごした夢のようなパーティーで今年もタキシード姿の王子様に出会えた。もちろん雑誌の中で似たような服を着ているのは何度も見ていたが、今の彼の素直な表情はカメラのレンズ越しでは決してわからないものだ。その上2人が手にしているバックにはお互いが受け取ったプレゼントが入っていて…。
「顔、赤いな」
ボーッとしていた時に突然男性の手が額に触れるのを感じて慌ててしまう。
「大丈夫なの!! えっと…全然平気。ただ周りがみーんなラブラブでちょっぴり恥ずかしいっていうか…それだけなの。全然元気だからっ」
(だから帰るなんて言わないで…)
悠里は無意識にタキシードの袖口を掴んでいたらしい。珪はフッと笑みを浮かべると、掴まれている彼女の手を握りしめてまた歩き始める。
(ああっ神様、このまま時間を止めちゃって下さいっ)
残念ながらそれは叶いそうになかったけれど。
 
 
 
 
 海の向こうに巨大な観覧車が見える。暗い中ではまるで浮かんでいるようで、夏に二人で見た花火を思い出す。
「そろそろ…かな」
「どうかしたの?」
じっと見つめる悠里をわざと微笑みでかわす。そしてそれ以上にわざとらしい仕草で腕にある時計を見た。
(あーっ、この顔は絶対何かを企んでいる顔だ)
「そろそろだな」
彼が小さくそう言ったのと反対に、周りでは大声のカウントダウンが開始されていた。
「なっ? 何かあるの?」
「すぐわかる」
そしてその一言は瞬きの一瞬で現実となった。
 珪が指したのは2人で何度も訪れた観覧車だった。
「見てろよ」
「え? あっ…」
人々の歓声と共に現れたのはクリスマスツリーの形をしたイルミネーションだった。悠里はそれと珪を交互に何度も見つめる。
「なんか想像通りの反応をしてくれるな」
「このクリスマスツリーを見せに連れてきてくれたの?」
「さあ…」
とぼけた返事に悠里は彼の胸をポカポカと軽く叩いてみせる。
「いじわるっ」
「嘘だって。本当は…ずっと前から決めていた。またこれがあったら見せにこようって」
思いがけない言葉だった。悠里の体全体が心臓になってドクッと高鳴り、もう何もわからなくなる。
「ずっと…?」
 珪は手すりに寄りかかると、その時のことを思い出しながらぽつりぽつりと語り始めた。
「去年の今頃も一人でここに来ていた。一人でいる家の中がどうしても辛くて、ここなら街灯りがあるからなんとなく安心出来るような気がして…考えてみれば暗い海に自分を重ねて家の灯りに慰めてもらっているような感じだったと思う。しばらくただあたりをこうして眺めていたら、突然光のツリーが現れた」
その輝きは幻想的なほどに眩しくて、優しくて…心の中にある大切な面影を思い出さずにいられなかった。
「その時からずっとだ。お前に見せてやりたいって思ったのは」
「ずっとって、一年間も?」
「…ヘンか?」
恥ずかしいくせに、成功した悪戯を喜ぶような『してやったり』の顔で悠里を見ている。だから悠里も素直に『思ったことの反対のこと』を口にした。
「ヘンだよ、珪くん…」
「そうだな、ヘンかもな」
 周りにいる恋人たちは愛の言葉を口にし、中には熱い口づけを交わす者たちもいた。しかしそういう関係と呼ぶにはまだ微妙な2人は、ただ並んでツリーを見ている。それでも他の誰よりも幸せそうな顔をしていた。2人にしかわからない幸せだったかもしれないけれど。
「雪…」
「えっ?」
「雪が降っていたら、もっとよかったかもしれないな」
悠里にとっては今のこの時だけで充分すぎるほどだったが、もしここに空からの白いプレゼントがあったなら…。
「そうだ!! ちょっと待ってね」
手にしていたバックの中をゴソゴソしながら取りだしたのは…。
「スノードーム? 俺がやった…」
「そう。サンタさんを通じて珪くんがプレゼントしてくれたスノードームだよ。ちょっと見ていてね…」
 悠里はそれをクリスマスツリーの前にかざすと、炎を描くように手首を動かした。スノードームの中にある小さな田舎町の風景に雪が舞った。その向こうにはまるで用意されていたかのようにツリーがぼんやりと浮かんでいる。
「即席だけど許してね」
「いや…いいな、これ。充分だ」
悠里の手がドームを包み込むと、その中にすっぽりと入ってしまう。
「ありがとう。大切にするね」
「ああ」
「今年の私のクリスマスは全て珪くんがもたらしてくれたものだね。一つ一つを全部このドームに閉じこめて、一生忘れずにいくの。そうしてもいい?」
幸福だと彼は思った。その優しさが、真っ直ぐな気持ちが、全て自分に向かって放たれている。小さな世界に降り注ぐ白い雪のように。
「俺は…」
何を言えばいいのかわからなかったけれど、それでも愛する人に向けた視線は決して外さずに。
「俺は、お前が笑っていてくれるのなら…それでいいんだ」
「うん!」
悠里はにっこりと笑って、まるで幼い子供のようにペコンと頭を下げた。
「来年もどうぞよろしくお願いします」
「こちらこそ」
まだ肩を抱き寄せるまでの余裕はなかった。手すりを握って横に並び、その距離だからこそ伝わる想いをしっかりと抱きしめる。
「メリークリスマス」
 
 
 
 
END
 
 
 
 
3年目のクリスマスがテーマなのですが…あくまでもテーマだけが先走った内容でありまして、実際のイベントとは内容が異なっています。スミマセン。しばらく王子×主人公書いてないなあと思ったら、無性に恋しくなってきて心の向くままにバババーッと仕上げたものです。中身はあまり無いのですが、でもたまにこんなさりげない話も2人らしいなと思ったりもして。結構言いたい放題で、でもシャレが通じて、お互いをちゃんと思いやっていて、結局はラブラブなこの2人の距離感が大好きな私。
更新日時:
2002/12/12
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Last updated: 2010/8/15