ANGELIQUE TROIS

4      「ずっと愛してる」
 
 
 
 
 
 自分たちが聖地にやってきてからどれくらいの時間が過ぎたのだろうか。もちろんカレンダーでたどることは出来るが、外界とシンクロしていないのならあまり意味がない。ガランとした地下室を見渡しながら、首座となった緑の守護聖は溜息をついた。
「あれだけのメカや機械はどうしたの?」
「特許取って売っ払っちまったり、あとは大学や研究院に寄付しちまったな」
ここを出てしばらくは遊んで暮らせる…彼はそう言って寂しげに笑った。
「知らなかったよ、ここがこんなに広かったなんて」
「色々とゴチャゴチャ置いていたからな」
 彼はポケットの中から煙草を取り出すと、ライターで火を付けた。それが親友の目には別れの儀式のように見える。
「これからここはどうなるのかな」
「バイクやら車やらを持ち込むらしいぜ。自分で自分の展示場を持つのが夢だったんだと」
次代の鋼の守護聖に選ばれたのは当時の彼と変わらぬ年頃の少年だった。しかし本人は聖地に住むことにあまりとまどいは見せず、今となっては十年前からここの住人であるかのように自由に振る舞っている。そんな明るい性格が皆に愛されていた。それはこれからもそうだろう…先代が決して外界への想いを忘れなかったことで皆から愛されていたように。
 腕時計を見ると、もう予定の時間を遙かに過ぎていた。
「やべ…もう行く時間だ」
「送ってゆくよ」
「気ィ使うなよ。本当の別れみたいだろ」
「次元回廊までは行かないよ。宮殿の入り口までかな」
そこでようやく二人の口に笑みが浮かんだ。
「そんな感じで充分だ。派手なのはどうも似合わないからな」
 
 
 
 
 聖地の空は高く、爽やかな風が吹いている。あの頃と変わらぬ道を二人は並んで歩いていた。
「ゼフェルは…アルカディアに行くんだね」
「まーな」
照れくさそうにしている理由も知っているだけに、いくらぶっきらぼうに言われても怖くなかった。
「僕も行きたかったな」
「無茶言うな。首座が勝手に逃げ出せる場所じゃねーぞ」
「ゼフェルはしょっちゅう行っていたじゃない」
「グッ…」
 少し唇をかみしめながら長い金色の髪を横に振る。
「だって…あの頃のことを知っているのは、ここでは僕たちだけなんだよ」
守護聖の仲間も随分と入れ替わってしまった。女王と補佐官も新たな世代へと変わっている。レヴィアスやラ・ガの名前も既に伝説の域まで追いやられていた。
「おそらく僕が最後の一人だ…その立場として、一番前の席にいたかったよ」
「バーカ、泣いてんじゃねーよ」
「泣いてなんかいないよ」
「だったら泣きそうになってんじゃねーよ」
2人の足が宮殿の前で止まった。
「僕もそう長くはここにはいないと思うよ。だからその時が来たら真っ先に会いに行くからね」
「元気でやれよ…マルセル」
「ゼフェルもね。奥さんによろしく!」
 
 
 
 
 天使の広場から少し離れた位置に小さな教会があった。小さくとも建物には美しい彫刻が施されており、ちょっとした観光名所になっている。もちろん中では神父やシスターが普通に生活しているのだけれど。
 建物の前に今日は美しい花嫁が立っていた。そこを通る人々から祝福の言葉や接吻を贈られながらも、その視線は絶えず辺りを彷徨っている。
「誰かを待っているの?」
そう話しかけてきたのは地元に住んでいるらしい女の子だった。
「…大切な人なの」
「もしかして花婿さんなの?」
キョトンとした罪のない言葉に、花嫁のマリンブルーの瞳が優しく微笑んだ。その時女の子の友達らしい男の子達が大空を見上げて叫んだ。
「飛行機だっ、飛行機が飛んで来るよ」
「あんな小さい飛行機なんてないよ。あれエアバイクなんじゃないか」
大空の小さな点が、やがてはっきりとしたバイクの形になって教会の前に降り立った。
「ゼフェル!」
花嫁はドレスの裾を持ち上げて彼の元へと走った。そしてそのままタキシード姿の花婿の腕の中に飛び込む。
「アンジェ…遅くなってごめんな。マルセルと話し込んでたんだ」
「心配していたの。もし何かあったらどうしたら良いのかって」
長いヴェールにそっと手をかけて、溢れる涙を唇で拭ってやる。
「心配すんな。俺はさ、お前が執務室に来た瞬間からずっとこの日を待っていたんだぜ」
 バイクを適当な位置に停め、ゼフェルはドレス姿のアンジェリークを軽々と抱き上げる。
「ゼッゼフェル様?」
「…言葉遣いが戻ってるぞ」
「だって…」
「そんじゃ行こうぜ、『奥さん』」
教会の前には花嫁と同じくらい待たされた神父が、2人が中に入ってくるのを待っていた。
 
 
 
 
END
 
更新日時:
2002/09/14
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Last updated: 2010/5/12