365 TITLE

        
44      レシピ   (天根ヒカル   同学年設定)
 
 
 
 
 
 11月22日…十四年前のこの日、あのパペットマペットをも生み出したと言われる千葉県某市に、神は非凡なる一つの才能を誕生させた。その人間の名前は天根ヒカル。一度に3桁の人間を相手するというテニスプレイヤーであり、また大抵の人間をその場で固めることの出来るダジャレの天才であり…とにかく一口で語ることは出来ぬ、そういう人物に成長していた。
「ダビーッッッ」
彼の誕生日の前日…すなわち11月21日の放課後に、隣のクラスから一人の女子生徒が飛び込んできた。日生新菜という名前の彼女は現在ダビデこと天根ヒカルが爆愛している恋人だった。
「どうしたの? 新菜ちゃん」
 昼休み限定でバネさんから借りたテニス雑誌から頭を上げる。プロの情報からあらゆるデータを盗み出そうとする…フリをして、実はダジャレの小ネタを探していたのだった。そんな彼の前に彼女はムフフッと笑いながら立つ。
「あのねっ、ダビの好きなものって何?」
「オレは新菜ちゃんが一番好き」
顔を赤らめることもなく平然と言ってのける。もちろん心からの本心だ。反対にいたたまれなくなっているのは二人を取り囲むクラスメート各氏であった。
「そんなんじゃなくってさあ…」
「じゃ、テニス」
これも即答だった。それまでニコニコしていた新菜の顔もいよいよ困惑してくる。仕方ないので改めて言葉を変えながら聞いてみた。
「じゃあね、ダビが一番欲しいものって何?」
「いちごチョコレートパフェスーパーデラックス!」
 一体なんだそれは…新菜だけではなくその場にいた全員がそう思った。身長180を誇る大男が好む食べ物ではないだろう。単なるいちごチョコパフェではなく、そこに『スーパー』と『デラックス』がついてしまっているのも不思議だ。
「それが良いの?」
「うん。大好き」
「わかったーっ、ありがとね」
短期間で用意できないものだったらどうしようかと思ったが、これならなんとかなりそうだ。いちごとチョコレートソースとアイスクリームを数種類用意すれば簡単ではないか。新菜はそれこそ空も飛べてしまいそうなくらい軽やかな足取りでその場を立ち去った。一体何だったのだろう…一瞬だけダビデもそう思ったが、すぐに視線は雑誌へと戻っていった。
 
 
 
 
 ドタドタドタと階段を上がってくる音がする。おそらくは馬車馬のように周りを見ようとしない性格の妹かもしれない…と思っていたら、それは大正解だった。
「お姉ちゃんッッ、お菓子作る本貸してッ」
「あんたね、人の部屋にノックもなしに入ってきていきなりそう言うワケ?」
「だって緊急事態なんだもの」
中学二年生の緊急事態ねえ…それとお菓子が一体何に繋がっているというのか。
「明日ね、ダビの誕生日なの」
「えっ? あの子に誕生日なんて高尚なモノあったの?」
浮世離れしたあの性格から、もしかしたらキャベツの中から生まれたと言われても信じたかもしれない。
 妹の新菜はそんな反応などあっさりと無視する。頭の中は贈り物のことで一杯なのだろう。懐寂しい中学生が、恋人への贈り物に手作りのお菓子を選ぶのはよくある話だと姉の方も納得した。
「それで? 一体何を作るの」
「いちごチョコレートパフェスーパーデラックス!!」
なんなのだろう、その素晴らしくゴージャスで凄まじく甘そうな食べ物の名前は…姉はもう一度妹に問いかける。
「あの…それは何!?」
「実物は知らない。本を見たらわかると思ったの」
「…どこぞのファミレスのメニューだったらどうすんのよ」
そこまで聞いてこなかったなと新菜は一人で苦笑する。
「でもさ、なんとなくアイスといちごを飾ってさ、その上に生クリームとチョコかけたら形になりそうな気がしない?」
「あんた彼氏の誕生日にそんなの贈るの…?」
 絶句した妹に姉は一冊の本を手渡した。それは手作りデザートのレシピが沢山載っている雑誌だ。
「それを見て研究しなさい。あんただっていっぱしの美術部員なんだから、それなりのことくらい出来るでしょ」
「ふぁい」
パラパラと雑誌をめくる音が聞こえてくる。時々立ち止まったり、溜め息をついたり…現実と夢の狭間で思い悩んでもいるらしい。
「あっ、これいいみたい」
どうやら何かを見つけたらしい。姉もそれを覗き込んでみる。
「どれよ」
「これこれ…」
 そこにあったのは色とりどりのアイスクリームがクッキーで出来た可愛いお皿に盛られている写真だった。その上には美味しそうなソースがかかっている。無論全ての手作りは可能だが、新菜なら市販品の助けを借りてやっとこなせるレベルという感じだ。
「でもクッキーってこんなお皿みたいな形に焼けるの?」
「焼きたてのクッキーって柔らかいから、その間に好きな形に出来るのよ」
「ふうん…」
一応の納得はしたようだが、姉を見上げる視線が意味深だ。小さい頃から植え付けられた長女の運命というか、末っ子の甘えがそこからビシバシと感じられてしまう。
「お姉ちゃん…」
「手伝わないわよ」
「そこをなんとかーっ」
まるで迷子の子犬のような…みっともなくもあり、ちょっと可愛くもありなのだ。他人なら無視も出来るが、妹なら見捨てるのも気がひける。
「毎回こんな行き当たりばったりで上手くいくなんて思わない方がいいよ。誕生日なんて前から知っていたんでしょ? 計画くらい立てなさい」
「…はい」
「クッキーだけよ」
 
 
 
 
 有り難いことにクッキーの材料はこの家にも揃っていた。あとはいちごとチョコレートソース、そしてアイスクリームを買いそろえるだけ。しかしそれも近所のコンビニに全部売っていた。キッチン全体を占領しながら姉妹はエプロンの紐をしっかりと絞める。
「まずはクッキーからね」
「ラング・ド・シャって言うんだ。可愛いねー」
「見てないであんたも粉をふるいなさい」
それでも女の子同士の作業はどこか楽しそうだ。そんな中に気がつけばパート帰りの母親も加わっていた。
「あらー何作ってるの」
「いちごパフェだって」
「いちごチョコレートパフェスーパーデラックス!」
「そんな凄そうなものが作れるの?」
「仕方ないのよ。ダビテ少年のプレゼントだって」
 いちごのへたを切り取りながら、母もああと納得する。娘の恋人はこれまでも何回か遊びに来たことはあるが、そのたびに甘いお菓子を美味しそうに頬張っていたからだ。大人びた顔とのギャップはどこか笑えるものがある。しかしそれがあったからこの脳天気な家族に彼がすぐ馴染んだというのもあるのだ。
「まあ素敵ね。こんなの作るの?」
母も雑誌の写真を見て有頂天になっていた。甘い食べ物は年齢など関係なく愛されるものだ。丁度クッキーも良い感じに焼けてきたようだ。
「お皿の形にするくらいはあんたやんなさいね」
「はーい」
 女性陣3人の力作がいよいよキッチンに並んだ。波を打つような形のクッキーの皿に、バニラとチョコといちごのアイスの山が乗っている。隙間に花のようないちごと生クリームが置かれ、チョコクリームが細い線を描いていた。確かにファミレスのデザートとして並んでも良いくらいの出来映えであった。
「なかなかいいよねっ?」
「本当ねえ。美味しそうだわ」
脳天気に言う母と次女を見ながら、長女は何気なく今回の最大の問題点を口にした。
「でも、これどうやって持って行くの?」
ダビデの誕生日は明日である。しかも会う予定なのは学校の中でだけ…それまでどうこれを保管しておこうというのか。
「冷凍庫に入れておく…とか」
「いちごとクッキーが駄目になるわよ」
「じゃあ…冷蔵…」
「アイスがどうなるのよ」
家の中で無事に置いておけたとしても、通学中にどうなるかはいくらでも想像がつく。
「仕方ないわねえ」
母親の呆れたような声と同時に、最高傑作だったものは家族の夕食のデザートになることが決定してしまった。
 
 
 
 
 昨日の帰りまではウキウキした楽しい気持ちだったのが、まさか一日でこんなに落ち込んでしまうとは思わなかった。彼の誕生日に大好きな物を作って贈りたかっただけなのに…なのにどうしてこんなことになってしまったのだろう。
「ごめんね、ダビ。本当にごめん!」
「なにやってんのあんた…」
「謝る練習」
「そんなことしている暇あるんなら、本人のところに行けーっ!!」
友人に追い出されるようにして教室を出る。こういう時に彼氏が隣のクラスというのは拷問のようなものだ。いつもなら大声で名前を呼ぶところだが、今日はそっと扉から覗くのが精一杯だった。
 彼は一体何をしているのだろう。いつもとかわらずに友人たちとはしゃいでいるようだ。なんか楽しそうだから邪魔しちゃ悪いかなと言い訳しながら、その場を立ち去ろうとしたが…。
「あれ、日生じゃん」
「げっ」
何故こういう時に限って見つかってしまうのか。
「おーいダビデ。奥さん来てるぞ」
呼ぶなーッと叫びかけたが、もちろんダビデが見つける方が先で。
「あっ、新菜ちゃん?」
「どっ…どうも…」
「どうしたの? 教科書でも忘れた?」
 その優しい言い方は、一才成長しようが変わらない大好きな人だった。そんな彼を見ていると姉の言った通りに無計画だった自分が悪かったのだと素直に思える。前日にあんなに大騒ぎせずに、こっそりと手焼きのお菓子でも贈れば良かったのかもしれない。
「えーと、違うの。時間ある?」
「うん」
「渡したいものがあるの。良いかな? ここじゃなんだから…屋上にでも行って」
「わかった」
ダビデはなんの疑いも持たずに教室を出る。もしかしたら誕生日のことを考えていたのかもしれない。見送るクラスメートの冷やかしもいつもなら受け流すところだが、今日だけは新菜には結構堪えていた。
 有り難いことに屋上には人影か一つもなかった。2人は改めて向かい合う。
「今日ね、14才の誕生日でしょ」
「うん」
「これ作ったの。プレゼントの代わりに」
新菜が差し出したのはケーキを入れる為の箱だった。それでも綺麗にラッピングされている。
「すっげー嬉しい! ね、開けてもいい?」
「うん…」
カサカサと開く音が地獄への一丁目から聞こえてくるような気がして、新菜は固く目を閉じた。しかし…。
「ババロア!?」
「うん」
小さなココット型に入っているのは白いババロアだった。これならアイスと違って保管にも気を使う必要がなかったのだ。家にあったリンゴとゼラチンと生クリームを駆使して、あの後女性3人で作り上げたのだった。
「良いの? もらって良いの?」
「うん、ごめんね。本当は昨日言っていたいちごパフェにしたかったんだけれど…どうも上手く行かなくて…」
 しゅんと小さくなって行く新菜の頭をダビデは赤ちゃんにしてあげるかのように撫でてくれた。
「覚えてる?」
「何?」
「初めてオレが新菜ちゃんに教えたダジャレのこと」
それはまだ2人が恋人ではなかった頃のことだ。入学したての一年生だった頃。
「「ジジィが喰ってもババロア!!」」
2人は同時に叫んで、同時に笑う。
「あれはオレの最高傑作だから。でも大笑いしてくれた女の子がいて、本当に嬉しかった」
「ダビ…」
「そのこと思い出して、なんとなく幸せ。だからそれもありがとう」
 ペコッと頭を下げる彼を見ているとまぶたがジーンと来て、止めどなく涙が溢れてくる。
「私も…私もありがとう」
「新菜ちゃん?」
「私って本当におっちょこちょいでおバカなの。でもそんな中からも幸せを見つけてくれたことが嬉しい」
新菜のドジっぽいところは天性みたいなものだから、もう直らないだろうとダビデでさえなんとなく思ってはいる。でも裏表のない素直な部分がこうやって素敵なことを運んでくれるのだ。
「来年も頑張る」
「うん。楽しみにしている」
今はケーキの箱が邪魔して抱きしめることは出来ないけれど、2人の心は最短距離に位置している…そんな初冬の午後だった。 
 
 
 
 
 たとえ部長からグランド二十周を命じられても、副部長から三十周追加されても、相方から更に三千周という過酷な数を突きつけられても、結局は幸せになった奴の勝ちだという話。
「新菜ちゃんと結婚したら毎日これが食べれるんだ…」
「それは無理! 糖尿病になっちゃうでしょ」
「じゃあ月一ということで」
「…それくらいなら、ね」
 
 
 
 
 
 
END
 
 
 
 
本当は美味しいパフェ食べさせて終わるはずだったんだけどねぇ…。
 
 
 
 
イメージソング   『まいどハッピー』    ウルフルズ
更新日時:
2004/11/29
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Last updated: 2010/5/14