1ST LOVE

11      かわいいひと   ーTSUKUSHIー
 
 
 
 
 
 しまい込んだまま忘れていた毛糸の束を悠里が取り出したのは、11月の初めのことだった。秋が完全に深まり冬の足音が聞こえる時の出来事である。
「なにか作るの?」
手芸部に所属する悠里は大抵の手作りをマメにこなすタイプだったが、こうして編み物を始めようとする姿を見るのは久しぶりな気がする。弟の尽は珍しそうに様子を見ていた。
「うん、もう少しでクリスマスだしね。今から編んだら間に合うと思って」
「あーわかった」
「なにがよ…」
一瞬赤く染まった悠里の顔を尽が見逃すはずがなかった。
「おっちゃんの家のパーティー用ならお金出せば買えるけど誰の手にいくかわからないもんな。本命用にセーターでも編むんだろ? 今時の高校生とは思えないほど純情すぎて涙が出てくるよ」
「うるさいわねッ」
 その発言の復讐とばかりに、悠里は尽の目の前に毛糸の束を突きつける。
「なんだよー」
「これをこれから毛糸玉にするの。このまま編んだら絡まっちゃうもの。真ん中の穴に手を入れて持ってて」
「ゲッ…」
丸い毛糸玉が完成するまでそのままの体勢で待っていろというのである。それまでだるそうに雑誌を見ていたのだから、忙しいという言い訳も通じずに渋々と束を手に取った。逃げれば良いものを…でも決してそれをしないのが尽という男の子なのだった。
「チェッ、この鬼っぷりをセーターの持ち主に見せてやりたいよ」
「なんか言った?」
「べーつーにー」
「明日のおやつに尽くんの好きなチーズーケーキ焼いてあげるってのはどう?」
「ホント?」
十歳の望む仕事の報酬はそんな感じだった。
 
 
 
 
 尽の視線は常に流れているテレビ番組へと注がれていたが、時折丸くなってゆく毛糸を複雑そうに眺めている。
「悠里ちゃんさあ」
「ンー?」
「あいつと付き合ってんの?」
さりげない爆弾宣言に、悠里の手元が混乱し始める。無意識に毛糸玉を大きく振り回してしまい余計に白い毛糸を絡めてしまうところだった。
「ナッ、なんでそんなことになっているの?」
どうやらバレていないと思っていたらしい。週末の殆どを一緒に過ごし、時には相手の家にまで招かれることも多いというのに。地獄耳の弟にばれていないのだと本気で考えていたのだろうか。底が浅い…と言うよりは、本気の恋で周りが見えていないと言うべきか。
「別に…付き合っているってわけじゃあ…」
「そんなこと本人の目の前で言うなよ。落ち込んで、最低一ヶ月は浮上出来ないだろうぜ」
「尽くんッ」
 憎まれ口のもう一方で、尽は相手の顔を思い浮かべる。決して嫌な人物ではないのだ。電話で悠里を誘うときも決して失礼にあたらないよう常識に気を使っているのがわかる。弟である自分にさえそんな調子なのだ。しかしそれが将来義弟になるかもしれない自分への当てつけか点数稼ぎにも思えてしまう。
「どこがいいんだよ、あんな奴」
小さな声で聞こえないようにそう言った。この不器用で鈍感な姉に恋人が出来ることを望んでいたが、実際にそれを目の前にするとどうしてこんなに泣きそうな気持ちになるのだろう。まるで毛糸玉のように膨らんでゆく複雑な気持ちは誰にも言えない。
「まさか後をつけたりして迷惑かけたりしてないでしょうね」
「もういいんだ。俺の方がいい男だし」
 テレビ番組が終わった時点で、悠里が急にこんなことを言いだした。
「尽くんにもなにか作ってあげようか」
「エッ…?」
「毛糸も余裕あるみたいだし、手袋を3つ編んであげる。例の女の子達にプレゼントしたら喜ぶわよ」
「あっ…」
例の女の子達とは、尽と同じクラスの彼女たちのことだ。知り合ってからもう随分と時を経ているのに、まだ平等に付き合えているらしい。しかし姉の心配をしている時に肝心の自分の恋のことは不思議と何一つ思い浮かばないのだ。
「ちゃんとデザインはそれぞれ変えてあげるから」
多分姉は知っているのだ。恋人から贈られるプレゼントの重みというものを。ありがたいはずの申し出なのに、あの男の顔がどうしてもちらついてイライラしてしまう。
「いらない!」
 信じられないほど強く出てしまった言葉にハッと口を押さえる。
「ゴッゴメン、俺…」
「気にしないでいいよ。余計なこと言ってごめんね」
尽くんも色々と考えているのにね…悠里はそう言って笑った。
「そうじゃないんだ。あのさあ、編むんだったら俺に編んでくれないかな…」
「いいよ。セーターでも編んであげようか?」
「ホント?ホント? だったら彼氏と同じ色なんて嫌だぜ。俺に似合う俺だけのセーターがいいッ」
「わかった、わかった。今度の日曜日に手芸屋さんに行こう。尽くんに似合う色の毛糸を見つけてあげるね」
「やったーッ」
彼の唇から零れた笑みが、喜びというより余裕のそれだったということは、姉はもちろん弟も知らない真実であった。
 
 
 
 
END
 
 
 
 
この姉弟が大好きな私。可愛いよねー仲良しさんで。そのせいかひどく夢を見ていまして、お互いに「ちゃん」「くん」付けで呼び合っています。ちなみにここでのお姉ちゃんの本命くんは読んで下さったあなた様の本命でどうぞ。
更新日時:
2002/10/06
前のページ 目次 次のページ

戻る


Last updated: 2010/8/15