365 TITLE

        
31      背伸び   (鳳長太郎   年上幼なじみ設定)
 
 
 
 
 
 理想の人は『浮気をしない人』
 それは貴女をずっと好きでいたい気持ちの裏返し
 
 
 
 
 銀色に輝く髪を持つ背の高い少年…氷帝学園中等部の制服を着た彼は、その端正な顔つきには不似合いな、相当複雑そうな溜め息をつきながら歩いていた。どうやら悩ませている存在は手の中にある小冊子であるらしい。時々立ち止まってはそれを開いて目を通し、再びフーッと息を吐く…先程からそんなことの繰り返しである。もっともそんな時の憂い顔も、周りの視線を惹き付けてやまなかったのだが。
「…なんだかなあ」
そう口にしてみたものの、実際の感情は自己嫌悪に近い。出してしまったものは、もう元に戻らないという切なさにも満ちていた。
 事の始まりは数日前に受けた新聞部のインタビューだった。もちろん氷帝の男子テニス部には部員が二百名近く存在しているので、直接声をかけられたのはレギュラーメンバーのみということらしい。そしてその中に彼…鳳長太郎も加えられていたのである。まあ本人は『先輩たちの添え物みたいなものだし』と、随分気軽に考えてはいた。確かに部長の跡部はもちろん、忍足・向日・芥川・そして宍戸…自分より一年先輩には、それこそいくつもの美点を兼ね備えた男たちがいるのだ。「お互い苦労するな」と、帝王に常に寄り添っているあの男に言ったことが、まるで遠い夢の出来事のように感じられる。
 それはテニスの事というよりも、長太郎本人へのインタビューと言っていい内容だった。好物や得意科目まではよかったが、好みの女性のタイプまで聞かれては流石に違和感が残る。
「気軽に考えてくれればいいのよー」
相手の言葉とは裏腹に、緊張したまま表情が凍りついてしまう。その真面目さが完全に仇となってしまっていた。正直なところ『大きくなったら誰と結婚したい?』と問われたような気がしたのだ。しばらく考えた後に出てきたのは、『浮気をしない子』。他のレギュラーから散々からかわれたのは言うまでもない。
「フツーは顔とか性格なんじゃねーの?」
「…そうですよね…」
 いや、本当は宍戸にそう言われなくてもわかっていたのだ。ただ思うように告白してしまっては、それはただ一人の人に行き着いてしまう。自分としてはそれが不本意だったわけで…いざそれが活字となって表現されると、余計に恥ずかしさだけが加速してしまった。そして誰にも言えない切なさが溜め息へと姿を変えて、また零れてしまった。
「長太郎くん?」
背後から女性の大人びた声が彼を呼ぶ。しかし頭の中が自分のことで一杯なので、なかなか気付くことが出来ない。
「長ー太郎ーくんっっ」
結構な大声でようやくパッと後ろを向いてくれた。
「にっ新菜さんっ?」
「フフッ、何か困っているような顔をしていたわよ。悩み事?」
 そう言いながら隣に立った人は、長太郎の幼なじみであった。といっても五つも年が離れていれば一緒に遊んだという記憶はない。お互いにピアノを習っていたから、その関連で知り合ったお姉さんのような存在だった。
(でも姉さんなんて…一度も思ったことないけど)
女の幼なじみというのは少しずつ疎遠になってゆくものだが、彼女とは今でも変わらぬ感じで一緒にいられる。それは彼女が氷帝の学生だというのもあった。レギュラーのことについてもよく知っている。
「悩みなんて…」
「随分深刻な顔をしていたわよ」
 下から覗き込まれると、もう逃げ場がないことを証明するかのように真っ赤になってしまう。
「…それ…」
「はいっ?」
「新聞部の号外ね」
どうやら長太郎は無意識にそれを振り回していたらしい。
「懐かしいな。クラブの人気者のプロフィールを調べて公開してくれるの。ほとんど女子部員の趣味みたいなものだったけれどね…今もやっているんだ」
長太郎の心がまるで巨大な鉛の固まりを飲み込んだかのようにズンと重くなる。もちろん中等部に通っていた当時を懐かしむ新菜に罪はない。決して越えることの出来ない年の壁を意識して、一方的に傷ついただけなのだ。
 ぼんやりと彼女の姿を見ているうちに、サッと小冊子を取られてしまった。
「なっ、新菜さん?」
「もしかして長太郎くんもインタビューを受ける側になったの? テニス部ってもの凄い人気だものね」
「ちょっ…返して下さいよ」
「だーめ」
取り上げようと手を伸ばした時には、すでにページはめくられていた。おそらく彼女が一番先に見るのは、一番の顔見知りである自分のものだろう。そこで『浮気をしない子』と書かれているのを見られたい筈がない。たとえその中にある真実が新菜に伝わっていなかったとしてもだ。
「新菜さん、それ返して…」
 すると新菜は簡単にそれを見て、すぐに長太郎の手の中に戻した。
「長太郎くん、恋人でも出来た?」
「えっ?」
「突然ごめんね。でも好きなタイプのところに『浮気しない子』ってあったから、もしかしてと思って」
どうしてなのか、新菜の表情が悲しそうに揺れて見える。そして彼女がそこだけを見ていたことも気にかかる。
(俺…はっ)
思わず喉を突き破って出てきそうな気がする。今まで胸に封じてきたあの言葉が。でも…。
「好きな人は…います」
 自惚れてもいいのだろうか。もしかしたら今までの関係が壊れてしまうかもしれない。でも彼女の表情を変えられるのも自分しかいないと思えるのはどうしてなのだろう。
「恋人はいないんですけれどね。その人のことしか考えられなくて」
「そうだったの。あの小さかった男の子がそんなことを考えるようになったのね。なんか不思議な気がするわね」
「でも俺はその人にとっては単なる子供だから。年の差もそうだけど、時間が過ぎてゆくにつれて彼女はどんどん大人になっていって、いつまでも変わらない自分だけが残される気がして。背ばかり高くなっただけで俺自身は本当に情けないんです。その人の為なら何だって出来るって思いこんでいるだけで…」
人の気持ちに敏感な彼女は、もう自分の気持ちのなにもかもに気付いてしまっているだろう。後戻りはもう出来ない。長太郎は自分という人間がその場の感情に弱い人間だと思い知っていた。
「でも新菜さんが…俺が大人になるまで待っていてくれるのなら。それなら俺は…」
 夢中になって紡いでいた言葉が途切れた時、初めて新菜の手がそっと自分の頬に触れていることに気付いた。
「新菜さん…?」
「さっきの言葉、もしかしたらそのまま私にくれるつもりでいた?」
感情と一緒に涙も溢れてきそうだ。でもそうならないようにしっかりと目を閉じたのは、精一杯の男のプライドだったかもしれない。
「…はい」
「ありがとう」
目を閉じたままでは今の新菜の姿は見えない。でも彼女の言葉だけで表情が見える気がした。それだけの月日を重ねてきた自信だけはあったから…。
「でもね、本当にそう思ってくれているのなら、どうかいつまでもそのままでいて」
「新菜さん…」
「無理をして背伸びをすることなんて望んでいないよ? 今まで通りの優しい男の子でいてくれたら…私にとってはそれが一番嬉しいことなの」
 ずっと温めてきた気持ちを目の前にさらしたのは、何も長太郎だけではない。唇を手でそっと被いながら俯く新菜の姿は、まるで幼い少女のような消え入りそうな儚さを帯びている。
「あっ、あのね…」
「はい」
「大事な言葉は長太郎くんから言ってくれる?」
「えっ?」
「その…やっぱり信じられないっていうか…ね?」
赤く染まった夕日が新菜の長い髪を金色に輝かせる。そして緊張したお互いの赤面も優しく隠してくれた。
「初めて会った時からずっと、あなただけが好きだったんです」
これはあのインタビューがなくては導かれなかった出来事なのかもしれない。しかし彼女はもっとも望んだ言葉を、彼は恋人の温かな微笑みを、同時に手に入れたのだった。
 
 
 
 
 理想の人は『浮気をしない人』
 もちろん俺もそうします
 人を愛するって、そういうことだと思うから
 
 
 
 
END
 
 
 
 
初の氷帝組です。長太郎くんの相手は以前からなんとなく年上だと思っていました。ここで考えた二人の年の差は五才。14才と19才…すなわち中学生と大学生の恋だったりします。新菜のイメージはガールズサイドの葉月王子をそのまま女の子にしたみたいな、大人びているように見えて実はボケボケっぽい女性。これからは自然と長太郎くんがしっかりしてゆく筈…かな?
 
 
 
 
イメージソング   『LOVE GOES ON…』   Dreams Come True   
更新日時:
2004/08/29
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Last updated: 2010/5/14