SWEET ANGE

3      恋をしちゃいました!
 
 
 
 
 
 昔々…よりも相当未来の物語に、スモルニィ学園というお菓子づくりの盛んな学校があった。そこでは年に一度ローズコンテストという生徒の代表四名によるお菓子づくりの選抜戦が行われていた。そしてそれらを審査するのが全校より選ばれた優秀な男子生徒九名なのだった。彼等はそれぞれに己の使命を重く受け止めていたが、中にはそんなことやってられるかあっとばかりに非協力的な者もいるのだ。中等部三年のゼフェルは典型的なそういうタイプの少年だった。
 もっとも露骨に敵対心を見せればかえって束縛されそうな気がしたので、何事も適当にこなしているというのが現状だった。今も担当のジュースコーナーに座っているものの、漫画雑誌を手に空想の世界を彷徨っている。海賊と忍者とテニスと死神とマフィアとアメフトと謎の万屋さんが混在する世界で結構幸せそうだった。そんなときに彼の目前に誰かがやって来た。
「先輩…」
小さな声の主は黄色い制服を着た後輩の女の子だった。名前はコレットといい、ローズコンテストの出場者の一人でもある。
「なんだオメーかよ」
 彼女は他の華やかな出場者と違って地味で控えめな印象の生徒だった。ゼフェルも最初はなんでこんな奴が…と思っていたが、そういう子がかえって目に入ってしまう。『見てられねーんだからな』と自分に言い訳をしながら、ゼフェルはコレットに一番親しく口を利く。
「どうした? 出品すんのか」
「いえ、今日は…」
顔を赤らめながら手にしていた可愛い包みを差し出した。
「先輩にはいつもお世話になっているから…」
甘い物は苦手なんだよな…と言いながら開けてみた包みの中からは大好きな唐辛子の香りがしてくる。
「おかきだっ。サンキュー、オレこれ大好きなんだ。よく親父が晩酌している隣からゴッソリ頂いたりしてよー」
 ポリポリとおかきをほおばりながら何気なくコレットの方へ目を向ける。いつもしとやかな感じのする女の子だったが、今日はいつも以上に元気がない。他の面々になら分からない表情も親しいゼフェルなら敏感に分かってしまう。
「元気ねーな」
「え?」
「何かあったのか? コンテストがうまくいってねーとか」
その言葉に真っ赤になってうつむいてしまう。どうやら図星だったようだ。
「話してみろよ。力にはなれねーかもしれねーけどグチくらいなら聞く余裕あるぜ」
 コレットは気の短いゼフェルを前にしても少しずつゆっくりと話し始めた。
「私…本当にお菓子づくりが大好きで、それは誰にも負けない気持ちだって思ってました。もちろん技術的には他の三人には全然かなわないんですけれどね。でもその気持ちさえあれば何とかなるのかなって心のどこかで思っていたんです。でもやっぱりみんなとは違ってて…それだけじゃ駄目なんだなって思ったら落ち込んでしまって」
情けないですよね…と笑みを浮かべる仕草がなんともいじらしい。ゼフェルの目から見るとコレットが他の三人に劣っているようには見えないが、女の子同士では見方が違うのだろう。
 ゼフェルは手にしていた雑誌を彼女の頭にそっと振り下ろした。黄色いリボンのあたりでパコッと音がする。
「馬鹿か、オメーは」
「先輩…?」
「そりゃお菓子づくりに技術は必要だろうさ。オメーはそれを勉強するためにここに来てるんだろうが。でもな、『好き』って気持ちがなけりゃ何もできないぜ」
女の子に軽くとはいえ暴力を振るってしまったのだから、なんとなく最後の言葉が照れくさく響く。でもコレットはそんな彼を真剣に見つめていた。
「オレも物を作るのが好きだからさ、その気持ちが技術的に追いついてこないで落ち込むこともあるぜ。だからオメーの言いたいことも…なんとなくだけど…分かる」
「先輩…」
「落ち込むことがあったらさ、何も考えないで好きなお菓子でも作ってみれば気も晴れるんじゃねーの? なにもレシピにあるのが全てじゃねーだろうし。なんならオレが極秘で点数付けてやってもいいぜ」
 甘い物が苦手な癖に、気がつけばそんなことを口走っている自分がいた。我に返ったときは既に遅し…でも後輩の女の子の表情がパッと明るくなる。
「良いんですか?」
「それでオメーのしみったれたツラ見なくてすむんならな」
「ありがとうございます!」
 パタパタと走り去ってゆくコレットを見つめながら、ゼフェルはしみじみと考え込む。
(おっとりした顔してるけど、あいつも選ばれた生徒としてのプライドもあるだろうし、優勝もしたいと思っているんだろうな)
いわば物作りの宿命みたいなものだろう。だからこそ落ち込むこともあるし、限界がやってくるのをどこかで恐れてしまう。
(でも大丈夫だと思うぜ。あいつが考えているほどあいつの評価は低くないからな)
 コレットの作ったおかきは大げさな辛さを主張することなくピリッと舌を刺激してくれる彼好みの味だった。これからいくつかのお菓子を差し入れしてくれたときも、こんなさりげない優しさに満ちた味に出会えそうな気がする。偶然出てきた口実に満足しながら、ゼフェルは再び空想の世界に帰っていった。しかしその世界に登場するヒロインが誰かさんに似ているのは果たして偶然だったのだろうか? それがはっきりするのはコンテストが終了した後のことである。
 
 
 
 
END
 
更新日時:
2007/08/18
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Last updated: 2010/5/12