365 TITLE

        
3      YES   (黒羽春風   幼なじみ設定)
 
 
 
 
 
 着物の仕度だの新しいネクタイだのの為に家族みんながバタバタしている中、一人の少年の怒鳴り声が響き渡る。
「ちょーっと待てよ! なんで俺だけいつもの学ラン着てくんだよ」
「学生の正装なんだからそれでいいのよ」
母親にあっさりとかわされてしまう。そりゃそうなんだろうけれど。
「だってこいつは新しいスーツ着ていくんだろ?」
こいつと呼ばれたのはまだ小学生の弟だ。艶々のスーツと赤いネクタイを身につけて、ニコニコ笑いながら出かける時を待っている。
「いい加減にしなさいよ、春風! 弟に八つ当たりなんて情けない…スーツならあんたが大学に合格したときにゴージャスな奴を買ってあげるわよ」
「ちくしょーっ」
 黒羽家が日曜日の早朝から大騒ぎしているのには、もちろん理由がある。家族の全員(飼い犬のみ除く)が結婚式に招待されているからだ。結婚するのは親戚同然の付き合いをしている隣家の長女だった。弟など披露宴の花束贈呈役を頼まれていたりする。
「この頃は少子化で適当な子供を見つけるのも大変なんですって。二番目のお姉ちゃんも控えていることだし、ならよそゆきを新調してもいいじゃないの」
それが次男のみスーツを新しくした母親の言い分だった。その隣家の日生家では、キャリアウーマン系の長女に続いて看護婦をしている次女もまた近いうちに嫁ぐ予定になっているのだという。末っ子の新菜は春風と同じ中3だからそんなこともないのだろうけれど…そんなことを考えているうちに、父親が車のエンジンをかけた。
「ほら、早く出かけるぞ」
「わーってるって」
 
 
 
 
 式の会場は市内でも有名な高級ホテルなのだという。今は小さな会場を貸し切ったパーティー形式のものが流行っていると聞いたことはあるが、新郎新婦の会社関係を考えると仕方ないものであるらしい。あまりの煌びやかさに、流石の春風もここにいるのが申し訳ないような気持ちになる。控え室に挨拶に行った両親と弟を見送り、それからどう時間を潰そうかと考えていたところ…。
「ハールッ!」
聞き慣れた元気の良い女の子の声に慌てて振り返る。
「にい…な…?」
「なーによう、そのお化けでも見たような顔!」
 そりゃそうだろう。いつもは長い黒髪を無造作に束ね、六角中の制服よりもジャージを愛し、自分の部屋に遊びにくる時はまるで泥棒のように屋根を伝ってやってくる…春風の知る新菜という女の子はそういう女の子だったのだ。なのに目の前にいるニコニコと笑っている少女は、髪をレースのリボンで飾り、淡いピンクのミニのドレスを着たいっぱしのレディではないか。しかも次の言葉がなかなか出てこないのは、それが結構似合っていたからに他ならないわけで。
「まあ無理もないか。いきなりお母さんからこれを着ろって言われた時は、私も一体どうしようかと思ったもん。これも一生に二回しかないお姉ちゃんたちの結婚式なんだからって諦めたけどね」
(よかった、いつもの新菜だ)
「お前もなかなか大変なんだな」
「ありがとー、ハルなら絶対にわかってくれるって思ってた!」
 春風の両手を握ってブンブンと力強く振り回すのも、やはりいつもの新菜だ。私も制服で来ればよかったのに…とブツブツ文句を言っている。
「どうせあんたも暇なんでしょ? パーラーでパフェでも食べよ」
「いいのかよ。お前の家族のことだろうが」
「いーの、いーの。湿っぽい別れは昨日のうちに済ませたしね。それに子供が行っても邪魔になるだけだよ? ハルだっておじさんとおばさんから置いてゆかれた側でしょ?」
しっかりと見抜かれていたか…だったら断る必要もないだろう。
「しゃあねえな、付き合ってやるよ」
しかし男のプライドにかけて、こいつの目の前では絶対にパフェは食わねえ…そう心に誓う春風だった。
 
 
 
 
 ホテルの片隅にある小さなチャペルが結婚式の会場だった。その後の披露宴とは違って、式は身内のみが参加して行われるのだという。お隣さんという特典がなければ黒羽家も参加させてはもらえなかっただろう。
「へえ、結構すげーのかも」
184pという長身を誇る春風でさえ、思わず見上げてしまうほどの大きさだ。パフェを食べながら話してくれた新菜によると、チャペルの建設には有名なデザイナーが幾人も参加しているのだという。もっとも教えてくれた本人は家族の元へと戻っていたけれども。そして教会の中も外見に劣らない豪華の一言だった。内装は木目を生かしたシックな色合いでまとめられており、ユラユラと揺れる蝋燭の炎がステンドグラスを浮き上がらせている。こんな温かい雰囲気の場所ならば、ウェディングドレスもさぞかし美しく見えることだろう。
 春風は背の高い自分が前に座るのが迷惑かもしれないと考え、家族から離れて一番後ろの席に腰を降ろした。それでも祭壇は充分に見られる位置にある。
「ハル…」
小さな声でそう呼ばれて体がブルッと震える。
「なんだよ、新菜」
「あのさ…隣に座ってもいいかな」
「はあ? だってお前は家族なんだから一番前に座るもんじゃねーのか?」
「うん、そうなんだけどね。でもなんとなくいにくいんだ」
彼女は背の高い春風がここに座ることを見抜いていたのだろう。
「近くでお姉ちゃんの顔を見たら、みっともなく泣いてしまいそうな感じなの」
気は強くて男勝りな部分があるくせに、情と涙にはからっきし弱いのだ。春風は新菜のそんな性格を親よりもよく知っていた。
「しゃあねえな」
「ありがと」
 教会の一番後ろの席に二人は並んで座った。学生服とピンクのドレス…一見ちぐはぐのような服装を咎める者はここにはいない。やがてパイプオルガンの音色があたりを包み、ホテルの職員が入り口の扉を開けた。
「うわっ…」
父親の手に引かれて、日生家の長女はゆっくりと中に入ってくる。ウエディングドレス姿の彼女はとても美しく、そこから幼なじみの面影を見つけることは出来ない。
「綺麗でしょ」
小さな声で新菜が話しかけてくる。
「なんつーかさ、別人みたいだよな。あのお転婆で気の強ええ姉ちゃんじゃねえみてえ」
「…そんなこと言ったって、いつかはハルもお嫁さんをもらう日がくるんじゃないの?」
興奮と困惑を隠さない春風に向かって、新菜はくすっと笑う。
「ばーか、まだ俺は15になったばっかだぜ」
「私は来年から全然オッケーだけどね」
「相手いんのかよ」
「…いないけど…」
 その時、新郎が新婦の手を取った。
「あっ…」
小さく叫んだと同時に、いよいよその場が静かに盛り上がってきた。牧師の説教は何一つわかりはしないが、それでも全員が熱心に耳を傾けている。時々嗚咽の声が聞こえたが…それはやはり花嫁の父親のものだった。
「いつかハルがこうして結婚式を挙げる時が来たら…その時は私が隣にいられたらいいのに」
新菜の口から小さく言葉が紡がれる。それは聞こえてほしいような、ほしくないような…ちょっと複雑な響きがした。ハンカチを口にあててガタガタと震えている理由は、本当に姉が嫁ぐ寂しさだけなのだろうか。
「新菜?」
 しかし彼女からの返事はない。こんな雰囲気だから言えた言葉なのかもしれないと、春風は首をひねった。だってそうでなければこんなことを言うはずがないのだ。自分のことを『幼なじみの腐れ縁』だと言い続けたのは彼女の方なのだから。
(冗談だとしたら…結構へこむな)
 小さく溜め息をついて、真っ直ぐに前を見た。並んで立つ二人の…知っているはずの花嫁よりも、何故かまったく知らない花婿の方に目が行ってしまう。
(もし新菜にそういった相手が出来たとしたら…)
男である自分よりも、女の新菜の方がそういう瞬間が訪れるのはより近いのだろう。その時も今と同じように自分は後ろの席に座っているのだろうか。そして花嫁を見つめてどういった気持ちになるのだろうか。
「…練習しておくか?」
「へっ?」
涙に濡れた目を大きく見開いて、新菜は春風を見つめる。そこには腕と足を組んだ格好で、それでも顔を真っ赤にしている彼がいた。
「あのね、ハル…」
「そろそろ始まるぞ」
 
 
 
 
 汝この女子を娶り、神の定めに従いて夫婦とならんとす。
 汝、その健やかなる時も、病める時も、これを愛し
 これを敬い、これを慰め、これを助け、その命の限り、
 固く節操を守らんことを誓うか。
 
 
 
 
 「誓います」
 
 
 
 
 汝この男子に嫁ぎ、神の定めに従いて夫婦とならんとす。
 汝、その健やかなる時も、病める時も、これを愛し
 これを敬い、これを慰め、これを助け、その命の限り
 固く節操を守らんことを誓うか。
 
 
 
 
 「誓い…ま…す」
 
 
 
 
 祭壇では本物の花婿と花嫁が小さな声で誓いを述べる。そして教会の一番後ろの席では、近くて遠い将来にここに立つであろう二人がお互いの手をしっかりと握りしめていた。
「まあ十年は後の話だろうけどな」
「…長いよねえ」
「大学だって行かなくちゃなんねーし、全ては就職した後だろうし」
「ちょっと待って!」
「なんだよ」
「ハルって大学に行くつもりあったの?」
「…殴んぞ」
 
 
 
 
END
 
 
 
 
バネさんはぴばー♪ 設定だけは相当以前から出来ていた幼なじみとの話をようやく書けました。六角のお話は必ずお嫁さんやら結婚やらのキーワードが出てきているような…全員初恋が実っていそうな可愛い連中だからなあ。
 
 
 
 
イメージソング   『パレードしようよ』   プリンセスプリンセス
更新日時:
2004/09/09
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Last updated: 2010/5/14