365 TITLE

        
37      しばしのなぐさめ   (柳蓮二   マネージャー設定)
 
 
 
 
 
「少しでいいから、一人にして欲しい」
あの時、彼のそんな言葉を拒否できる者など誰もいなかった。
 
 
 
 
 
 頭上には雲一つない青空が広がり、耳には過剰なほどの若い声が届く。レギュラーメンバーよりも僅かに後方のベンチに腰掛けると想像以上に疲れを帯びた肉体はがっくりとうなだれる形になった。否応なしに襲ってくる孤独と後悔の念…彼はここで初めて自分が背負っていたものが巨大で重要な意味を持っていたことを知った。
(すまない…精市)
たった一人で病魔と戦う親友の姿が浮かんでは儚く消えてゆく。その表情が決して自分を責めていないことが余計に彼を苦しめた。
 四年という空白を経た試合の決着は確かに着いた。遅かれ早かれ自分たちはこういった瞬間を迎えたのだろう。それを忘れずにいたあの男と、途中まで気がつくことの出来なかった自分との間にこういった結末が訪れるのは当然といえば当然なのだ。仲間たちもそれを知っていたのだろう。彼の敗北に関して責める者はいなかった。赤也にいたっては真田から受けるはずの拳を自身のラケットで庇ったのだ。そしてその行為を真田は少しも意外とは思っていなかったようだ。あの男も初めから自分を殴るつもりはなかったのだと…その瞬間に悟った。
 自分の首にふんわりと柔らかな何かが触れたことに気がついた。
「お疲れさま、蓮二くん」
上から聞こえた優しい声にずっと下を見ていた視線を上げる。そこには一年の頃から男子テニス部を支えてきたマネージャーの姿があった。
「新菜…?」
「汗くらい拭かなくちゃ駄目だよ? はい、ドリンクも」
「すまないな」
何故彼女はここに来たのだろう…一人で後悔している自分を見ていられなかったからだろうか。ならばそういう気持ちにさせてしまったことで情けなさに拍車がかかる。日生新菜にとっても入部以来初めての敗北になるのだから。
「みっともない試合を見せてしまったな」
蓮二の口から素直な本音が出た。
「そんなことないよ」
「だが常勝の名前に傷をつけてしまったのは事実だ。それに…精市との約束も破ることになった」
 これは病に犯された親友に対する祈りに近いものだったかもしれない。無敗で帰りを待つと言ったのは副部長である真田だったが、自分があの男だったならそっくり同じことを言っただろう。未だ眠れる獅子の居場所を自分たちが守らなくてはならない。新菜は蓮二の背負っている重みを理解しながらも、それでもこう言わずにいられなかった。
「私は…今の試合で立海の名前に傷が付いたとは思わないわ」
彼女の穏やかな声に、いつもにはない力がこもる。
「確かに数字として結果は出たかもしれない。でもそれらを抜きにしてもいいくらいに本当に素晴らしい試合だったもの」
 この試合はまさに『勝敗』ではなく『決着』という言葉が相応しかったのかもしれない。対学校ではなく、そこにはそれぞれの立場でテニスを愛し続けた男たちの生き様が刻まれたような…そんな試合内容だった。それをその場にいた全員が見届けたのだ。認められたのは勝者だけではなく、破れた側もまた圧倒的な強さをみせつけてもいた。
「それにこれからの柳蓮二は二度と負けない。たとえ相手がどんな強敵であろうと…そうでしょう?」
新菜は蓮二の前にそっと手を差し伸べる。それに応えるように白くて小さな手をしっかりと握りしめた。
「ああ…そうだ。そうだな」
次の瞬間に見せた新菜の笑顔が、幸村精市のそれに重なったような気がした。
 それでも試合は次へと進められている。今コートに立っているエースもまた、不在の部長の穴を埋めるのは自分なのだと強く意識している存在だ。蓮二は新菜の手に導かれるようにして立ち上がり、仲間の元へと歩き始める。すると途中で何かを思い出すかのように今度は新菜の足が止まった。
「ねえ、達人」
「…どうした?」
「もしもう一度彼と試合をするとしたら、勝率はどのくらいでしょうね?」
無邪気な口調の問いかけに、蓮二の口に久しぶりに薄い笑みが浮かんだ。
「決まっている…1000%だ」
 
 
 
 
END
 
 
 
 
オリジナルヒロインとの話の第一弾は私を立海地獄に陥れてくれた蓮二くんでした。正直この話を思いついた時にサイトのコーナー増設が決まったのです。
 
 
 
 
イメージソング   『Alwqys』   MISIA
更新日時:
2004/04/10
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Last updated: 2010/5/14