ANGELIQUE REQUIEM

2      WILD CHERRY
 
 
 
 
 
 その様子を例えるのなら、まさに悲惨の一言だった。その責任の一端が自分と王立研究院にあるとはいえ、あまりにもむごい状況に流石の彼もため息しか出てこない。
「何やってんだよ、オッサン」
「あーゼフェルよく来てくれました。この『ハックス』とやらがなかなか止まらなくて一体どうしようかと思っていたところなんですよー」
「ハックスじゃねーよ、ファックスだっ!」
 事の始まりはこんな感じだ。皇帝レヴィアスの野望を打ち砕き、彼らは自分達の宇宙を守り抜いた。英雄となった新宇宙の女王は穏やかな余韻を残したまま親友の元へと帰り、金色の髪の女王も回復の兆しを見せている。そんな時に王立研究院の主任がこう提案したのだ。
「今回の戦いの記録を後世に残しておきたいのですが」
 皇帝の侵略を許したのには非常事態に何の備えも持たなかった自分達にも責任がある。その為何の関係もない天使が傷ついたのだ。彼女の優しさと強さに宇宙の全てが甘えるような結果を招いたことは、旅をしてきた皆の苦しみとなって残っている。それを償う意味でもそれは必要な惟謙として認められた。
「もし万が一のことが起こったとしても、資料があるとないとでは動きも変わるでしょう。近隣の宇宙から助けを求められたときに渡すことも可能です」
女王は周りを動揺させぬよう資料の設置を聖地と研究院と派遣軍に限定し、執筆を許可した。
 今回の大仕事は研究員であるエルンストとロキシーが中心となり、各惑星に散らばる事情を知る研究員も呼び寄せられた。そして特別ゲストとして地の守護聖も執筆を担当する事になったのだ。
「執筆の為の資料は執務室までファックスでお送りしますので」
「…はあ」
仕方あるまい、今でさえこの機械の正式名称が言えないのだ。相談を受けたゼフェルが自宅にあった物をここに設置してくれたものの、満足に扱えるようになるのは遥か彼方の物語。現在の執務室は本と紙に占領されて、その隙間にようやくルヴァが座っているという状況だった。
「使い方は何十回と教えたはずだろうが」
「それがなかなか興味深い内容なんですよー。私の中に入っていたのは13才の男の子だったんですが、その子は実のお兄さんが…」
「聞いてねーよ…」
「そういえばあなたの中にいたのは15才の少年だったそうですよー。その子がとても頭の良い…」
「聞いてねーって言ってんだろーがっっ!」
 
 
 
 
 それからきっかり三分後、ルヴァと一緒に資料とにらめっこしているゼフェルの姿があった。
「ランディ野郎の中にいたのは二重人格の奴だったんだな。あんな表しかねー奴に反対の人物をつっこむなんざ、皇帝もいい性格してるよな」
そのゼフェルの中には無口で繊細な少年がいたのだ。全くもってとんでもない敵であった。
「それにしてもよくこれだけの内容を集められたな」
「近隣の親しくしている宇宙に一斉に声をかけたのだそうです。アリオスの姿や言語から、彼の故郷がこの宇宙からそう遠くないところにあると判断したんです。見つかってしまえば後は楽だったみたいですね。彼は故郷の宇宙でも有名人だったようですし」
 最後の言葉は決していい意味で使われていないことがゼフェルにもわかった。アリオス=レヴィアスが起こしたクーデターによる犠牲者は膨大な数に及ぶのだという。反乱軍の身内さえ全てが処刑の対象となったらしい。誰が皇位につこうと決して平和な世界ではなかったのだ。レヴィアスの反乱が仲間の裏切りという形で失敗した理由がわかるような気がした。そんな時、ゼフェルは一枚のファックス用紙を手にした。
「…アンジェリーク?」
そこにいた少女の顔は、髪の長さこそ異なるもののあの栗色の髪の天使にそっくりだった。しかしエリスという名前に記憶がない。
「この女…虹の泉でエリシアの直し方を教えてくれた…」
「レヴィアスの恋人のことですか?」
 ルヴァも彼女に関する資料を見ていたらしい。
「気の毒な少女ですよ。元々はレヴィアスに仕えていたメイドだったんですがね、後に彼の恋人になったんですよ。でも彼の叔父にあたる皇帝の側室になるように命じられて、それを苦に自殺したそうです」
「ふーん」
「おや、反応薄いですねえ」
「オレはその手のロマンティシズムっぽいのは、お袋の腹の中に置いてきたからな」
ゼフェルは資料を乱暴にルヴァの方へと投げてよこした。
「可哀想なのはアンジェリークの方だろ。ただ死んだ恋人に似ていたからって勝手に魔導の器にされるところだったんだぜ? あんなにこっぴどく裏切られた上に命まで狙われて…」
 彼の胸に立派に存在しているロマンティシズムを思い、ルヴァはクスッと笑みを漏らした。
「私が言っているのはそういう意味ではないんですがねー」
「何だよ」
「どれだけ愛し合っていたとしても、結局はお互いを不幸にする選択しか出来なかったのです。彼女はおそらく皇帝の妻になりたいと思っていなかったでしょうし、レヴィアス自身も恋人のいない生活など想像したこともなかった…追いつめられた中でそういう道しか見えなくなっていたのは哀れな話です」
「アイツ一見冷酷に見えたけど、心の中はボロボロだったんだな。確かによー、男の立場からしちゃあんまりじゃねえ? いっそのこと駆け落ちでもしてみたらよ、お人好しに匿ってもらえた可能性が高かったと思うぜ」
「レヴィアスにあなたのようなお友達がいたならまた事情も違っていたかもしれませんねえ」
「…冗談は顔だけにしとけよ、オッサン」
 
 
 
 
 とりあえずの程度の資料を整理し、ルヴァは二人分のお茶の仕度を始めた。といっても相棒にはミネラルウォーターを手渡すだけだったが…しかし好物を目の前にしても彼の口は曲がったままだった。
「気になりますか、レヴィアスとあの少女のことが」
「別に…ただもっと上手いやり方があったんじゃねーかって思うだけだ」
ルヴァは手にしていた煎餅を二つに割った。それが運命に引き裂かれた恋人達に見える。
「あなたならどうしました?」
「あん?」
「あなたがレヴィアスと同じ立場だったなら…」
 ルヴァは単なるお茶の席での話題を振ったに過ぎないのだろう。しかしゼフェルは真剣に考え込む。
「やっぱり子供を作るしかねーんじゃねーの?」
「はあ?」
突然の爆弾宣言にルヴァの顔が真紅に染まる。
「…いい年したオッサンが何赤面してんだよ」
「いやあ…まあそうなんですけどねえ」
「冗談抜きでよ、一番手っ取り早い方法だろ。野郎は腐っても王族なんだし、その子供の母親なら身分は違っても粗雑には扱えないはずだ。いくら皇帝でもそういう女を側室にする事は体面上出来ねーだろうしな。前途多難なのに変わりはねーけど、相手死なせるよりはよっぽどマシだぜ」
 庶民なりの的をえた意見に思わず拍手を送りそうになったが、すぐに我に返り今度は顔面蒼白状態でこう言った。
「まさかゼフェル…あなたアンジェリークにそのようなことを…」
震える声を聞いてニヤリと笑う。
「だったらどうする?」
悲鳴に近い叫びが宮殿の外まで響いた。
「しっ新宇宙の女王になんてことをッ! ああ大変なことになりました…ジュリアス、ジュリアスゥゥゥッ」
「てっテメー、なんて事しやがる」
大慌てで執務室を飛びだしてゆくルヴァに、まさか手も繋いだこともないとは言えぬゼフェルであった。
 
 
 
 
 聖地を襲った小さなパニックの理由を知った女王はお腹を抱えて大笑いし、その横では補佐官が呆れたように大きなため息をついた。もちろん原因を作った二人の守護聖は首座からみっちり説教されたのだという。
「信じられない! 赤ちゃんっていうのは結婚しないと生まれてこないんだよ。アンジェはともかく、ゼフェルはその年齢にも達していないのにねえ。そんなこと簡単に言っちゃ駄目だよ」
そう断言する緑の守護聖に、思春期を過去のものにしようとしている風の守護聖は絶句するしかなかった。
「フッ…ならばこの俺が大人の事情とやらを語ってやるか」
と不敵に微笑んだ炎の守護聖の顔面だが、どこからか飛んできた数十キロはあるハープに思いっきり強打し、全治数週間の大怪我を負ったのだという。
 柔らかな日射しが射し込む執務室の中で、ゼフェルは自分の指先に光る蒼い宝石を見つめていた。『エリシアの指輪』…その本当の持ち主は新宇宙にいる。おそらく彼女の左手の薬指には自分の持ち物だった『朱眼の指輪』が輝いているだろう。どんなに離れていても互いの気持ちは決して変わらないという約束の証だった。
(オレはアイツに決して悲しい選択だけはさせない。その為にはオレ自身がもっとしっかりしなくちゃ…な)
あの長かった旅で彼が学んだ大切な事だった。ただ闇雲に前に立って攻撃を受けたとしても、それは決して相手を守ることには繋がらない。相手も守り、自分も決して傷つかない…相手の心も同時に守れるほどの強い力と心を手にしたいと彼は願っていた。改めてマリンブルーの光に誓いを立てる。
「ぜってー迎えに行ってやるよ」
 
 
 
 
END
 
更新日時:
2003/09/09
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Last updated: 2010/5/12