365 TITLE

        
24      新しい仲間   (幸村精市   マネージャー設定)
 
 
 
 
 
 ランニングを終えてベンチに戻ってきた真田弦一郎は、ぼんやりと校舎横の丘の方を見ている友人に気がついて声をかけた。
「幸村? どうした」
「真田か」
入部してすぐに意気投合して親友となった男だが、その視線が真田へと移ることはなかった。
「一体何があるんだ」
「…誰かがこっちを見ているみたいでね」
「偵察か!?」
 真田の厳しい顔つきが更に引き締まる。そして近くで会話を聞いていたもう一人の友人の柳蓮二もやってきた。
「穏やかな話ではないな」
「ここで練習の内容を探られるのは、俺達の事も広まってしまうということだ」
二人が必要以上に偵察にこだわるのには理由があった。真田弦一郎・柳蓮ニ・そして幸村精市…4月に入部したばかりのこの3人は、その卓越したプレイによって新任の監督からレギュラーに抜擢されていたのだ。もちろん小学生の頃からすでに知られていた名前でもあった。しかし目標に掲げた『全国制覇』を成し遂げる為にはこの3人の情報を易々と手渡すわけにはいかない。真田も柳もそのことを強く意識していたのだ。
「いや、違うだろう。うちの制服の女の子だ」
 幸村はあえて視線を外さぬまま、しかし相手に向かって指さすような真似はしなかった。視線の主を追いつめたり驚かせたりしない為だ。
「相変わらずミーハーな輩が覗いているのか! まったくたるんどる!!」
そんな真田の口調も相変わらずだった。しかし男子テニス部の応援と称して騒ぎに来ている者も多いので、彼の言動を責めるわけにはいかない。彼らも色々と大変なのだ。しかし…。
「本当にそうなのか?」
柳の少し疑うような言葉に、精市はフッと笑う。
「何が?」
「弦一郎が言った通りの本当にミーハーな輩が相手なら、お前がそこまで興味を持つこともないと思うが」
データマンとして相手の心理の裏の裏まで読みとる男だ。大した言い訳もせずに黙り込むことに決めた。
「とにかくだ、何かがあってからでは遅すぎるのだからな。気がついたことがあれば監督に報告するのだぞっ」
「…わかっているよ」
 幸村精市は決して無理をする性格ではない。今の言葉に嘘やごまかしもないだろう。
「行くぞ」
「…ああ」
それでも彼が相手から視線をそらすことはなかった。
 
 
 
 
 翌日の放課後、その人物はまるで揃えられたかのようにいつもの位置に腰を降ろし、いつもと変わらぬ風景を見ていた。テニス王国として全国的にその名を知られているこの学校では、男女共にいくつものコートが与えられており、その中で互いを磨きあうかのように厳しい練習が日々続いている。その人の眼差しは部員たち一人一人の状況を的確にとらえ、時にはフフッと微笑み、時には小さく『あっ』と叫ぶこともあった。いつの間にかそれに夢中になっていたのか、背後に誰かが立っていることすら気がつかないほどに。
「…やあ」
「キャッ!?」
 突然話し掛けられて体がピクッと震えた。振り返ると、そこには穏やかな微笑みを浮かべた少年が自分を見おろしている。
「あのっ、私…」
「驚かせてごめん。でも君はいつもここでテニス部の練習を見ていたよね」
「すみませんっ」
慌てて立ち上がり、頭を下げる。
「違うよ、そんなに謝らないで。ただよっぽどテニスのことが好きなんだろうって思ってさ。一度話をしてみたかったんだ」
「幸村くん…」
相手の名前を口にしてしまい、すぐにハッと両手で覆ってしまう。
「俺の名前を知っていてくれたんだね」
「ごめんなさい。でも幸村くんは有名だから…」
「気にしないで。同じ学年なんだから名前くらい知っていてもおかしくないよね、日生新菜さん」
 新菜にとってはこれ以上の驚きはなかったに違いない。彼はテニス部のルーキーとして注目されている存在だったが、自分にはそんな要素など欠片もなかったからだ。返事も出来ぬまま目をパチパチさせている彼女に、また優しく微笑んだ。
「隣に座っていい?」
「あっ、ハイッ」
自分たちの目の前に広がる世界を見て、精市は言葉を失ってしまった。ここから見えるテニスコートの風景は、緑と白…そしてオレンジ色が散らばる素晴らしいものだったからだ。ここならば毎日来たとしても楽しい時間が過ごせるだろうと思えるほどに。
「凄いな。コート側にいるとこれが見られないんだ」
「幸村くんの様子も、ここからよく見えるよ?」
 これが二人の初めての会話らしい会話だった。新菜の微笑みに精市の心臓がトクンと音をたてる。
「でもそんなに好きならどうして女子部に入らないの?」
「どうしてなのか、運動面の才能がまるっきりないの。好きな気持ちは変わらないけれど、ここではそれだけじゃ通じないから」
そうでもないのに…と言ってやりたい気持ちはあった。しかし彼女の言葉は間違いなく今の立海大附属のあり方そのものだろう。入部を拒否はされないだろうが、足手まといになることはその何倍も辛い。
「マネージャーでもいいかと思っていたけど、女子の方を見て」
「あれは…」
 ランニングしている集団の中に精市は一人の選手を見つける。そして改めて新菜の顔をマジマジと見つめた。
「そっくりでしょ。私と梨緒は双子なの」
「聞いたことはあったよ。女子部にもの凄いルーキーが入ったってことは」
「でも同じ顔の女の子が同じ部にいたら間違いなく混乱するから。特にあの子…周りをパニックに陥れるの大好きなの。そこで迷惑をかけるわけにはいかないと思って」
 その表情は何か苦いものを噛みしめているかのように見えた。おそらくは妹のことを言い訳に使っているのが心苦しいのだろう。そうでなければここに通って練習を見守るはずがない。おそらくは妹への愛情もテニスへの情熱も…本物なのだろう。
「もしも…俺がテニスに関わらせてあげるって言ったらどうする?」
「えっ?」
「善は急げってこと。まずは職員室に付き合ってもらえるかな」
精市は新菜の手を取って立ち上がらせると、そのまま校舎に向かって走り出した。
「ちょっと待っ…きゃああーーーっっっ」
 
 
 
 
 新菜の運動神経を無視したまま走った末に、二人は職員室の前へとやってきた。
「失礼します。水谷監督はおられますか」
精市の言葉に、まだ若い英語教師が頭を上げる。
「よぉ、幸村か。どした? 今日は彼女連れか?」
「違いますっ」
慌てて新菜が否定するものの、相手はニヤニヤしたまま二人を見ている。
「あまりからかわないでもらえますか。一応は真面目な相談に来たんですから」
「ほう…」
大丈夫だから…と彼女の耳にささやき、監督の前に自分が先に立つ。
「以前に男子テニス部に一年のマネージャーを入部させたいとおっしゃっていましたよね」
「まあな。それでそこにいる彼女が希望者というわけか」
 まるで他人事のような口調だったが、水谷はここに立つ俯きがちな女子生徒のことを知っていた。双子の妹が女子テニス部の暴れん坊というのもあるが、姉の方もテニスに関しては非凡な才があり、選手の状況を的確に見抜くことが出来ると聞かされていたのだ。マネージャーでもいいから引き抜きたい…そういう気持ちは向こうでも持っているらしい。しかしテニスに関する過剰なコンプレックスの為に、最早誰でも声をかけられる状況ではないのだという。精市がここまで連れてきたのも何かの縁だったのだろう。なんとか自分たちのところに引き入れたい…それまで見ていた小テストの解答を片づけて、改めて二人の目の前に椅子を向ける。
「すでにわかっていることだと思うが、立海大附属中の男子テニス部は全国の常連という事になっている。俺も在籍時は何度かその舞台に立った事もある。しかし未だに全国一を成し遂げてはいない。昨年度に退職された恩師から男子テニス部を引き継いだ時、俺は悲願のそれを第一の目標に掲げた」
 とつとつと語る監督の言葉を、精市だけではなく新菜も一緒に噛みしめる。実際に全国の厳しさを知る者の言葉は重いものだった。
「でもだからといってレギュラーの中心になる三年ばかりを強化するのでは意味がない。長い目で今後の事を考える必要があるだろう。一年の3人をレギュラーに加えたのにもそういう意味がある。そしてそれはマネージャーの件についても同様だ」
「はい」
「その為に一年生の中からテニスのことを良く知っているマネージャーを求めていたということだ。お前なら立派にやりこなせると思っている。出来るのならばこちらから土下座してもかまわないくらいなんだが」
 新菜の胸が誰かに掴まれたかのようにギュッと痛くなる。自分のことをこのように評価してくれる人間がいたことが信じられなかったのだ。そしてここまで連れてきてくれた本人も、迷うことのない信頼の眼差しを寄せてくれている。
「私でもテニス部のお役に立てますか?」
「気持ち次第だと思うがな」
「ありがとうございます。私をマネージャーとしてテニス部に入れて下さい。お願いします」
茶色の髪を揺らしながら深々と頭を下げる。
「決まりだな。届けは後日でもかまわないが、折角だし今日から参加していってもらおうか。部室にはこちらから連絡を入れておく」
「はい、わかりました」
 
 
 
 
 新菜と一緒に部へ向かおうとした精市を、水谷は呼び止めた。
「良い子だな。よくここまで連れてきてくれた」
「別に監督がマネージャーを探していたから連れてきたわけではないですよ」
まるでしてやったりといった感じの言い方に、精市は反発する。彼女の為にと思っただけであって、顧問の言いなりになったつもりはない。
「わかっているよ。ただあの子も俺達と同様に、テニスがなくては生きてゆけない人種だって事だ。これから上手に物事が運ぶかは…お手並み拝見といったところか。それからこのことはすぐに真田と柳にも話をしておけよ? しばらくは周りから好奇の目で見られるだろう。フォローに回れる準備はしておいた方がいい」
「わかりました」
 一応の話を終えた水谷は机の上を簡単に整理すると立ち上がった。
「ただあまり私情には走るなよ」
「どういうことです?」
ロッカーの鍵を回して、中からジャージを取りだした。
「年相応のお付き合いをしなさいってことだ。あんまり無茶なことをするとねーテニス部の全国はおろか、俺の首まで飛んじゃうわけよ」
まだ幼い二人の気持ちなど、人生を数年先を歩いている先輩は見抜いていたのだろう。ニヤリと意味ありげに微笑んだ。しかし一瞬だけ絶句した精市もすぐにやり返す。
「心に止めておくようにします」
「そうしてくれ」
「でも体は止められるかな…?」
「コラッ!」
 
 
 
 
 
END
 
 
 
 
新菜以上に監督の方がオリキャラですね。立海大附属の卒業生で、テニス部のOBでもある二十代前半の若い英語教師という事になっています(当然赤也をいたぶるのが大好き)。初期の設定では『卒業を控えた立海大生で、就職活動にいそしんでいる為に試合会場に来られない』というフォローが入っていました。
あと新菜の双子の妹は手塚くんの知り合い? という設定のおまけ付き。梨緒は勝ち気で明るい元気な女の子です。機会があればこっちも書きたい。
 
 
 
 
イメージソング   『愛が呼ぶ方へ』   ポルノグラフィティ
更新日時:
2004/08/29
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Last updated: 2010/5/14