ANGELIQUE SPECIAL2

4      恋する気持ち
 
 
 
 
 
 この話はですねー、ええ私がまだ聖地に来て間もない頃のことなんですよ。十六才くらいの頃でしたかねえ。ふふっ、私にもそんな年頃があったんですよ。懐かしいですねえ。え? お話の続きですか? はいはい…慌てなくても大丈夫ですよ。まだ午後は始まったばかりですし、ああでも布団はきちんと掛けて下さいねえ。いくら暑いからって無防備にしていると風邪をこじらせてしまって外で遊べなくなりますからね。
 初めて聖地に来たときはそりゃあ緊張しましたよ。右も左も分からないんです。でも他の守護聖たちは皆親切でした。そんな中でもすぐに親友になったのは緑と鋼の守護聖でした。緑の守護聖はとても大らかで男らしい人でしてね、私によくお酒を勧めてくれたりもしましたっけ。彼が私に対して年齢をいくつか誤魔化していたと知ったのはずいぶん後のことでしたけどね。そして鋼の守護聖ですが一見気が強そうに見えるのですが、実は神経質でナイーブな人でした。おっとり屋な私は相当イライラする相手だったらしく、よく怒鳴られたものです。でも一番面倒を見てくれたのは実は彼だったのですよ。
 それから聖地の時間は順調に流れてゆきました。私も仕事に慣れてきてようやく自由に空気を吸えるようになってきた頃です。突然当時の女王が自らの地位の交代を告げられたのです。あなた達も知っているでしょうが、陛下は永遠の存在ではありません。いつかは交代の時期を星が告げるのだと言います。私も若輩ながらそれに立ち会うことになったのです。それを直接陛下ご自身から伺った時のことは未だに忘れられない思い出なのですよ。
 そして遂に聖地に女王候補がやってきました。一人は長い金髪の少女で、名前はアンジェリークと言いました。名前の通りに天使のように美しい少女でしたよ。ただ本人はそれを持て余していたようで、まるで男の子のように振る舞っていましたっけ。そしてもう一人の女王候補の名前はディア。淡い緋色の髪を結い上げたとてもおしとやかな少女でした。大人しい一面がコンプレックスのようでしたが、よく気がつく真面目な努力家といった感じでしたね。この二人はまるっきり反対の性格をしていても、互いが互いの良き理解者である理想的な親友同士だったのです。カティスは2人をよく向日葵と秋桜に例えて可愛がっていましたっけ。
 2人の少女のおかげで聖地の様子も随分と明るくなりました。彼女たちのどちらが女王になろうとも、この宇宙が安泰し続けてゆくのを誰も疑っていませんでした。しかし鋼の守護聖であるライだけは状況を良しとはしていませんでした。なにかと2人に厳しい言葉をつきつけてくるのです。確かにまだ若い少女たちなのですから、完璧主義の彼が不安を感じるのは分かる気もしました。でも…よく聞いてみると、彼の発言は一人の候補にしか向けられていないのです。
「あのような大人しい娘に一体何が出来る? 手遅れにならないうちに外界へと戻すのだな」
「常に怯えたような顔をしているような者が守護聖を束ねて宇宙を導くなど無理に決まっている」
「陛下も何を考えて候補を選出したのか理解に苦しむな」
 それが誰に向けての言葉かはすぐにわかりました。やがてそれらは他の守護聖の耳にも入り、女王候補も知るところとなったのです。傷ついたディアは光の守護聖ジュリアスに「自信がない」と話したのですが、かえって女王候補としての自覚を問われてしまい心を閉ざしてゆく一方でした。このままではいけない…私はすぐにもう一人の親友であるカティスの元に走りました。そして事情を隠さずに打ち明けたのです。
「なるほどな」
「このままではあまりにもディアが可哀想ですよ。女王の選出にも良い影響を与えるとは思えませんし、なんとかなりませんかねー」
 しばらくの空白…するとカティスはまるでこれ以上耐えられないといったように大笑いするではありませんか。
「カティス? 私はこれでも真剣にお話しているんですよー」
「ああ悪かったな。しかしライも分かり易い男だな。気が短い上になかなか素直になれないとは…手先の器用さが泣くぞ。アハハハハッ」
「そのことをライに言ってあげて下さい」
「気にすることはないさ。ほとぼりが冷めるまでほっとけ」
あんまりな言葉に私も泣きたくなりましたよ、あの時はね。
「ルヴァ、お前もいつかライの本音がわかるときが来るさ」
笑顔に誤魔化されたような気もしましたが、結局はそれっきりその話題は終わってしまいました。
 
 
 
 
 それから女王の交代は無事終了し、アンジェリークが女王となりディアはその補佐官に就任しました。聖地もゆっくりと時間が流れ、まずはライが姿を消して翌年にはカティスも聖地を去りました。新しい若い守護聖たちが聖地を賑わせているうちに女王の交代に再び立ち会う機会もありました。それが先代と同じ名前を持つアンジェリーク陛下と補佐官ロザリアのことですよ。気がつけば私が守護聖の年長になっていましたっけ。
 そして、あなた達にもお話したことがありましたね? 新宇宙の誕生を迎えたのです。ええ、あの瞬間は忘れられない感動でしたよ。長く生きていても新しい世界との遭遇の前ではまるで子供のような気持ちに…って、ああお話の続きでしたね。はいはい分かっていますよー。
 女王陛下から紹介された新宇宙の女王候補は2人、王立研究院が誇る天才少女レイチェルとスモルニィ女学院からやって来た私にとって三人目のアンジェリークという名前の少女でした。勝ち気で自信家のレイチェルと、大人しそうで真面目なアンジェリークの組み合わせは結構みんな心配げに見つめていたのですが、後に大親友になるのですから本当にわからないものです。元気な少女たちの笑い声が聖地に響き、試験は順調そのものでした。少なくとも私にはそう見えていたのです。
 そんなある日、私の執務室に2人の守護聖が訪ねて来ました。一人は風の守護聖ランディ、もう一人はあのカティスから引き継いだ緑の守護聖マルセルでした。
「どうしたんですかー、2人ともそんなに怖い顔をして」
「ルヴァ様、実は…」
2人は互いの肘をつつき合いながらどう話すべきか迷っているようでして、思い切るようにランディが直立不動の姿でこう言ったのです。
「ゼフェルのことなんですけれど」
「ゼフェルの?」
 彼らと同じ若い年頃の鋼の守護聖でした。何かと問題は起こしがちでしたが、私にとっては可愛い弟子のような存在でしたからね。2人もそれを承知でここに来たのでしょう。
「何かあったのですか」
「女王候補の2人とのことです。口が悪いのはいつものことですけど、今回はあまりにも酷すぎます」
真っ直ぐな性格のランディにはそれが許せないのでしょう。
「違うんです!」
隣で様子をうかがっていたマルセルが口を挟みました。
「アンジェリークのことばかりなんです」
「は?」
「ゼフェルはアンジェのことばかり酷く言うんです」
 それは初めて謁見の間で出逢った時から始まっていたようです。
「あんなトロくせー奴が試験なんて出来るのかよ」
「どうせ途中で投げ出すに決まってるぜ」
確かにレイチェルに比べたら頼りなく映ったかもしれません。しかし彼女は見た目よりずっとしっかりしており、それは首座のジュリアスさえ認めるところだったのです。しかしそれでもゼフェルの毒舌が止まることはなかったのでした。
 水の守護聖が主催したお茶会の席でもアンジェリークが遅れてやってきただけで顔を赤くして去っていったとか、育成の依頼に来たときもさっさと追い返してしまったとか、とにかく一人の女王候補に対する態度は誉められたものではありませんでした。
「このままでは試験にも悪い影響が出そうで…アンジェも可哀想ですよ。みんなの期待に応えようと必死になっているのに。ルヴァ様からゼフェルに注意して下さい」
私はこの時何かを思い出していました。あの時ライとディアのことを相談したのはまだ若かった頃の私…ならばその話を聞いてくれたのは? そして彼は何と言ったのか?
『お前もいつかライの本音がわかるときがくるさ』
その意味を思いながら、私は笑みを口にしていたようです。
「ルヴァ様! 俺達真面目に相談しているんですよ」
「あーすみませんねえ。ちょっと昔のことを思い出していたんですよー」
 私は軽く咳払いをすると、やはりこう言ってしまっていました。
「ゼフェルのことですがね、今はそっとしておいてあげるのが一番なんだと思うんですよー」
「ええっ」
「そんな…」
2人は困ったように顔を見合わせています。もちろん私も2人の気持ちを充分に理解していました。でも…。
「ゼフェルはですねえ、時々口が悪くなりますがとても優しい子なんですよ。アンジェリークのことも本当はきちんと考えてあげているはずなんです。今頃はきっと冷たくしたことを後悔していますよ」
「そうでしょうか」
ランディはまだ私の意見に不服そうにしていました。彼は栗色の髪の女王候補に実の妹の姿を重ねていたようなのです。彼女が悪く言われるのは自身が侮辱されているような気持ちになったのでしょう。でも彼も…そしてマルセルもすぐに気がつくに違いないのです。この私がそうであったように…そう、恋がこうして生まれてくるということを。
 
 
 
 
 守護聖としての役割を終えたルヴァは、聖地を出た後に主星にある王立大学の地質学と民族学の教授となった。新しい環境に慣れてきた頃にそれまで密に愛し合っていた恋人と結婚し、今では元気な男の子にも恵まれて順調な人生を送っているところである。愛息はまだ三才になったばかりだが、比類なき悪戯好き故に時々彼をパニックに陥れた。大学から借りた本を目の前で真っ二つにするわ、妻以外の女性の前でターバンをむしり取ろうとするわ…『ルノー』という名前は実弟から貰ったものだが、まるっきりの生まれ変わりのような行動にルヴァの細い目はますます細くなっていった。
 彼の家族は夏の休暇を海辺の別荘で過ごすようにしている。隣の別荘ではルノーより二歳年上の男の子が同じように両親とやって来ていて、午前中は海辺で遊び、午後になるとルヴァの語る物語を聞きながら昼寝をするのが日課だった。母親のお腹にいる頃からその語りに慣れているルノーは話が始まった瞬間に眠ることが出来る。もっぱらの聞き役はもう一人の男の子の方だった。
「ねえ、ルヴァのおじさん」
「なんですかー」
 布団の中から彼を見つめる瞳は綺麗な深紅の色をしている。プラチナブロンドの髪と同様に、この子の父親から受け継いだものだ。もっとも中身はまるっきり母親と同一のもので、おっとりした優しい性格をしている。やんちゃなルノーと仲良しなのはそのバランスが上手く行っているせいもあるのだろう。
「今のお話ね、本当?」
「ええ。もちろんそうですよー」
男の子はその返事に複雑そうな表情をする。そして真剣な眼差しで問いかけてきた。
「だって僕のパパはそんなこと言った事ないもん。どうしてママと結婚したのって聞いたら、『ママが結婚してくれって言ったから、仕方なく結婚してやったんだ』って言ってたよ。でも今のお話だとパパの方がママを好きだったみたいだ」
 今日のお話のテーマは『パパとママが恋をした理由』…もちろんそういう問いかけが出来るということは、この子がとても幸せなのだという証明なのだけれど…。
(あの人は五歳の自分の息子にまで意地を張っているんですかねー)
純粋な瞳に見つめられた元地の守護聖は、結局何のフォローも出来ずにそのまま固まるしかなかった。
 
 
 
 
END
 
 
 
 
SP2のエンディングからちょっぴり近未来が舞台となったお話です。三歳児や五歳児に話す内容じゃねーべ、と言われればそれまでですが、これ以上だらだら長くしたら収集がつかなくなってしまうのですね。ごめんなさい。私にとって不動の二位様であるルヴァ様も、あのまんまの性格でほのぼの幸せになられたようです。良かった良かった。
最後に登場する男の子の両親については詳しくは語りません。ただ私の本命カプを思い浮かべて頂ければそれで…。そして男の子の名前もあるのですが、どうかそれも察してやって下さい。
更新日時:
2003/03/07
前のページ 目次 次のページ

戻る


Last updated: 2010/5/12