365 TITLE

        
20      コピー   (仁王雅治   同学年設定)
 
 
 
 
 
 手を握り合った男たちは、すぐにそれを離して互いに背を向け、それぞれに歩き始める。目的の場所は同じだったかもしれないが、お互いに違う場所で頭を冷やす必要があったせいだ。そのうちの一人…眼鏡を整えた真面目そうな少年はずっと成り行きを見守っていた存在の元へ歩みを進める。
「新菜…?」
その人はフェンスに背を預けながら、長いツインテールの先を弄んでいる。スッと手を上げた相手を見つけるとそのまま走り寄って腕の中に飛び込んだ。急に抱きつかれたことで二人の体は大きくバランスを崩す。
「…おっと」
「ねえ、聞いて! 今すっごい面白いものを見ちゃったの」
彼を見上げる表情は満面の笑顔だ。子供が悪戯を成功させたかのような感じのアレである。
「何がです?」
「『知らない学校の目つきの悪い男の子』のフリをした『柳生比呂士』になりすまして『悪そうな学校の連中』をテニスで叩きつぶした『仁王雅治』のコト!」
 たまには待ち合わせに遅れてみるもんねーと明るく笑い飛ばしている。するとこちら側としては観念する以外にないわけで。
「ピヨ…」
「大正解! でしょ」
軽くウインクする恋人を右手で抱き寄せ、左手で頭を被っていたウイッグを外す。茶色の髪が眩しく輝く銀髪へと変化した。そしてトレードマークでもあるしっぽもようやく外に出てくる。最後に眼鏡を外すと、もうそこに立海大附属の紳士の姿はどこにもなかった。仁王雅治…いつの間にか『コート上の詐欺師』と呼ばれるようになった男だ。
「流石新菜じゃの」
「彼女とのデートに他の男の格好して来る方が怪しいわよ」
「確かにの。でもなんかこうしていると楽しそうな出来事が起こりそうな予感が…」
「そしてその予感が的中したってこと?」
「当然!」
 そして彼女だけが真実に辿り着くことも予感の一つに数えられているのだろう。新菜は左腕に抱きしめられたまま、腕だけを伸ばして彼の首に巻き付けた。
「雅治のそんなところってものすごく好きよ」
「じゃろ?」
「でも絶対に無理だけはしないで」
新菜の表情は抱きつかれた体勢からはわからない。しかし確実に声は怒っている。
「私なら黙っているだけですんだろうけれど、真田が相手ならボコボコにされていたかもしれないよ?」
立海大附属中学の男子テニス部は他校との草試合を禁じている。試合の前に手の内を見せる必要はないからだ。長年先輩から受け継がれたそれを破ることがあれば、現副部長である真田弦一郎から恐ろしい鉄拳を浴びることになるだろう。それは吹奏学部所属の新菜さえよく知っている有名な話だ。
「逆じゃ。真田の方が全国蹴ってもボコボコにしよったよ」
「…は?」
 新菜の体を一旦離し、雅治は楽しそうにゲラゲラと笑い始めた。
「東海の六里ヶ丘中って知っとるか?」
「それがさっきの対戦相手? 有名なところなの?」
「東海の優勝校じゃけ、実力は確かじゃろね。もっともメンバーのおつむのレベルは下から数えた方が早い…これはうちの参謀からの受け売り」
確かにそうかも…と新菜は先程の試合を回想しながら思う。最強王者と呼ばれる立海大附属の試合ばかりを追いかけてきた彼女は、本当の実力者のテニスというものを知っていたのだ。残念だが彼らのテニスは自分たちの学校の足下にも及ばないだろう。
「それで、どうしてその東海の人たちと遺恨試合みたいなことしたわけ?」
二人で並んで歩きながら新菜はそう話し掛ける。すると雅治の反応は意外にも静かなものだった。
「幸ちゃん…がな」
「幸ちゃんて、幸村のこと?」
「病気のことについて色々勝手に言いまくってくれたんじゃ」
 幸村精市…立海大附属中学男子テニス部の部長である。先頃難しい病の手術を終えた彼は、無事に退院して現在はリハビリに励んでいる。もちろんその視野は迫り来る全国へと向けられており、関東大会とは全く違う真実の立海を蘇らせる為に、ベンチにも積極的に出てテニスのカンを取り戻そうと必死になっていることを新菜も知っていた。しかし類い希なる実力者ゆえに病を歓迎し、その隙に王者の座から立海を引きずり降ろそうとする声が多いのもまた事実なのだ。それを偶然耳にした雅治も殴りかかりたい気持ちを必死に押さえていたのに。
「そこに正義の味方の参上じゃ」
「あのバンダナの男の子だね」
「元々そういう性格だったんじゃろ。単純そうで妙に義理堅そうなのはジャッカルに似てるかもしれんの。」
 スキンヘッドの友人を思い浮かべて二人は笑う。もしかしたらあの少年も無意識に苦労を背負っているタイプなのかもしれない。でもそこまで思いかけて新菜はハッと我に返る。
「まさか先に手を出したのって…」
「そういうこと」
雅治は近くにあったベンチに腰掛けて、んーっと大きく空へと伸びた。新菜も慌ててその隣に座る。
「なるほどね。あの場所にいた『柳生』が止めなくちゃ、関東優勝校が出場停止になっちゃったわけだ」
「あのパンチは是非新菜にも見せてやりたかったの。思わず自分の姿忘れて拍手するとこじゃったわ」
その時のことを回想する雅治に、先程の暗い影は存在していなかった。おそらくは…彼自身が青学を救い、また彼自身も海堂という少年に救われたのだろう。
「よかったね!」
「…なにが?」
聞き返す雅治を無視するように、新菜も大きく空へと伸びる。
「言ってみただけーっ」
 その時、会場から観客の歓声が聞こえてきた。どうやらプロの試合も佳境に入ってきたらしい。
「凄いね」
「俺らも行くか」
「うんっ」
二人はいつものように手を繋ぐと、そのまま会場の入り口まで駆けていった。偶然手に入れた二枚のチケットだが、本当ならばこの試合をチームメイトたちも見たかったに違いない。でも最近は満足にデートもしていない恋人と彼らを雅治特製の天秤で計ると…相当な確率で彼女へと傾くのだ。まあとんでもないアクシデントはあったが、あんなにきつく抱きしめてもらえるのなら全てはチャラだろう。
「でもさあ」
「ん?」
「なんであのバンダナ少年とまで入れ替わる必要があったの? そもそもああいうタイプがこういったことにノッてくるとは思えないんだけど」
「…ああ、あれね」
 きょとんとした顔で覗き込んでくる新菜に向かってニィと笑う。
「例の東海代表な、噂では取材班っちゅーのを使って悪質なデータ収集をしてるらしい」
「柳もそれくらいのことしているんじゃないの?」
「うちの参謀も試合を見に行くことはあるけどな、その内容のほとんどは本人の頭からひねり出されているもんじゃけ、連中と一緒にしたら泣くぜよ」
あの表情をめったに変えない男が泣くのも想像がつかないが…それでも新菜の頭から疑問は消えない。
「さっきの試合の最中でもその取材班とやらはビデオを回していたはずじゃ」
「ということは…嘘のレーザーのデータを持ち帰ったってこと?」
 有頂天になって帰った六里ヶ丘の面々がちょっとだけ気の毒に思えてしまう。でも今回ばかりは相手が悪い…悪魔をもだませると幸村精市に言わしめた最強の詐欺師だったのだから。あの場所にレーザービームの使い手である柳生比呂士は『存在していない』のだから、いくらビデオを分析しても無駄というものだろう。
「あ・き・れ・た…が誉め言葉になっちゃいそうね」
「もっと誉める事柄があるぜよ」
雅治はきっぱりと言い切った後に、ポケットから何かを取りだして新菜に見せた。それは小さな長方形の箱のような…。
「まさかこれ、ビデオテープ?」
「さっき偶然すれ違ったけん、一本拝借しただけじゃ。どこの学校のデータかは知らんけどな」
「うわあ…」
偽者の情報を掴まされただけでなく、貴重なテープの一本をすられたのだ。その後の取材班がどうなるかは想像がつく。連中にとっては単なる悪口だったのだろうが、そのせいで貴重な情報を失う羽目になったのだ。壁に耳あり、障子に目あり。そして立海大附属にはこの男がいる。破れたのが勝負だけではなかったのだと気がついても後の祭りだろう。
「それ、どうするの?」
「こうする」
ビデオテープは彼の手から放り投げられ、そのまま近くのくずかごに落ちていった。 
 
 
 
 
 会場の洗面所で文字通り頭を冷やした海堂は、再び指定席に向かって歩き始めた。喧嘩っ早くて頭に血が昇りやすい部分は自分の欠点の一つだったが、今回はひたすらに自己嫌悪の対象になる。無論悪口を笑いながら語る者の人格を肯定するつもりはまったくないが、一歩間違えれば全国の出場停止になりかねない状況だったのだ。もし最悪の事態になったならチームメイトにどう言い訳が出来ただろう。しかし今はかつては敵としてコートに立っていた男によって心ごと救われたような…そんな気持ちになった。
「雅治! こっちこっちー」
 突然すれ違った女の子の明るい声に海堂は我に返った。長い髪を二つに結んだ彼女は知らない学校の制服を着ている。
「慌てんでも席は逃げんぞ、新菜」
「でも試合は終わってしまうでしょ? 折角プロの試合を見られるのに」
慌てて駆け抜けてゆく少女と反対に、同行している少年は落ち着いているようだ。
「はやくっ、はやくー」
「はいはい」
台風のような二人のやりとりを海堂は呆然と見送った。しかしその途中でで何かが頭の中をかすめてゆく。
(今の男…どこかで…)
そう思った瞬間に男は海堂の横をなんでもないように通り過ぎて行く。やがてプロの試合と歓声に巻き込まれて、海堂の脳裏からそれらのことは瞬時に消え去ってしまった。結局はわからなかったのだ…その二人の正体も、そして通り過ぎる瞬間に男が浮かべた皮肉な笑みの意味も。
 
 
 
 
 
 
 
END
 
 
 
 
 
海堂くんとの入れ替わり作戦・イン・仁王編でした。(ちなみにこれと対になるのが柳生くんの『喧嘩!』というタイトルの創作です。)こっちは原作のエピソードを使ったパラレルワールドということで。でも実際にありそうなところがこの二人の怖いところだ。
 
 
 
 
 
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更新日時:
2004/11/02
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Last updated: 2010/5/14