SWEET ANGE

4      戦いの火蓋
 
 
 
 
 放課後の校門前、先を歩く栗色の髪の女の子にクラスメートの少女達が声をかける。
「コレット、待ってよお」
「駅前に新しいケーキ屋さんが出来たんだって。一緒に行かない?」
コレットと呼ばれた女の子は残念そうに首を横に振った。
「ごめんね。今日は本屋さんに行くつもりなの」
「ローズコンテストの為の勉強? 大変だね」
「…うん。私他の三人よりもトロいから、せめて沢山勉強しないと」
 肩をすくめて優しく微笑む女の子は、今年のローズコンテストの出場者だった。本人はそのトロい部分が最大の欠点だと思っているが、その穏やかで守ってあげたくなるような優しい性格がみんなに愛されている。
「そっか…確かに他の三人は凄そうだもんね」
「仕方ないな。ローズコンテストが終わったらそのお店でご苦労さん会をやろうよ」
「ちょっとー、今から負けちゃうような言い方やめなよ。私たちのコレットが負けるわけないもん」
少女達の賑やかな声が響いた。
「じゃあ私たちが先に味見しておくよ。頑張ってね」
「…うん。また明日ね」
クラスメート達と別れてコレットは一人反対方向に歩き始める。この先にはあたりで一番大きな書店があるのだ。しかしその先にちょっとした不思議な運命が待っていることに、コレットは気がついていなかった。
 
 
 
 
 スウィートランドはその名の通りに甘いお菓子作りが盛んな町である。どの本屋さんでもクッキングブックがメインの位置に置かれ、ベストセラーを賑わせていた。そのサイクルがとても速い為にスモルニィの図書館では間に合わないのだ。
「どうしよう…」
専門書の棚の上でコレットは溜息をついた。見たい本があともう少しで届くという位置にあったからだ。身体が小さいというのはこういうときに思いっきり不利だった。
「どうしても欲しい本なのに…困ったな」
 その時彼女の背後に人が立つ気配がした。手が伸びるとお目当ての本を抜き出してコレットの前に差し出した。
「欲しいのはこれかい?」
「え? あっありがとうございます」
コレットは救い主に向かって頭を下げ、改めてその人を見た。
「ゼッ、ゼフェル先輩…?」
短いプラチナブロンドの髪に綺麗な赤い瞳…少し気の強そうな様子も、それはスウィートナイツの一人である二歳年上のゼフェルと同一のものだ。しかし目の前にいる少年は不思議そうに彼女を見つめている。
「…あの…」
「君、ゼフェルの事を知っているの?」
 
 
 
 
 駅に向かっての道のりを、買い物を済ませた二人は並んで歩いていた。
「本当に御免なさい…」
「さっきから謝ってばかりだね」
「だって本当に知らなかったんです。ゼフェル先輩に双子の弟さんがいたなんて」
「気にしなくても良いよ。僕らは一卵性の双子でね、間違われるのも初めてじゃないんだ。多分向こうもそうだと思うよ」
ゼフェルとの唯一の違いと言っていい眼鏡の奥の瞳が優しく笑っている。もしかしたら兄の方もこういう風に笑うのではないかと不謹慎なことを考えてしまうほどに。
 でもコレットはそれでも不自然さというものを感じずにはいられなかった。これだけの美少年な上にあのゼフェルの弟となればスモルニィの中でも確実に目立つだろう。なのにどうして自分はこの人のことを知らないのだろうか。
「ショナ先輩はスモルニィに通ってらっしゃらないんですか? 今までお会いした事ありませんでしたよね」
「僕もスモルニィの生徒だよ。ただ中等部には通っていないんだ。僕は大学院に行ってる」
「大学院…」
「大学よりちょっと上かな」
「…はあ」
 15歳の天才少年が学園にいることは何となく聞いたことがあった。でもそれが目の前の少年だとはとても信じられない。少し大人っぽいけど優しい人…。
「お菓子づくり好きなの?」
「はいっ! あと私ローズコンテストに出場しているんです。レシピはあるんですけれど、勉強しないとなかなか追いつかなくて」
ローズコンテストは中等部と高等部が中心になって運営されている。出入りは自由だったが、大学院だと様子も耳に入りにくいのだろう。
「ゼフェルがこの頃ジュースの審査をしているって言ってたけど、このことだったのか」
「ハイッ」
 おとなしそうなのに話してみたらハキハキと答えるコレットに、ショナは好意を持った。
「大変だろう?」
「え?」
「兄貴は口が悪いし、乱暴だからね。女の子にも慣れていないから傷つけてしまうこともあるんじやないかな」
「そんなことありません! ゼフェル先輩はとても親切な方です。ただ私がちょっとトロくて迷惑ばかりかけているから…」
後半につれて小さくなってゆく声…頑張っている理由はここにあるらしい。
「君、面白いね」
「そうですか?」
「ローズコンテストなんて関係ないと思っていたけれど、今度行ってみるよ。その時にまた会えたら声をかけても良いかい?」
「もちろんです。私頑張りますから、きっと来て下さいね」
 
 
 
 
 シャワールームのドアが閉まり、リビングに髪をタオルでガシャガシャと拭きながら彼が入ってきた。
「おい、風呂あいたぞ」
「そっか、もうそんな時間なんだ」
時計は午後九時を回っている。同じ顔をした双子の弟は見ていた本をパタンと閉じた。高級マンションの最上階…海外で仕事をしている両親の代わりに、兄弟はたった二人でこの家を守っていた。
 冷蔵庫からミネラルウォーターを取り出す音が聞こえる。流行の歌を口ずさみながら、それをグイッと飲み干す様子をショナは目だけで追っていた。
「ゼフェル…」
「ん?」
「コレットって女の子の事は知ってる?」
ブッ、と吐き出した水はそのまま冷蔵庫に直撃した。すぐに言いたいことはあっても、気管に水が入って上手く行かない。
「ゲホッゲホッ…なっなんでテメーが知ってんだっ」
「今日本屋で会ったんだ。いつもの如く兄貴に間違われてね」
 カーッと赤くなってゆく顔を誤魔化すように頭からタオルを被る。
「可愛い女の子だったね」
「そっそんなことねーよ。別に大した奴じゃあ…」
「ゼフェルのタイプではないんだ。なるほどね」
「テメッ…」
母親のお腹にいた頃からの長い付き合いである。弟は兄の、兄は弟の頭の中が手に取るように分かった。
「心配しなくても良いよ。別にあの子は兄貴のことを嫌ってはいないから」
「そっ、そっか?」
って何を安心しているんだ自分! とツッコミを入れそうになった時にショナが再び爆弾を放つ。
「ただ自分は好かれていないと思っているけど」
 ゼフェルの拳が不幸な冷蔵庫に叩きつけられる。
「テメー…、一体何が言いたい!」
「別に。ただ僕はあの子のことが気に入ったよ。だから将来僕のお嫁さんになった時は、せめて上手くやってゆこうってことくらいは考えて欲しいな」
ショナは兄の前を通り過ぎると、そのままシャワールームへと去っていった。その直後に断末魔の叫びがマンション中に響いたが、弟がそのことに気づくことはなく…ことはなく、シャワールームでタオルを手に取り、クスッと意地の悪い微笑みを浮かべたのだという。
 
 
 
 
END?
 
 
 
 
いつかはやろうと思っていた双子ネタ。他の創作とは違うパラレルな内容でお送りしています。それにしてもまるでタッ○のような設定ですな。もっともでっかく〈〉マークを付けてもよかったんですけどね。その割にヒロインであるコレットちゃんがホンワカおっとりさんになってしまって、もうどっちに転んでも全然オッケーな立場になってしまったので…あとはあなたの心の中で。ちょっと口は悪いけれど男らしくて優しいゼフェル先輩か、頭が良くてクールだけど結構話せるショナ先輩か…どっちになるんでしょうね。(でも油断していたらショナがセイランちっくになってしまうのだ)
 
更新日時:
2002/09/08
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Last updated: 2010/5/12