1ST LOVE

16      SPECIAL THANKS   ーKAZUMAー
 
 
 
 
 
 昼休み…午前の授業から解放された生徒たちで教室が賑わう中、なぜか彼は絶不調だった。体を高熱が包み、喉がズキズキと痛み、口から出てくるのは咳ばかり。鼻水が止まらないせいで声まで別人のようだ。
「大丈夫? 鈴鹿くん…」
同じクラスの眼鏡をかけた優等生が泣きそうな顔で覗き込んでくるのだから、よっぽどの事だ。
「バカは風邪ひかん言うからな。少なくともそれと違うたとわかっただけええんやないか?」
関西弁の友人が楽しそうに言っても反論も出来ない。
 でもこれまでの風邪をひいたのは何年ぶりだろう。体力だけは自信があったから、気分の落ち込み具合も相当だった。
「どうして休まなかったの? これから保健室にいきますか?」
守村桜弥の言葉に、鈴鹿和馬はなんとかこう言えた。
「今日…練習試合…」
「バスケット部の?」
「…そう…」
なるほど。バスケ命のこの男にとってはまさに最悪のタイミングだったのだ。彼の体調を知ったコーチはもちろん、キャプテンやチームメイト、そしてあのおっとりやのマネージャーまでもが絶対ドクターストップ宣言をしていた。それでもこの男ははってでも体育館へ行くだろう。まさにバスケバカ一代の名に恥じぬ凄まじさであった。
 しかしだったら余計に今は保健室で休んだ方が良いと桜弥は必死に言ったが、和馬は顔を伏せたまま壁に貼られている時間割を指した。
「五時間目…数学?」
「あちゃーヒムロッチか」
運が悪いときはとことん悪いものなのか…和馬とて本当は保健室でゆっくり休みたいのだ。しかしあの数学教師はそれを許さないだろう。もし自分の授業を休んで練習試合に出たと知れたら…何を言われるかわかったもんじゃない。試合に出る苦しみと出ない苦しみを天秤にかけた結果、彼はこうして教室の中にいるのだ。
「まあ、気持ちがわからんわけでもないからな。せめて死なんよう祈っといたるわ」
「…頼む…」
 しかし祈りだけでは上手く行かないことを、医師の息子はよく知っていた。
「せめて保健室から薬をもらってきて下さーいっっ」
咳き込みながらフラフラと教室を出てゆく姿は、正直哀れの一言だった。
「あかんなあ。まあコートに立てばいつも通りになるんやろうけどな」
「…僕がコーチならそうなる前に止めますけど」
深刻な顔で言われると、流石の姫条まどかも不安になってくる。
「カズはその場で考えることが多いタイプや。ここでプレイヤー人生が終わるかも…なんて微塵も考えてへんやろ。なあ守村、自分今日は暇か?」
「え、ええ」
「俺な、今日はバイト入ってんねん。いくらカズやからって野郎に見守られても嬉しくないやろうけど、練習試合行って来てくれへんか」
二人とも自分たちに何が出来るとは思っていない。しかし様子を見るだけで友人の体と夢の無事を確認できれば良かった。
「わかりました」
 
 
 
 
 情けない・情けない・情けない…ここ数日何度この言葉を口にしてきただろう。世の中全てが思い通りになるなんて思っちゃいないが、せめて体だけは何とかなって欲しかった。
「ちくしょー…」
保健室がどこにあるかもわからなくなりそうだ。(滅多に行かないから。)守村につきあってもらえばよかったかな…と思い始めた時、誰かが自分を呼び止めた。
「鈴鹿くん?」
鼻をすすりながらそちらを振り向くと、赤茶の髪の女の子が心配そうに見つめていた。
「水崎…」
「大丈夫?」
 情けなさに拍車がかかってしまった。こんな姿、彼女にだけは見られたくなかったのに。クラスが違うのを幸いにして、彼女の前だけではいつものバスケ野郎でいたかったのに。
「お、おう」
悠里はぎくしゃく気味の和馬を包み込むように優しく微笑んだ。
「ねえ、手を出して」
「は?」
ポケットから何かを取りだして、反射的に差し出された手の上に乗せる。
「これ…」
「プレゼント。今日の試合応援に行くから、頑張ってね」
ふんわりと優しい香を残して彼女は去ってゆく。心臓がバクバクと高鳴ってゆく中、握りしめた手を開いた。
「…ドリンク?」
風邪を治す成分が入ったドリンク剤の茶色の瓶があった。そこから悠里のぬくもりが伝わってくるような気がする。
(今日の試合応援に行くから、頑張ってね)
ボロボロの自分を誰もが止めようとした。なのに…。『頑張ってね』の一言が自分が薬以上に欲していたものなのだと気がついた。
「負けて…たまるかよオオオ」
そしてダッシュで男子トイレに駆け込む。鏡の向こうにいる自分をバシバシとひっぱたき、もらったドリンクを一気に飲み干した。
「ぜってー試合に出る!そして勝ってやる!」
 
 
 
 
 翌日、守村桜弥から事情を聞いた姫条まどかは安心したように息を吐いた。
「まあ風邪くらいでダウンするような奴じゃのうてよかったわ。とりあえずは安心やな?」
「それどころじゃありませんよ。はば学側の点数の殆どをたたき出していましたからね。相手校も鈴鹿くんの迫力を見て泣きながら帰っていきましたし」
「何があったんやろ」
「さあ…」
試合終了後、体育館を囲むギャラリーに鈴鹿和馬は拳をあげて応えていた。しかしその視線の先には必ず一人の少女がいたことに気がつくものはいなかった。
 
 
 
 
END
 
 
 
 
ゲームが発売される前にこんな話を考えていました。その頃は和馬・まどか・桜弥の3人が友達同士だと思っていたんだなー。もちろん今でも大好きです補習コンピ+秀才くん。もう少しで16才になる彼の為に書きました。
更新日時:
2002/11/30
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Last updated: 2010/8/15