365 TITLE

        
40      Baby,Please go Home   (幸村&手塚   未来設定)
 
 
 
 
 
 テニスというスポーツだが、野球やサッカーといったメジャーなものと比べるとなんとなく日陰にいたようなイメージがある。もちろん華やかさや上品さでは群をぬいているのだろうが…それがパワフルさを求める大衆にとって大きな壁となっていたのかもしれない。しかしその状況が最近になって少しずつだが変わってきたようだ。かつてサムライと呼ばれた男の後継者となる人材が次々と登場し、やがては世界へと散らばって行ったからだろう。彼等がランキングに名を連ねて大きな試合のたびに連日のスポーツ紙を賑わせれば、自然とみんながそれに熱狂し始める。今ではいい年をした大人たちも彼等の名前を全て言い当てる事が出来るのだという。
 そして今日、とある有名ホテルでくつろぐ大人たちの会話の中心もそれだった。知人の結婚式に出席するという立場ながら、ここにいるほぼ全員がスポーツニュースを追いかけているうちに半分徹夜状態になっているらしい。
「ダブルスとはいえ、ついに世界の頂点に立ったか」
売店で購入したスポーツ新聞を手に大人たちは早速話を開始する。
「まだ若いのに凄いものだ」
「しかもこの2人、学生時代はずっとライバル同士だったのだろう?」
幸村精市と手塚国光…スポーツ紙の紙面を支配しているのは若い2人の青年だった。一人は穏やかそうな笑みを絶えず浮かべており、もう一人は決してこれには満足していないと言いたげに口元を引き締めながら眼鏡を上に持ち上げている。おそらくは彼等が現在の若手プレイヤーを引っ張っている存在だと言っていいだろう。しかしこの2人がダブルスとして世界を制覇することなど、『あの当時』の仲間たちの中に予言出来た者はいたのだろうか。
 しかし抜群のチームワークを誇りながら、まったく正反対の個性もまた人々の関心を呼んでいるようだ。どちらがより優れた選手なのか…それは絶えずどこかで語られ、しかし結論は永遠に出ることはなかった。マスコミもそのプライベートまで必死に追いかけようとしているようだが、彼等は完全に拠点を海外に移しているために、存分な成果は期待できないのだという。
「まあ…いくら日本人とはいえ、所詮は雲の上の人間だってことか」
「違いないな」
 笑い声と共にそれらの会話が終わりを告げた頃…ホテルの正面入り口に黒塗りの大きなリムジンが横付けされた。そこから2人の正装した青年が飛び出してくるかのように勢いよく降りてくる。しかし周囲の人々はそれが自分たちが話題にしていた主役たちなのだということに気が付いていない。
「まったく…こんな重要な日に飛行機が遅れるなんて考えられないよ!」
そう言ったのは柔らかそうな癖のある髪の若者だ。時折銀色の光を放つグレーの燕尾服を着ている。その怒りようは日頃の穏やかさをテニスコートに置いてきたかのように容赦がない。でもそれも仕方ないことなのだ…本来ならばとっくの昔にホテルに到着し、最愛の人と対面していてもよい時間だったのだから。
「仕方あるまい。我々にも責任はないが、どこぞの国のテロ行為など飛行機会社にも責任はないものだ」
そう言い返すのは、彼のかつての好敵手であり現在のパートナーでもある眼鏡をかけた真面目そうな青年だった。こちらは丈の短い黒のタキシードを身に纏っていた。その引き締まった雰囲気が実に彼らしい。
 先を歩いていた幸村精市は、立ち止まって相手の方に振り向く。その表情は呆れているようでいて、少し意地悪っぽくも見えた。
「随分と落ち着いているじゃないか、手塚…」
「俺と梨緒は小学校からの付き合いだ。あいつから色々と言われるのは慣れている」
そう言いながら手塚国光の口元がにやにやしているのは気のせいではないだろう。どうやら当時のことを回想しているらしい。
「はいはい、ご馳走様」
「バカにしているわけではないだろうな?」
「バカにはしていないよ。ただ俺は一向に慣れなくてね」
 中学の時に発病したことで、彼女にはそれこそ一生分の心配をかけてしまった。以来自分のことを決して言わずに精市の体を特に気遣ってくれている。今日だって久しぶりに再会したら真っ先に口にするのはそのことに違いないのだ…例えそれが自分にとっての晴れの日であろうと。こうして約束より遅れてしまうことで、彼女の心の不安を倍増させるのは不本意だった。
「心配するほど大切に想われていることはわかっている。でも今日は特別な日だからね。一番最初にみたいのはやっぱり笑顔の新菜だから」
「…まずい」
「何が?」
「もしかしなくても…俺も似たようなことをしている」
数々の大切な思い出の中でも、自分の怪我によって不安にさせたことは昨日の出来事ように記憶に色濃く残っている。それがまるで今の自分の背をスッと正すかのように、胸の中に迫ってきた。国光はあっさりと精市を追い抜かして、すぐに振り返ると必死の口調で相手を急かす。
「とにかく急ぐぞ」
「人のこと言えないじゃないか」
 これまで入り口からフロントまでの間がこれほど遠く感じたことはなかった。しかしようやくそこに到着を果たす。
「いらっしゃいま…」
「失礼します。本日こちらで挙式を行う予定の幸村と申しますが」
「同じく手塚ですが、花嫁の控え室はどちらになっていますか?」
突然現れたかと思いきやフロントのカウンター上にバンと手をついてズイッと身を乗り出してくる2人に、新人らしき受付嬢の体はビクッと震え、小さな声でなんとかこう紡いだ。
「はっ、はい…少々お待ち下さい…」
可哀相に。突然現れた迫力満点の男たちの姿が、彼女のトラウマになったことは間違いなさそうだ。
 
 
 
 
 
 
 ホテルの受付嬢が『控え室』という説明を受けた小さな部屋…そこでは2人の女性が純白のドレス姿でゆったりと時間を過ごしていた。長い茶色の髪をそれぞれ似合う形に結い、それを細かな模様が描かれた長いヴェールで被っている。温和な微笑みを絶やさない彼女の頭上には美しい花が飾られ、少し気の強そうな瞳を輝かせる彼女の額には銀色のティアラが輝いていた。まったく同一の顔を持つ2人だったが、それぞれに自分たちに似合う装いをきちんとわかっているのである。ドレスもまた前者は全体にパステルカラーの小花を散りばめ、後者は右肩に大きな白い薔薇の飾りをアクセントにしたシンプルなものを選んでいる。しかしどちらの姿もまだ花婿には見せていなかった。
「ねえ新菜」
「なあに? 梨緒ちゃん…」
「あの2人の長年の夢が現実になるのは喜ばしいことだけれども、やっぱり世界を飛び回る職種の人間は旦那にするもんじゃないって思うわ」
「どうしたの、急に」
 自分の言葉に対してふうっと大きく溜め息をついたのは双子の妹の梨緒だった。それを目をパチパチさせながら見ているのは姉の新菜である。そして2人が過ごしている部屋のテーブルには…ここ数日発行されている新聞が山と積まれていたのだった。
「だってさー、あの2人の様子を見れるのが実際の目じゃなくてこんな薄っぺらい紙なのよ?」
『相手の技を二倍で返す!』『突如纏った黄金のオーラ!』などと書かれた記事からは彼等の真実の姿はあまり見えてこない(それどころか、すでにテニスではないような気もする)。写真の向こうからは彼等の体の状態も心の様子も伝わってはこないのだ。
「確かに…そうかも」
 一度認めてしまえばなんとなく不安な空気が花嫁たちを包み込む。なんせ心配をかけるという点では、花婿は2人とも前科があるのだから。本当ならば影のようにぴったりとくっついていたいところなのだが、それが出来ない理由も彼女たちには同様にあるのだった。
「新聞の向こうじゃ、精ちゃん全部顔色が悪く見えちゃうね」
「記事の内容だってさ、国光が無茶しているかもしれないなんて教えてはくれないでしょ?」
2人は顔を見合わせてフフッと笑う。こんな事は相手の目の前では言えないだろう。でもあともう少しでこんな心配もせずにずっと一緒にいられる…この日をどのくらい前から待ちわびていたのだろうか。
 彼等の乗る飛行機が若干遅れるであろうことはすでに連絡を受けている。こんな大切な時に限って…とは思うが、今は隣に知っている顔があることがありがたかった。
「早く帰ってこないかな…2人とも」
「あ、珍しい。新菜が我が儘っぽいこと言ってる」
「だって、ねえ」
なかなか胸の内を言葉に出来ぬ姉妹の元に、少しずつ激しい靴音が近づいてきていた。そしてノックもなしに突然唯一の出入り口であるドアが開かれる。
「遅くなってごめん!」
「2人とも大丈夫か?」
室内に響く2種類の大声に、花嫁たちの体がピクッと飛び上がる。しかし振り返るとそこにはずっと待ちわびていた彼の姿があった。
「国光…!?」
「精ちゃん!」
 双子の姉妹はスッと立ち上がると、そのままそれぞれの夫の元に駆けつける。それは一瞬シンメトリーのように美しい画面を演出したかのようだった。
「心配かけてごめん…新菜?」
「ううん…」
決して無茶を言わないように気丈に首を振ったが、それでも綺麗な目から真珠のような涙が零れてくる。やはりホッとしたことで緊張感が緩んだのだろう。精市はその白い頬にそっと唇を寄せる。
(あとは本番でね)
そう耳元で囁くことを忘れずに。
「私は大丈夫。でも精ちゃんの方が…」
「相変わらず心配性だね、本当はわかっているくせに。ほら顔色だってこんなに良いだろう?」
「そうなんだけれど…」
 顔を赤らめながら俯く彼女をたまらない気持ちのまま強く抱きしめる。それがどれだけの負担になるのかはわかっていても止められるものではなかった。
「心配するのは俺の方だと思うよ。ごめん…一番不安な時に一緒にいてあげられなくて」
純白のドレスに包まれている新菜の体内には、彼自身の血を引く命が宿っている。そのせいか今まで試合を優先してここまで式を伸ばしてきた精市をお腹から責めているような気さえするのだ。あと数日もたてばそこに触れるたびに勢いよく蹴り上げてくれるのだろう。ただし蹴られる側はその日が待ち遠しくて仕方なかった。
「でももう二度と新菜にああいう気持ちを味あわせたりしないよ。心配する余裕さえ与えないくらい、ずっと側にいるから」
指先でそっと涙を拭われた彼女は俯きながら、それでも小さく頷いた。
「愛しているよ…いつも想像していたよりもずっと綺麗な花嫁だ」
「私も…初めて会った時からずっとこの日を待っていたのよ」
 そのワンシーンはまるで世界に自分たちしかいないかのような雰囲気だった。それをじっと眺めながら、もう一人の花嫁はクスクスと笑う。なんせ一人は大好きな姉であり、もう一人は同じ学校で過ごした無二の親友だったのだから。
「相変わらずのラブラブっぷりよねー。中学の頃からちっとも変わっていないんだから!」
そう言いながら振り向くと、梨緒の夫の表情はどこか複雑そうだった。
「…お前はいいのか?」
「何が?」
「だからだな…」
なんでもないことのように言い切る梨緒が歯がゆいような気持ちになる。本人は自分が花嫁だということを忘れかけてはいないだろうか。今日は別に彼等の結婚式に参列するだけではないのである。
「梨緒にとっても一生に一度の日だろう。何か言って欲しいことがあるのなら…俺はこの機会を逃してしまったら、一生涯口にしないかもしれないぞ?」
「国光ったら、バカね…」
 梨緒は照れくさそうに笑うと、そっと彼の胸元に手を伸ばして乱れたタイを整えてやる。その仕草が妙に女性らしくて国光の心をドキドキさせた。
「一生に一度なんてありえない…国光はこれからも毎日のように言うわよ?」
「どうしてそれがわかる?」
「女のカンかな。でも絶対そうなる気がするの」
そう言いながら梨緒は自分の腹部をそっと押さえた。そこにはその手がかりとなる存在が息づいている。まるで呼吸をするかのように自然に、相手へ思いのままを伝えることが出来る…戦いに身を窶している彼等は家族という存在にそういう意味を求めているに違いないのだ。
「きっと言わずにいられないような感じになるとは思わない?」
「そうだな、きっとそうだ」
タイから梨緒の手が離れたと同時に、今度は花嫁のヴェールへと手が伸びる。
「愛しているわ」
「俺もだ」
 コンコン…というノックの音が廊下に響いたが、しかし控え室の中からは何も反応がない。首を捻ったホテルマンは何度かその行為を繰り返したが、それでも一向に状況は変わらなかった。
「失礼いたします。挙式のお時間になりましたが…」
そう言いながら扉を開けたホテルマンはそこで絶句したまま動けなくなる。さっきまで神様の前までお預け…などと言っていた二組の新婚さんが、実に濃厚な接吻を交わしていたからだ。可哀相に…二人目の犠牲者はしばらくそこに立ちつくすしか道はなかったのだった。
 
 
 
 
 ーそれから一年と少しー
 
 
 
 
 中心部から離れた郊外にある高級住宅街に、まるでおとぎの世界からそのまま移してきたかのような可愛らしい家があった。庭にはパステルカラーの花々が咲き乱れ、時にそこを通りかかる人々の足を止めて大きく深呼吸などをさせたりもする。美しい薔薇の蔦も緩やかに伸びてアーチやブランコを美しく飾ってくれた。それを存分に眺められるサンルームにはピンクと水色に塗り分けられた子供用のベッドが並んでいる。その中にはこのお城の王子様とお姫様がウトウトと夢の世界を彷徨っているようだった。
「実に可愛いものだね…」
「まったくだな」
 彼等の傍らにはあらゆる外敵から宝物を守ろうとしているのか、子供たちの父親がぴったりとくっついて動こうとしない。むにむにと動く口が…必死に何かを掴もうとする手が…ぱたぱたと蹴り上げる小さな足が…とにかく全てがこのお父さんたちの脳天を溶けさせているのだ。先日は海外遠征のついでということで立海と青学の後輩たちがお祝いがてら遊びに来たのだが、尊敬していた先輩たちの変わり果てた姿を見て溜め息をつきながら帰っていった。
「あれってすでに親バカを越えてねーか?」
「いや…あれはもうすでにバカだから」
彼等はそれぞれの部長に対して今でも強い憧れと夢を抱いていたのだろう。中学時代の強敵から親友となった2人の表情はどこか寂しげでもあったらしい。
 そんなわけで偶然にも同じ日に妊娠が発覚し、生まれたのもわずか数時間差という奇跡のような従兄弟同士は、両親たちの愛情を一身に受けてすくすくと育っていた。手塚家の長男は『航平』、そして幸村家の長女は『七海』という。いずれも己の夢を求めて海外へと旅立った父親の願いが込められていた。父親にとってはありがたいことに…2人とも母親に似ていたので、ぱっと見は本当の双子の兄妹のようだった。
 柔らかな日射しと共に溶けてしまいそうな午後、ふいに口を開いたのは手塚国光の方だった。
「先程航平を連れて梨緒と3人で買い物に出かけたのだが…」
「そうだったね」
雰囲気につられて幸村精市も相づちを打つ。
「その時通りがかりの人たちが盛んに言うのだ。航平のことを『可愛い』と」
それはそうだろうとやはり精市も思う。子供たちは双子の姉妹である新菜と梨緒にそっくりだったから、すなわち七海が可愛ければ航平が可愛いのも当たり前の話なのだ。
「それはよかったじゃないか」
「そこで考えたのだが…もしかしたら通りかかった人間の約3割はそう口にしているのではないかと思う」
「…は?」
 どういう計算で話しているのかがよくわからない。その数字もあの四角い眼鏡のかつてのチームメイトが聞いたなら相当がっかりする程度の根拠のように聞こえる。おそらく自分の親友である達人が聞けば二度と口をきいてもらえまい。しかし国光がおそらく問いかけてほしいであろう一言を、精市は何気ないつもりで口にしてみた。
「それでは残りの7割は?」
「心の中でこっそりと航平のことを可愛いと思っているのだ」
 ちょっとした事では動じない神経の持ち主である精市だが、こればっかりは絶句したまま何も返せなかった。まあ子供を可愛いと思うことは良い。しかしこの胸の張りようは一体なんだというのだ。同じ血を引く娘を持つ立場としては正直面白くない。
「まあ、思うことは自由だからね」
「どういう意味だ、それは!」
「まんまの意味だよ。俺としてはこのまま航平が梨緒に似たままであればと願うしかないね。まさか父親と同じ苦み潰したような顔をさらすようなことになったら、流石に甥っ子が可哀相でさ」
先程まで機嫌がよかった国光の表情が変わる。
「なら俺も祈っていてやろう。七海の背後にある黒いオーラが世間に広まらないようにな」
「ちょっと待て! 可愛い七海のどこが黒いと言うんだ」
「七海は可愛いぞ。新菜に似ているということは間違いなく梨緒に似ているということだからな。ただ残念ながら父親の血を無視することは出来ん」
「なんだとーっっ!!」
 この状況はもはや収まりようがないように思えた。しかし間に寝かされていた子供たちは実に素直である。頭上を駆けめぐる大人たちの怒鳴り声に見事な反応を示した。
「ふえっ…ふぇっ…」
「おんぎゃあーーーーーっっっ!!!」
ここまで見事に泣かれれば、それまで父親に子守を任せていた母親たちが黙っていない。
「どうしたの? 何があったの?」
「航ちゃん? 七ちゃん?」
2人はそれぞれの子供を抱き起こしてしっかりと胸に抱える。一番安心できる存在に出会えたことで赤ん坊も少しずつ落ち着きを取り戻してきた。
「一体何しているの、精ちゃんも手塚くんも」
「まったく子供の前で喧嘩なんて。本当に情けないんだから」
これではどちらが子供なのかちっともわからない。しかし最愛の子供を奪われた彼等は本当に無力な存在だった。
「別に俺達は…なあ、手塚?」
「ただコミニュケーションの一環としてだな…」
ちょっとだけ本気が入ったのは棚上げである。
「「却下です!」」
「そんな、新菜…」
「頼むからもう少し抱かせてもらえないか?」
「「だーめっ」」
あの可愛かった恋人は、妻となり母となることでどえらく強くなってしまっていたのだった。
 
 
 
 
 可愛い天使をその父親たちから取り上げた双子の姉妹は、とりあえずそれまで過ごしていたキッチンへと戻ってきた。カウンターの上には丁寧にマッシュされたカボチャやポテトが冷凍用の器に入れられて、それこそ山のように積まれている。チビちゃんたちも大好きだったママのミルクからの卒業し、少しずつ離乳の準備が始められていたのだ。
「マーマー」
泣くのも忘れてそう叫んだのは七海の方。航平は今にもそれに飛びつきたくて足をバタバタさせている。
「駄ー目ッ、まだ熱々よ? 食べられないよ?」
 新しいモノに対する欲は赤ん坊でもそう変わらないらしい。どうやらここのお城はストレートに離乳を終えることが出来そうだ。おそらくはそう時間をかけずにお喋りを始め、辺りをパタパタと走り出すのだろう…そしてそれはきっとパパたちが遠征に行っている間に行われるのだ。そのたびに巻き起こる騒動を考えると、体が一気に疲れてくる。
「確かに目に入れても痛くないほどの可愛いがりようは有り難いけれど」
梨緒はまだ薄いままの航平の髪を片手で丁寧に整えながら言う。
「このままだと航ちゃんのお嫁さんが可哀相だと思わない? ぶっちょう面の舅がどこに行くにも絶対付いてくるの」
「そんなこと言ったら…七海なんて一生お嫁さんに行けない…」
 ふうっという溜め息を聞きながら、2人の天使は交互にきょとんと母親を見つめている。親の小さな悩みなど理解できる年頃ではないからだ。しかし今後どのような事が起こったとしても、ここでは全てが許されてしまうのがこの子たちの特権なのだろう。例えば二十数年後のこの日…航平が自分の妻になる人として、感情の豊かさを示す目尻のほくろを持った金髪と青い瞳の女性を連れて来たとしても。そして七海が自身の恋人として、やたらと威圧的で時代錯誤調の話し方をする若者を家族に紹介したとしても。
 
 
 
 
END
 
 
 
 
6月の花嫁バージョンを通り越して、パパな2人がメインになってしまいました。この2人どうやら小学生時代からの知り合いらしい…という降って湧いたような原作の設定が有り難いです。まだまだ色々遊べそうな組み合わせだ。
 
 
 
 
イメージソング   『ミモザ』   ゴスペラーズ
更新日時:
2005/07/09
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Last updated: 2010/5/14