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92      閉ざされたドア   (手塚国光)
 
 
 
 
 
 「神奈川に引っ越すことになったから…」
 
 
 
 
 突然の言葉にざわめきだす仲間たちの輪
 その真ん中にいるのはいつも一緒だった梨緒の姿
 その口から飛び出す言葉にはこれまでも驚かされてきたけれど
 でもこれ以上に傷つくものはなかった
 別に悪いことをされたわけでもないのに
 
 
 
 
 いつもなら2人ではしゃぎながら帰るバス停までの道 なのに今日は
 お別れの贈り物を沢山抱えた梨緒と
 なんの実感もないままとぼとぼと歩く自分
 「今まで仲良くしてくれてありがとう」
 今にも涙が零れてしまいそうな 小さな声
 小さな2人を引き裂くように 梨緒の乗るバスもやってくる
 「国光の事は忘れないからね」
 
 
 
 
 バスのタラップへと足を踏み出した梨緒の背が
 自分の涙のせいで歪んで見える
 「会いに行くから!!」
 「国光…」
 「電話もする! 手紙も書く!」
 バスの出入り口が閉ざされてゆく中
 最後の言葉は届かなかったかもしれないけれど
 「俺も忘れない 絶対に忘れないから…」
 これが小学五年生の精一杯
 
 
 
 
 「あの時の国光 可愛かったなぁ」
 「…またその話か」
 「涙ポロポロ零しながら 必死にバスを追いかけて」
 「いい加減忘れてくれ」
 「…自分は忘れないって言ったくせに」
 
 
 
 
 電車を乗り継げば 相手にもすぐ会いに行ける
 手元にはいつも連絡の取れる携帯電話もある
 でもそれ以上に大切なのは 途切れることのなかったこの絆
 ーそれが中学三年生の今の2人
 
 
 
 
 
更新日時:
2005/01/26
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Last updated: 2010/5/14