1ST LOVE

13      愛を語るより口づけを交わそう   ーKAZUMAー
 
 
 
 
 
 「俺達は最強のチームだ!」
静粛な教会の中に元気のいい少年の大声が響く。それは交際申し込みという意味を吹っ飛ばしてプロポーズに近い告白となってしまったが、それでも悠里からOKをもらえたことでもう叫ぶこと以外出来なくなったのであろう。高校生活の中で多少のワンマンぶりは修正されたが、夢中になると周りが見えなくなる彼の性格は相変わらずだった。
「すっすずかくん…」
懐のあたりから聞こえる小さな声。
「ん?」
「くるし…」
「へ?」
この時点で鈴鹿和馬は、出来たばかりの恋人を力任せに強く抱きしめていたことにようやく気がついたのだった。
「わっ悪りい…」
「ううん。ちょっとびっくりしただけ。本当はとっても嬉しかったんだよ」
 ステンドグラスの光越しに見たお互いの顔はすぐにばれてしまうほど赤く染まっていた。幸せなのにどこかもどかしい…でもようやく恋人同士としての入り口に立てたのだ。和馬の悠里を見つめる視線は、初対面の頃には想像がつかないほどに優しかった。
「マジなんだよな…?」
「やっぱり気がついてなかったでしょ」
「何がだよ」
今度は悠里が深く息を吸い、己の勢いに任せて思いっきり叫んだ。
「私ねー、初めて会ったときからずーっと鈴鹿くんのこと好きだったの」
3年間の間にため込んだ気持ちをこんな風に吐き出すことが出来るなんて思っていなかった。嫉妬に苦しんだ苦い思い出さえも聖なる場所で浄化されてゆく。
「やばいわ、俺」
「どうしたの…?」
「今度は無理矢理とか無意識じゃなくて、本気で抱きしめたくなってきた…」
 悠里はきょとんとした顔のまま彼を見つめる。まさか和馬の中にこんな言葉が存在していたなんて信じられなかったからだ。しかし直接抱きしめるのではなく、わざわざ確認をするような言い方に深い想いを感じずにはいられなかった。悠里はまるでバスケットボールが弾む時のように、自ら和馬の腕の中に飛び込んでいった。
「悠里?」
「私ね、もう絶対鈴鹿くんから離れたりしないから。どこにでもついていって、そして私にしか出来ないことを見つけるの。私だけがあなたにしてあげられることを」
激しく高鳴る鼓動を一番近くで受け止めているような気がして、制服の襟の部分をきゅっと握りしめる。
「本当にずっと大好きだったんだよ? 紺野さんみたいにいろんなことしてあげられたらいいのにってずっと思っていた。でも現実は何もしてあげられなくて…そんなこと考えるたびに体が重くなってゆくの。そんな自分が嫌で嫌でたまらなかったの」
「バカ…」
 ずっと自分のことを想っていてくれたことは信じられないが素直に嬉しいと思う。しかしまるで自分がなにもしてこなかったような言われ方には頷けない。壁にぶつかってもがいていた時、優しく背を正してくれたのは彼女だった。暴走しそうなときは止めてくれ、泣きそうなときは手を差し伸べてくれた。その感謝の気持ちを返してゆきたいのは自分の方なのに。
「何もしなくていいんだ。絆創膏を貼り替えるのは自分で出来るし、もう二度とタオルを忘れたりしない。お前にして欲しいのはそんなことじゃないんだ」
抱きしめる腕に先ほど以上の力がこもった。
「ずっと側にいるから…同じだけ側にいて欲しいだけだ」
「和馬くん…」
自分への呼び方が変わったことに気がついて、そっと腕の力を緩める。頬を染めて目を潤ませている恋人に、自分でも信じられないほど優しく唇を重ねた。伝説の教会、ステンドグラスの中の恋人達、七色に彩られた光…運命は2人のファーストキスのために最高のステージを用意してくれていたのだった。
 
 
 
 
 人のいない廊下を和馬と悠里は並んで歩く。目指しているのは三年生という貴重な一年を共に過ごした教室だった。しかし悠里が頬を赤らめながらも微笑みを絶やさないのに対し、和馬は仏頂面を隠さない。
(ちくしょー、邪魔さえ入らなけりゃあと何回かはキス出来たのによ…)
あれだけやっといてまだ足りないのか…とつっこまれるところだが、実は2人の間を割って入ったのは一本の電話だったのだ。
「ちょっとユーリ!」
「なっ、なっち?」
「アンタ今どこにいるのよ! 帰りにみんなでカラオケに行こうって言ってたじゃん。あちこち探し回ってるンだからね」
「ゴメン、忘れていたわけではないんだけど」
「とにかく教室で待ってるから早くおいでね」
 藤井奈津実に言われた通りに教室の扉を開ける。和馬とも共通の友人なので一緒にいても違和感はないはずだったが…。
「えっ?」
「ちょっ…なんだよあれはよーッ」
壁一面を支配している黒板に色とりどりのチョークで悪戯書きがされている。そのこと自体は珍しくもなんともないが、やや中央あたりに描かれている似顔絵は…。
「これ私たちかなあ」
一方はツンツンした青い髪に絆創膏、もう一方はピンク色のおかっぱ頭。そしてそれらの上には大きな相合い傘が被さっている。
「なんで…なんでこんなの描かれてんだよ! 俺がお前のこと好きだって言ったの十分前くらいだろうによっ」
 悠里はいつもの調子で首を傾けると、なんでもないようにこう言った。
「それでも結構2人であちこち出かけたよね」
繁華街でボーリングやゲームセンターに行ったのはもちろん、季節ごとに花見やら海やら紅葉狩りやらスキー・スケートやら…数えてみれば両手両足では到底追いつきはしない。
「その時にいろんな人を見かけたよ。バスケット部の人にもクラスメートにも会った」
「もしかしてバレバレ…」
悠里はペロッとおどけたように舌を出した。見られていることを教えてもよかったのだが、片想いの相手とのちょっとした恋人ごっこの邪魔をされたくはなかったのだ。
「でも悪くないよね? 今日で最後なんだもの」
「まーな」
 黒板にいるもう一人の自分たちを見つめながらフフッと笑う。
「写真でもとっておこうか」
「そんなこしなくても忘れやしねーよ」
和馬は今度は自分から悠里を抱き寄せ、誰もいない教室で教会の中での続きを始めようとした…その時…。
「ユーリ、戻って来ているの?」
ガラッと後ろのドアが開けられ、大きな声と同時に覗かせたのは茶色のパイナップル頭だった。彼女が一番最初に目にしたのはそりゃあもう滅多にお目にかかれないほどの濃厚なキスシーンだった。
「えっ?」
「げっ! 藤井…」
「ちょっ、ちょっとあんたたちなにやってんのよっ」
 和馬にとっても悠里にとっても一番見られたくない人物だった。おそらく黒板の似顔絵の犯人も彼女だろう。この人物の手によれば噂は音速で伝わってゆく。
「なんや? なにがあったんや」
奈津実の甲高い声を聞いた者たちが教室に入ってくる。
「この2人、キスしてたっ」
「なにい? 和馬が悠里ちゃんとキスやて? 大人になったんやなカズ…守村今夜は赤飯やで」
「お赤飯…ですか?」
「破廉恥だわっ。教室でそんなことするなんて」
「そうだね、僕の美意識によると…」
「いやーん、ミズキも見たかったーッ」
確かに永遠に忘れない卒業式になったのだった。
 
 
 
 
END
 
 
 
 
この度ちゃんやす様にガールズサイドのためのバナーを作っていただきましたので、せめてものお礼のつもりで書いた創作です。リクエストは「和馬×主人公のキスありまくり甘甘ストーリー」ということでした。硬派な男の子のメロメロ具合はどんなものだろうかなんて色々考えましたが、彼はいざ両思いになったら重度のスキンシップ男になるのではないかと…大人になったというより本性が出たのか? やっぱり和×主大好きダーッ。
ちゃんやす様、こんな感じですがいかがでしよう。趣味に走った話で申し訳ありません。よろしければどうぞ受け取ってやって下さいね。
更新日時:
2002/10/19
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Last updated: 2010/8/15