SWEET ANGE

2      恋心 ーZ・SIDEー
 
 
 
 
 
 夏の終わりがそうであるように、祭の終わりも静かに訪れるものだ。控え室としてあてがわれていた生徒会室から、少年は一人で外の様子を眺めていた。甘いお菓子と飲み物で潤ったローズコンテストが終わりを告げ、生徒たちはまた当たり前の生活に戻って行く。それはスウィートナイツの一人である彼も同様だ。うっとおしいと思っていたはずが、出てくるのはため息ばかりである。
「やっちまった…な」
 自分がやったことを後悔しているわけではない。ただあの時の彼女の涙をこらえているような表情が忘れられないだけだ。本当なら満点におまけを付けてもいいくらいの出来映えに、歴代の最低点を付けてしまったという前代未聞の行為に対する言い訳さえそんな軽い感覚でしか出てこないのであった。
「フーッ、とんでもないことになったネェ。でもあの鬼の生徒会長が自分の意見を翻すなんて有り得ないから仕方ない…って、そこにいるのはゼフェル?」
 突然控え室に入ってきたのは高等部一年のオリヴィエであった。その派手な外見から変わり者として名をはせているものの、本人は一切気にしていない。短気なゼフェルを相手に軽口を叩ける貴重な先輩の一人である。
「まさかここであんたに会えるとはねえ。灯台元暗しってこのことを言うのかな」
「なっ…いきなり入ってきて何ぬかしやがる、このカマ野郎!…ってててて」
オリヴィエの長い爪がゼフェルの頬を思いっきりひねったのだ。彼にとってのおカマという言葉はゼフェルの身長以上の禁句なのだった。
「今日はこのくらいで許してあげるよ。それどころじゃないからね」
「何だよ、うっせーな」
「生徒会長の命令でね、スウィートナイツ全員であんたを捜してんの」
 背筋にゾクッと寒気が走る。現在ハイテンションな連中に責め立てられれば流石のゼフェルもかなうまい。最初に出会ったのがこの男だったのは幸運だったのかもしれない。
「あんたコンテストの決勝でコレットの作ったジュースに28点付けたでしょ。それが一緒に出したのがケーキで会長の方は満点付けていたからさ、コレットが手を抜くはずがないって大騒ぎになったわけ。決勝をやり直すって理事長に直訴するらしいよ。その前にあんたに事情を説明してほしいんだって」
 もちろんこの結果の理由はある。でもそれは誰にも言わずに胸に秘めておくべきものだ。決してこんな風にさらされるものではない。その時、廊下をバタバタと走ってくる音が聞こえた。
「オリヴィエ先輩、ゼフェルを見ませんでしたか…って、あれ? ゼフェル?」
金色のサラサラの髪を振り乱して入ってきたのは年少のマルセルだった。
「こんなところにいたの? 早くジュリアス先輩のところに行かなくちゃ。大変なことになっているんだから」
そう言うマルセルを止めたのはオリヴィエだった。
「ハイハイ、マルセルちゃんも落ち着いて。事情は私が説明しておいたよ。でも本人の言い分も聞かずに先輩に渡すのもシャクだからね。話を聞いてからでも遅くはないよ。私もコレットの作るお菓子は大好きだからね、納得できる理由が聞けるまでここから出すことはしないから」
「…はい…」
 いよいよ二人の四川が突き刺さってくる。
「オレはっ…」
ようやく出てきた声に顔がカーッと熱くなってくる。
「だって本当の点数を付けたら優勝しちまうだろう」
「そんなっ…じゃあやっぱりわざと低い点数を付けたんだね?」
マルセルが大声で叫ぶ。真っ直ぐで優しい性格の彼はまだ言いたいことがありそうだったが、やはりオリヴィエが口を押さえる。
「優勝したら遠くへ行ってしまいそうな気がしたとか?」
「グッ…」
図星だった。
 マルセルがきょとんとしている中、オリヴィエが大声で笑い出す。
「キャハハハハッ、あんた分かり易くていいねえ」
「ちょっ…そんなこと言っていいんですか? 先輩」
「やっちゃったモンは仕方ないでしょ。そういえばあの子に最初っからいい視線送ってたもんねー」
ゼフェルの顔がその瞳以上に赤くなるのが楽しくて仕方ないらしい。確かにめちゃくちゃなやり方ではあるが、それはそれでこの不器用な少年らしくて、本気では怒れぬオリヴィエであった。
 ただコレット自身の気持ちを考えると、それは気の毒としか言い様がなかった。彼女が決勝で出したジュースには『アイ・ラブ・ユー』という名前が付いていた。その時点で彼女の気持ちに気が付くべきだったのだ。
「あのジュースにはちょっとした伝説もどきがあってね、愛する人に飲んでもらうと想いが伝わるって言われてんの」
「はあ?」
「本当なんですか?」
これはマルセルにとっても初耳であるらしい。こういった噂は大抵女子生徒が出所なのだから、受け取る側の男子生徒には届きにくいものなのだろう。
「どうしてそんな名前の飲み物を決勝に出したかわからないほど鈍くはないよね? コレットが傷ついているとしたら、それは優勝できなかったことが理由ではないよ」
 ゼフェルは今度は顔を青くしながらも、それでもオリヴィエの言葉をしっかりと受け止めていた。大人しくてもひたむきに頑張る優しい少女…初めて見たときからずっと可愛いと思っていた。なのに自分しか見えていなかったゼフェルにコレットは淡い想いを伝えようとしてくれたのだ。
「ゼフェルはともかく、コレットを追いつめることになるのなら…簡単に会長に渡してしまうわけにもいかないねえ」
オリヴィエは面白そうに笑いながらそっとゼフェルに耳打ちをする。
「ここからすぐ角を曲がると避難用の非常口があんの。見つからないようにそこから脱出しな」
「おい…」
「その代わりちゃーんと謝るんだね」
男のウインクなんぞ見たくもないが、今回ばかりはそれが神の助けとなった。
「非常口の鍵は私たちが戻しておくよ」
「私たちって…僕も入っているんですか?」
マルセルの叫びは無論聞こえないフリだ。
「サンキュ。恩にきるぜ」
 ゼフェルが生徒会室から首尾よく逃げ出し、あとは二人の生徒が残された。
「さーて、しばらくしたら非常口に行って鍵をかけ直してこなくちゃね。おや? マルセルちゃん何泣きそうな顔してんの」
「だって…僕悪事に荷担したくなんか無いのに」
「お馬鹿さんだねー、そんな大げさなことじゃないよ。ただゼフェルのことは見ませんでしたって言えば済むことでしょ」
オリヴィエは祭の後を堪能するかのように大きく伸びた。
「もっとも本当の祭の終わりは明日の朝になりそうな気もするけどね」
「は?」
 
 
 
 
END
 
 
更新日時:
2002/12/22
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Last updated: 2010/5/12