SWEET ANGE

1      恋心 ーA・SIDEー
 
 
 
 
 
 「ただいまあ」
日頃から大人しくてあまり声を荒立てたりしない女の子だった。しかし突っついたらブッ倒れそうな雰囲気に母親が慌てて駆けつける。
「おかえりなさい、コレットちゃん…って、一体どうしたの」
スモルニィ学園に通っている一人娘が、自分譲りの栗色の髪を震わせて青い瞳に涙を浮かべていたのだ。
「何があったの? 今日はローズコンテストの決勝の日でしょう?」
「ママ…私…」
「とにかく中に入りなさい。温かいココアを入れてあげるから」
 
 
 
 
 お気に入りのマグカップに入ったココアを、コレットは俯いたまま悲しげに見つめていた。
「にじゅうはってん?」
母の素っ頓狂な声にこくりと頷いた。親友であるレイチェルと一緒に決勝まで残ったものの、最後のジュースに相当辛い点数を付けられたのだという。一緒に出したケーキが満点を得ていただけに、一時は審査員もパニックになったほどだが、しかし担当者がそれを覆すことはなかった。
「そうだったの…」
 しかし母は気づいていた。コレットが傷ついた理由は優勝出来なかったことでも低い点数でもないはずだ。
「私…先輩に酷い味のジュース飲ませちゃった…」
いよいよ涙が止まらなくなってくる。母は娘の顔を覗き込むと小さく囁いた。
「好きな男の子だったのね」
優しい姉のような母に誤魔化しはきかない。コレットは涙を拭いながら頷いた。
 高校地代にローズコンテストに出場し、スモルニィのユリを獲得したことのある白い手が栗色の髪を優しく包み込む。
「コレットちゃんのお菓子作りの腕前は完璧よ。この私が教えたんですもの」
「ママ…」
「でも残念なことだけど、みんながみんな美味しいお菓子ってないのよね。その人にとって口に合わないのは仕方のないことで、コレットちゃんが悪いわけでもその子のせいでもないのよ」
 そういえばあの人は甘いお菓子が嫌いだと言っていた。何度も味見してもらっていたのも影響しているかもしれない。
「早く元気だしてね。いつかコレットちゃんのお菓子じゃなくちゃ嫌だって王子様が現れるわよ。それまではパパとママとお友達だけのコレットちゃんでいてちょうだい」
「うん…ありがとうママ」
「パパとママが出会ったのは高校生の頃よ。中学生のあなたに恋人が出来たら…パパが妬いちゃうわよ」
 可愛い脅しにようやく笑顔が戻った。同時に玄関から声が聞こえてくる。
「ただいまーっ」
「パパね? お帰りなさい、レヴィアス」
高校時代に知り合ったという両親は、今もお互いにメロメロだった。いつかは自分もそういう存在に巡り会えるのだろうか。
「ただいまコレットちゃん…って、どうした? そんなに目を真っ赤にさせて。誰にいじめられたんだ? 今パパがそいつをぶん殴ってやるからな」
金と緑の瞳がその言葉を真実だと告げている。スーツ姿のままで腕をグルグルとぶん回して外に出ようとしている。そんな彼の頭上にフライパンが落下してきた。ドゴッという音と同時に目の前に星が飛び散る。
「なにすんだ、エリスッ」
「少し落ち着いてよ。コンテストが終わったから少しおセンチになっているのよ」
「でもこんなに目を腫らしているだろう」
「はいはいはい、あらもうこんな時間なのね。晩ご飯にしましょ。今日はコレットちゃんが好きなグラタンよ。手伝ってね」
「ハーイ」
「おいっ、エリスッ」
娘の笑顔が復活したのと同時に、この話はお終いになった。
 
 
 
 
 カーテンがサッと引かれる音がして、瞼の奥に朝の光が差し込んでくる。
「ママ…まだ眠い」
「起きて! あなたにお迎えが来ているのよ」
「んーレイチェル?」
「違うのよ。学生服を着た男の子よ。銀色の髪に赤い瞳の…」
その容姿で思い浮かぶのは一人しかいない。どんな目覚ましよりも効果的な存在だった。
「ゼフェル先輩?」
「早く降りてくるのよ。お待たせしちゃ悪いわ」
 母は素早くキッチンに移動すると、簡単に食べられる食事の仕度を始める。それを見ながら露骨に機嫌が悪いのは父であった。
「エリス…」
「なに?」
「あの銀髪のガキは何者だ」
「朝にわざわざお迎えに来てくれるのよ? 彼氏に決まっているじゃないの」
プッとコーヒーを吐き出した。
「まだコレットは中学一年生だぞ」
「あら、可愛い男の子じゃないの。さすが私の娘ね。いい趣味しているわ」
「どこが可愛いんだあああっ」
父の絶叫をバックに、身支度を終えた娘が慌てて入ってくる。
「制服ちゃんとなってる? リボン曲がっていない?」
「大丈夫よ。少しは朝食も食べるのよ」
 玄関の扉に寄りかかってふてくされた顔をしているのは、スゥイートナイツの一人であるゼフェルだった。昨日コレットのジュースに最低点を付けた張本人でもある。
「よう…」
「おはようございます、先輩」
「早くしねーと遅刻すんぜ」
「はっ、はいっ」
まるで売られて行く子牛のように出かける娘を見て父は烈火の如く怒り、再びフライパンの洗礼をあびることとなったのだった。
 
 
 
 
 その様子は一緒に登校しているようには見えず、常にゼフェルが前方を歩いていてコレットが三歩後をついてゆくといった感じだった。互いに言葉を掛け合うわけでもない。なぜ迎えに来てくれたのかも怖くて聞けないのだ。二人が並んだのは校舎の見える信号の前に立ち止まった時だった。
「昨日のジュースのことなんだけどよ」
ついに来るべき時が来たのだとコレットは覚悟した。
「すみませんっ、先輩に酷いジュースを飲ませてしまったりして…きっと緊張で訳が分からなくなっていたんです。ごめんなさい」
 何度も頭を下げる様子を、ゼフェルはきょとんと見つめていた。しかしすぐに前を向くと小さく呟いた。
「美味かったぜ、あれ」
「えっ?」
「だからすげえ美味かったって言ってんだ」心臓が激しく高鳴り、顔が赤くなってゆくのがわかる。しかし彼がどうして自分と同じように赤面しているのかはわからなかった。「だって28点だって…」
「正直に点数つければ優勝しちまうだろうが」
 それはどういうことなのだろうか。一緒に出場したレイチェルにかなうとは思っていないが、コンテストの目的は優勝者を決めることだ。もしかしたら自分は優勝させたくないほど嫌われているのだろうか。再び涙が溢れそうになってくる。
「オメーが優勝したらいろんな奴がチヤホヤしてくるんだぜ。むかつくじゃねーか。会長の奴なんてずーっとオメーを評価していたようなこと言い出すに決まってんだ」
鞄を抱えたまま自分を見つめている後輩の姿に、彼の我慢も限界にきていた。わざわざ家を探して迎えに行った理由さえ気づいてもらえないのだから。
「悔しいんだよ、他人にテメーの事をゴチャゴチャ言われるなんてよ。オレなんて…オメーのこと初めて見たときから絶対嫁さんにするって決めていたんだからなっ」
 コレットの返事より先に周りから歓声が沸き起こる。ここはスモルニィ学園の真っ正面で、学生たちが登校ラッシュのピークを迎えていたところだったのだ。突然の公開プロポーズに女子生徒の中には悲鳴をあげる者もいる。恥ずかしさのあまりにコレットが倒れそうになったのをゼフェルの腕が支えた。
「大丈夫か」
「先輩…」
「どうする? もう引っ込みはつかねえよな。オレは嫌な想いをさせたんだから振られることは覚悟しているけどな。でも同じくらい期待もしてんだ。オメーが『アイ・ラブ・ユー』ってジュース作ってくれた時からさ」
 ようやく見せてくれた笑顔に、彼は全てを知っていたのだと彼女は悟った。悲しみの涙は喜びに変わり、出てこない返事の代わりに何度も頷いて見せた。
「そんじゃ行くか。どーせ盛大に説教されるんだろうけれど、こういうのもいいよな?」
怒号と歓声と悲鳴に包まれながら、二人は手をつないで校門をくぐった。
 
 
 
 
END
 
 
 
 
ゲームボーイカラーに差し込みっぱなし状態のスウィートアンジェの創作であります。特別ゲストとしてコレットちゃんのパパとママとして某カップルにもおいで頂きました。せめてここでは幸せな二人でいてほしかったので。たとえ奥さんの尻にひかれていようと、可愛い一人娘に彼氏が出来ようと、決して不幸だなんて言わせないモンッ。
  
更新日時:
2002/12/22
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Last updated: 2010/5/12