1ST LOVE

12      Everlasting   ーKEIー
 
 
 
 
 
 この学園の生徒でいられる最後の日、やはり悠里はここへと来てしまった。校舎の外れにある小さな教会…入学式に偶然訪れてからここにはずっと懐かしさと切なさを感じていた。それに一体どんな意味があったのか、それを探るには三年という日々は長く思えてとても短かった。
「あれから…三年もたつんだ」
 辺りは若い緑に覆われ、全身に強い生命の息吹を感じる。柔らかな大地を踏みしめながら悠里は教会の扉の前までやって来た。
「あの時扉に手を伸ばそうとした時にチャイムが鳴って…」
慌てて振り向いた時の出来事を思い浮かべると心臓が跳ね上がる。しかし今振り向いても、そこには誰もいなかった。
「三年間…結局なにも出来ないまま終わっちゃった」
 教会の扉に触れると、堅く閉じられたはずのそこが軽く動くのを知った。
「嘘…どうして? ここは立入禁止だっていつも鍵がかけられていたのに」
どのような意図で建てられたのかもわからず、そのせいか生徒達の間でも怪しい噂だけは絶えなかった。このまま逃げてしまうことも出来たし、それが一番正しいことなのだけれども。
「入ってみようか…な」
口にしたのが最後だった。悠里は周りに誰もいないこと確認すると、自分から教会の中へと入っていった。
 
 
 
 
 内部は暗く、一瞬だけなにも見えなくなってしまう。それを助けてくれたのは前方に広がる七色の光だった。
「ステンドグラスだ、綺麗…」
それはかなり大がかりなもので、天井から床まで見上げてしまうほどの大きさがあった。以前担任教師から、教会の中にあるステンドグラスの作者が学園の創立者の親友だったと教わったことがあったけれど。
「王子様と…お姫様?」
そう口にしてみて悠里はハッと口を押さえた。確かにステンドグラスには男女の姿が描かれていたが、それがどのような関係なのかは分からないはずだ。夫と妻かもしれないし、親子関係かもしれない。姉妹と兄弟かもしれない。自分はそれを知らないはずなのに、怖いくらい自然と言葉が出てきた。
 ステンドグラスの中の2人は、何故か宗教のにおいが一切感じられなかった。まるで遠い昔に見たおとぎ話の登場人物のように…。
「私ここに来たことはないはずなのに。…まさかあの夢…」
小さい頃から見続けてきた不思議な夢を思い出す。小さな男の子が聞かせてくれる物語は、離ればなれになってしまう王子様とお姫様のものだった。そしてその子はステンドグラスを指してこう言うのだ。
『この教会なんだ、きっと…』
「そんなっ、偶然なの? だってここに呼ばれたみたいに…」
バージンロードを一人で歩き、祭壇の前に立つ。七色の光が悠里の上に降り注いだ。これまでの謎を全て溶かしてしまうかのように。
 
 
 
 
 小さな手が大きな絵本をパタンと閉じてしまう。それを見ていた女の子は一抹の寂しさを感じながら小さな溜息をついた。深く愛し合っていながらも引き裂かれてしまう恋人同士…その行く末が気になって仕方ないのだ。
「ねえ、じゃあ続きは? また明日?」
「ううん…」
「じゃあ、あさって?」
「…しばらくここにはこられない。外国に行くんだ。父さんのいる国」
小さな女の子の目から涙が溢れてくる。別れのつらさに耐えられるほどその心は大人ではなかった。
「やだ…」
「ユーリ?」
「ユーリも一緒に行く! ケイちゃんと一緒に外国に行く…」
 それを聞いていた男の子の方が今度はうなだれてしまう。本当にそうしてあげられたらどんなにいいだろう。でもそれが不可能なのははっきりしていた。
「駄目だよ…」
「どうして!?」
「ユーリのパパとママが心配するから」
その言葉を否定するように、女の子は大きく首を振る。
「だってケイちゃんがいなくなったら、ユーリひとりぼっちになっちゃうよ」
 教会に泣き声だけが響いている。
「…俺、いつかお話のつづき、してやる」
小さな手がサラサラとした赤茶色の髪をなでてくれる。これまで2人の指はいくつもの大切な約束を交わしていた。そして離ればなれになってしまう最後の日…。
「教会のお姫様は王子様とまた会える?」
それは祈りにも似た問いかけだった。物語の結末によって自分たちの未来も変わってしまうような気がする。
「王子は必ず迎えに来るから」
「うん」
「…だから、泣くなよ。…約束」
 
 
 
 
 全ての記憶が蘇ってくる。あの頃自分は四才くらいだっただろうか。いつもこの教会に来ていた。一人ではなく、いつも二人で…金色の髪と緑の瞳の男の子と一緒に。彼と過ごす時間が、彼の語る物語が、そして何より彼自身が本当に大好きだった。彼が読んでくれる絵本は外国の言葉で書かれていたから訳しながらの読み聞かせは時間がかかったけれど、それだけ長く一緒にいられることが嬉しくてたまらなかった。
(私、どうしてこんなに大切なことを忘れていたの…)
 足が全ての重みに耐えられなくなったように崩れ、悠里はその場に座り込んでしまう。決して泣くことのない彼女の頬に一筋の涙が伝った。
「でも…もう憶えてないよね…」
自分ですらこうなのだから、相手にそれを求めてはいけないだろう。それはとても悲しいことだけれど…。夢の中での約束は『王子は必ず迎えにくる』で途絶えていたが、本当は次に会えるときまで泣かずに待っていることだった。でもそれももう…。
 妖精が仕掛けた魔法だとしても、自分が泣いてしまったことで終わりを告げる。ここにいるのは四才の頃と少しも変わらない自分だった。涙声でようやく出た一言もあの時と同じものだった。
「珪くんがいなくなったら、悠里独りぼっちになっちゃうよ…」
 
 
 
 
 どれだけの時間こうしていたのだろうか。散々泣きわめいた後、悠里は背後で扉が開かれる音を聞いて慌てて立ち上がった。
「誰?」
そこに立っていたのは…。
 
 
 
 
END
 
 
 
 
葉月ED直前のヒロイン側の心情です。小さな時に別れてしまった初恋の男の子と高校時代に再会…しかも相手は文武両道の美形に成長していて、そのことを忘れてしまっている彼女のことをいつも見守っていてくれる、そして卒業式の日にプロポーズしてくれるなんて、凄すぎる設定だなあ。でもこれでヒロインが完全に受け身の女の子だったなら3分で飽きていたでしよう。閉じこもりがちな彼の心の扉を開け放てる強さと優しさがあるからこそ、あのエンディングにたどり着けるのですな。まだ未プレイの方々がこの話を見て『主人公ちゃんは泣き虫』なのだと思わないことを祈ろう。そして10月16日に生まれた彼に…おめでとう。
 
 
更新日時:
2002/10/10
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Last updated: 2010/8/15