SWEET ANGE

5      シーソーゲーム〜勇敢な恋の歌〜
 
 
 
 
 
ステンドグラスから眩しい光が降り注いでくる。祭壇の上の蝋燭の火は、それに反して優しく包み込むように輝いていた。黒いタキシードに身を包んだ彼は、建物の入口に立つ少女を待っていた。純白のドレスを着た誰よりも愛しい…。
「コレット…」
しずしずと自分の方にやって来た花嫁のヴェールを上げる。サラサラの栗色の髪が恥ずかしそうにうつむいていた。初めて出会った時からずっと想っていた少女がついに自分のものになるのかと思うと…そりゃあ幸せの絶頂というわけで。
「それでは誓いの口づけを}
 神父にそう言われ、二人は赤くなりながらも目を閉じた。ゆっくりとゆっくりと唇が近づいていった時、入口から大声が響いた。
「ちょーっと待ったああッッ」
そこに立っていたのは、白いタキシード姿の花婿と同じ顔をした少年だった。
「ゲッ…ショナ…」
「言っておくけど、兄貴にだけいい思いをさせる気はないよ」
「なんでテメーがここにいるんだよ!」
「それはこっちの台詞だよ! この前コレットの事を大したことないって言っていたくせに!!」
その言葉に真っ先に反応したのは女の子の方だった。
「そうだったんですか? ゼフェル先輩…」
 ブルーグリーンの瞳から涙がポロポロと溢れてくる。そんな彼女をショナは背後からギュッと抱きしめた。
「やっぱり結婚するなら僕の方がいいよ」
「ちょっと待て! なんでテメーにそこまで言われなくちゃなんねーんだよ!」
「そのくらいの頭脳もないのか? 君はコレットには相応しくないって言っているんだよ」
「なんだとーッッ」
バチバチと火花を散らす二人にとどめをさしたのは、花嫁の小さな声だった。
「もう…いいです。さよなら!!」
「なっ? 待てよっ」
しかし可愛い花嫁は、白いドレスを翻して二度と彼らの元には戻らなかった。
「行くなーーーーッッ!!」
 
 
 
 
 ジリリリリリ……、目覚まし時計の音でハッと我に返る。目の前に広がるのは自室の天井だった。
「ゆっ…夢?」
風に揺れるカーテンが夢の中の花嫁のようで彼をドキドキさせた。しかし夢の内容がショックなのは事実らしく、冷や汗でパジャマがぐっしょりと濡れている。
「やべ…まずはシャワーだな」
すっきりさせるにはそれが一番だろう。実際心の方も『あいつに会えてラッキー』と『なのになんであんな内容なんだあー』でぐしゃぐしゃだったからだ。
 シャワールームからそのままキッチンへと向かう。そこには夢の中でいいところを邪魔した張本人がコーヒーを飲んでいた。
「おはよ」
「よう」
そう言ったものの、顔が般若のようになっている。
「なんか夢でも見たの?」
ギクッ!! あまりにも図星すぎて次の言葉が止まってしまう。
「行くなーッ、って怒鳴り声で目が覚めたよ」
「…うるせえよ」
 ゼフェルとショナ…この家の主人は双子の兄弟であった。短い銀髪に紅い目から顔の造りはほとんど同一。もちろん身長・体重もそんなに変わらず、弟のショナは時々眼鏡をかけているがそれは表情を人に悟られたくないという理由なので、おそらく視力もそうだろう。6月4日生まれ・しかもご丁寧に双子座・B型の血液型はもちろん、名字も両親も同じだった。
「オレのトーストにジャムのせんなよ!」
「うるさいなあ」
 かたっぽは大の辛党で、もうかたっぽが甘党とくれば、ご両親の離乳の際のご苦労は並大抵の事ではなかっただろう。しかし外見は同じでも性格はまるっきり正反対の二人は、相性は悪くてもこれまであまり大きな喧嘩をしたことはなかった。…だがそれもついこの前までのこと。生を受けて15年目にしてやっと自分たちの好きな女の子のタイプが同じだと知ったのである。
「行って来る!」
「コレットによろしくね」
「ちくしょおおおおーッ」
 
 
 
 
 スモルニィ学院中等部の玄関、いつものようにゼフェルは足を踏み入れる…が、そこにはパラレルワールドのごとく不可思議な世界と化していた。まず辺りを漂うのは大ッ嫌いな甘い匂い、そして彼に群がるのは更に大ッ嫌いな女子生徒たちだった。
「ゼフェル様アアッ」
自称ファンクラブの面々が、ドドドーッと迫ってくる。彼女らの手には可愛くラッピングされた包みがあって…。
「なっ、なんだってんだ一体!?」
「バレンタインですッ。受け取って下さいーッ」
「ぎゃああああーーーっ」
 嵐が過ぎ去った後に残ったのは、山のようなバレンタインの贈り物であった。
「きっ、今日は…バレンタインだった…っけか?」
「やあ、ゼフェルもすごいなあ」
背後から聞こえてくる明るい少年の声、ゼフェルが『年中クリスマス野郎』と呼んでいるあまり認めたくない親友だった。
「ランディ…」
「俺もこんなにもらったよ。なんか照れるよな!」
そんな彼の抱えている量はゼフェルの比ではない。やはり陸上部の記録を次々とぬりかえ、サッカーでは×試合連続のハットトリックを決め、寂れていたラグビー部を再生し、野球部を一回戦こっきりの常連から地区大会優勝まで導いた人は知名度からして半端ではない。
「オメー、一ヶ月後の事考えてねーな」
 そんな2人のところに、後輩の女の子たちがやって来た。
「おはようございまーす、先輩」
「おはようございます」
長い金髪の女の子は中等部一年のレイチェル、そして隣にいる大人しそうな女の子は…。
「コッ、コレット」
「おはよう、二人とも!!」
サラッとしたコレットの髪が揺れると、どうも夢の中が思い出されて落ち着かない。
「先輩? どうかなさったんですか」
「…いや、何でもねーよ」
しかし2人の後輩も、彼らが抱えるチョコの量には絶句するしかなかった。
「すごいですねえ」
「ははっ、俺は甘いものが大好きだから嬉しいくらいだよ。エネルギーもあるしね。まあゼフェルは苦手だから大変だろうけど」
 その瞬間、周りの空気がピシッと引き締まった。
(こンの野郎ーッ! 余計な事言いやがってえーッ)
甘いものが大嫌いなのは皆が知る本当のこと。でもバレンタインデーの当日に、彼女を目の前にして言われるのは非常に困ることだ。彼女が作ってくれるのなら山盛りのフルーツパフェだってたいらげるくらいの気持ちなのに。
「そうでしたね。あまり好きじゃなかったですね」
コレットは少しうつむき加減で小さく言った。ゼフェルはこの時ほど隣で脳天気に笑っている親友を殴りたいと思ったことはなかったという。
「いっけなーい、ワタシ今日日直だよッ。コレット、早く行こう」
「うん。それじゃ先輩失礼します」
 
 
 
 
 その日、ゼフェルは午前中のほとんどの授業をサボっていた。ずーっとあの甘ったるい教室にいるのが耐えられなかったのだ。とりあえず体育と音楽だけは出席したが、それ以外は屋上で昼寝をしたりボーッと空を眺めていたりしていたのだった。大陽が一番高く昇った頃に校庭が騒がしくなるのを感じて身を起こした。
「なんだ、昼休みか」
下に降りていって何かを買ってこようか。でもあまり人に会いたくない…などと考えていると、下から賑やかな女の子たちの声が聞こえてきた。
「…コレット?」
 彼女の他に、レイチェルとローズコンテストを通じて親友になったアンジェとロザリアが校庭に出てきたようだ。そのまま楽しそうに話をしながら校門を出る。向かうのはどうやら高等部の校舎らしい。あらかじめ呼び出されていたのだろうか、そこにはローズコンテストの協力者たちが待っていた。
「まさか…義理チョコ?」
 欲しいのはあの子の本命だが、しかしもらえるのならば何でも嬉しいお年頃。昼食どころの話ではなくなったゼフェルは、大急ぎで教室に戻ってゆく。
「よお、ゼフェル」
「オレに客が…客が来なかったか!?」
「ああ、さっきローズコンテストの女の子たちが来て…」
「サンキュ!!」
 相変わらず彼の机の上にはいくつものチョコレートが置かれている。その中から必死に欲しい物を探し始めた。パステルカラーのリボンで結ばれたチョコ、青い薔薇の紙で包まれたチョコ、シンプルなモノトーンの箱に入ったチョコ…しかし彼の求める物はここにはなかった。
「マジかよ…」
心の中で泣きそうになっている自分が嫌になってきた。夢の中で花嫁がいなくなるシーンがフラッシュバックしてくる。
「サボる…」
「またかよ!」
クラスメートに突っ込まれたまま、その日彼が屋上から降りてくることはなかった。
 
 
 
 
 確かに自分から好きだと言ったことはない。照れくささが先立って、四人の少女の中では一番きつく接した可能性もある。でもコンテストが終了した後もあんなに優しく笑いかけてくれたのに。
「義理もなしかよ」
泣くな!泣くな! と頬を叩きまくった時、総退校のチャイムが鳴った。
「帰るかな」
でも家に帰ればムカつくことこの上ない同じ顔の弟がいて…それが彼の不幸をより濃いものにしていた。もう部活動の生徒以外はいない校庭を、ゼフェルはトロトロと歩いてゆく。すると…。
「帰っちゃ駄目ーッ」
どこからか少女の叫ぶ声が聞こえてくる。
「ゼフェル先輩、行っちゃ駄目ーッ」
 慌てて声の方を振り返ると、フワフワした金髪の女の子が自分に向かって手を振っている。
「アンジェ…?」
ローズコンテストに出場した少女の一人で、コレットの親友でもある。彼女は仲間たちの集いの場と化している家庭科室から叫んでいるのだ。
「一体何だってんだよっ」
「こっちに来て下さーい」
大声でのやりとりは傍目には相当笑えるらしく、外で部活動に励んでいた生徒たちの動きが止まっている。全ての注目を浴びている中、このまま逃げるわけにはいかなくなった。
「ったく! めんどくせー」
 顔を真っ赤にしながらゼフェルは家庭科室の窓の下までやってきた。
「来てやったぜ」
しかしアンジェはそれが当たり前であるかのように後を振り返った。
「コレットちゃん、先輩来てくれたよ。出来た?」
(コレット?)
ゼフェルが教室の中を覗くと、栗色の髪の女の子がトロトロ動いているのが見えた。
「うん…今オーブンから出すから…」
もちろんその場にはレイチェルもロザリアもいる。
「朝、先輩が甘いものが嫌いだって言っていたから慌てて用意しているんですよ」
「ビターチョコでも喜んでもらえるって言ってますのに。コレットも頑固なんですわ」
 そんな言い方をしていても、彼女らはコレットに惜しみない協力をしていたのがわかる。
「あの…キッシュを作ったんです。これなら甘くないし、お腹すいた時に食べて欲しくて…」
パイ生地にベーコンとチーズと玉子を混ぜたものを流して焼いたものだ。昼食を抜いたゼフェルには充分にこたえる。
「もしよろしかったら。お世話になっているお礼です」
体をキュッと縮めながら健気に言う女の子のことを誰が断れようか。ましてそれが大好きな女の子だったりしたら。
「サンキュ…」
本当にようやくそれだけが言えた。
 
 
 
 
 その日の夕方、兄は弟がびっくりするほどの機嫌の良さで帰宅した。
「たっだいまーッ」
「…おかえり…」
弟はソファに座り、自分で紅茶を入れて何かを食べているようだった。
「何を食ってんだよ」
「今日はバレンタインデーだよ。甘いものが好きだって言ったら、送ってくれたんだ」
 それはドライフルーツの洋酒漬けがたっぷり入ったバウンドケーキだった。それを自分で切り分けて食べているらしい。
「おまっ、そんなのくれる奴いんのか?」
「ただで家庭教師しているんだ。数学が苦手だって言っていたから…そうしたらお礼にってくれた」
「ふーん」
すると珍しく彼の口がニヤリと動いた。
「オメーさ、そいつと結婚しろよ」
「はあ?」
素っ頓狂な声とびっくり顔の弟というのも、ここでは珍しい事だった。じっと息を飲んで兄を見つめる。
「何か…あったの?」
「べーっつにッ」
それでも嬉しそうな顔は隠せない。彼が今日好きな子から何かをもらったのだということはIQ200以上でなくてもわかる。
「だから絶対そうしろよ! な?」
「わかった。そうするよ」
「オッケー。じゃオレメシはいらねーから」
 一体何があったのだろうか。口笛を吹きながら自分の部屋へと引き上げるゼフェルをショナは手元のケーキと交互に見つめていた。
「どういう風の吹き回しなんだろ}
残念ながらそれを理解するのはIQ200でも不可能だった。
「まあ、いいけどね」
そう言って、今度はケーキの横にあったカードを手に取った。そこにはケーキの贈り主からの可愛いメッセージが記されていた。
 
『ショナ先輩、いつも数学を教えて下さってありがとうございます。これはそのお礼です。よろしかったらどうぞ     コレット』
 
 
 
 
END
 
 
 
 
好評につき、ついにシリーズ化してしまいました。コレットちゃんと愉快な双子たちのお話であります。バレンタインに合わせたつもりが、気がつけばホワイトデーも終わってやんの。とほほー、時期外してしまってすみません。
それにしてもコレットちゃんが二股かけているようなゴイスな内容ですねえ。これからもネタが舞い降りるたびにチョコチョコと書いてゆきたいのですが、いずれにしてもはっきりしているのは、3人の恋の行方ははっきりさせないということです。黒いタキシードの兄か、それとも白いタキシードの弟か…それはこれらを読んで下さったあなたの心の中で。
更新日時:
2003/04/07
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Last updated: 2010/5/12