365 TITLE

        
21      10年後   (佐伯虎次郎   未来設定)
 
 
 
 
 
 小さな控え室の中にある等身大ほどの鏡をじっと見つめる。そこには小さい頃からずっと憧れ続けていた夢が存在していた。デザインこそシンプルであるものの、裾はふんわりと丸く膨らんでおり、頭上のヴェールは霞のように見え、銀色のティアラも優しい輝きを放っている。もしこれらに問題があるとすれば、この現実を信じられずにぼんやりとしている彼女自身にあるのだろう。
(これって本当に私だよねえ…)
純白のウェディングドレスを纏っている鏡の向こうの自分を指先でつんつんと突っつく。当然向こうからも同じ反応が返ってきた。
「何してるの?」
「きゃああああっっ」
 後ろに立っていたのは今日のもう一人の主役だった。グレーのタキシードを着て、手には白い手袋を握りしめている。
「虎次郎くん…」
「相変わらず新菜は面白いね。鏡に向かって『これって本当に私かなあ』なんて思っていた?」
「…うっ…」
図星であった。
「間違いなくここにいるのは新菜だよ? 世界で一番可愛い俺の花嫁さん」
「あっ…ありがと…」
 花嫁のヴェールの乱れた部分を手を伸ばしてそっと直してくれる。その間新菜はじっと彼の姿を見つめていた。自分がもし世界で一番可愛い花嫁になれていたのだとしたら、この人はそれ以上に素敵な本当の王子様だ。その印象は初めて出会った中学の頃から少しも変わらない。あの頃は彼に憧れていた女の子は本当に星の数ほどいて…そんな中から自分を選んでくれたのは夢ではないかと思ったほどだ。そして今ももしかしたら夢なのではないのかと思っている。
「でも…でもねっ」
「何?」
「虎次郎くんも、ものすごく…かっこいい…よ」
そこまで言い切っておきながら、もうすでに顔は真っ赤になっている。虎次郎自身は自分の姿を別になんとも思っていないのだが、こういう新菜の可愛らしさには笑みを浮かべずにいられなかった。
「ありがと」
 時々光にさらされて銀色に輝くタキシードは彼にとてもよく似合っていた。すると脳裏に突然あの時の光景が浮かんでくる。
「…ロミオ様…」
「えっ?」
「中学の時のお花見会のことを覚えている? 虎次郎くんのクラスでロミオとジュリエットの劇をやったでしょう?」
虎次郎もすぐに思い出したのか、小さくああと言って頷いた。
「桜の花びらがヒラヒラと舞っていて、その真ん中にいたロミオが本当に綺麗だったの。でも本当に消えてしまいそうなくらい儚げで…心が誰かに掴まれたみたいにギュッと痛くなって」
「新菜…」
「その時のちょっと切ない気持ちを思い出してしまったみたい」
 それは今の彼が儚く見えるのではなく、初めて恋をした瞬間を忘れられずにいるのだろう。
「教えてあげようか?」
「何を?」
「その時のロミオだった俺が何を考えていたかをさ」
キョトンとした顔の新菜に向かってニィと笑って見せる。
「確かに主役をやれたのは光栄だったけどね。でも本心は『こんな奴やだー友達になりたくねー』って思ってた」
「ほんと!?」
「あのメロドラマっぽいのが苦手だったんだ。ドミノ倒しみたいに次々と不幸がやってくるだろ? 妙にじれったい気分になったりしてね。俺なら出会って好きになったのなら…絶対フリーにしないでそのまま逃げてやるのになって、実は今でも思うことあるよ」
 少し身を屈めて新菜と自分の額をそっと重ねる。
「ごめんね。傷つけた?」
「ううん…そっちの方がずっと虎次郎くんらしいよ」
あの時の切なさは確かに忘れられないけれども、それよりも大切なのは二人で重ねてきた時間の方だ。あれから10年…彼はその通りに甘い束縛で彼女のことを包み続けてきたのだから。
「私は今ここにいる虎次郎くんのことが本当に大好きで…だからいつまでも一緒にいられることが嬉しいの」
「じゃあ俺は神様よりも先に新菜に誓うよ。これから二人に沢山の子供が生まれて、そして孫も生まれて、一緒にじいさんとばあさんになる時が来たとしても…その時も絶対に新菜のことをフリーにしたりしないからね」
「はいっ」
 
 
 
 
 抜けるような青い空を、幸福の象徴である純白の鳩が飛んでゆく。緑豊かな地に建てられた教会の扉が開け放たれると、そこから出てきたのはまだ若く初々しい花婿と花嫁であった。つい先程神の前で誓いをたてて夫婦になった二人である。
「おめでとう、新菜ーっ」
「やったなサエ!!」
身内と友人たちだけを招待した小さな式だったが、温かな祝福と笑顔で満たされ、そのことが伝わるたびに花嫁はポロポロと涙を流した。それに気がついた花婿がそっと指で拭ってやるシーンなど童話の中の王子と姫のようで、皆が感嘆の溜め息をついたほどだった。
 歩み寄る二人の頭上に花びらのシャワーが浴びせられる。その列の中には、あの頃青春時代を共有した仲間たちの姿もあった。3年間部長という大役を務め、男子テニス部を連続して全国へと導いた男の隣には、ダブルスとしても漫才コンビとしても有名だった二人がいる。テニスプレイヤーとしての佐伯虎次郎の恋女房は、顔を真っ赤にして鼻息を荒くしていた。一時は生活を別にしていた双子の兄弟の間には、未だ現役で顧問を続けている老人が仙人のような髭を撫でながら温和な笑みを浮かべている。
「こっ虎次郎くんっ、私どうしよう…」
「どうかしたのか?」
具合が悪くなったのかと思い、慌てて支えようとする。しかし新菜は首を横に振った。
「こんなに沢山おめでとうって言われて、幸せすぎて壊れてしまいそう…」
 そんな様子も可愛いとは思えるが、でもここにいる人たちが望んでいるのは彼女の笑顔の方だろう。
「…わけてあげたら?」
「えっ?」
「俺達の幸せをみんなにもさ。きっと待っているよ、新菜がブーケを投げる瞬間をね」
花嫁のブーケは、それを受け取った人が次の花嫁になれるのだと言われている。もし青いリボンで束ねられたブーケが誰かの手に渡ったのだとしたら…水面に雫が広がってゆくように、幸せが皆の元へと繋がってゆくような気がする。
「新菜ちゃーん、こっちに投げてねーっ」
「剣太郎違うのねー。ブーケを受け取るのは女性の方なのね」
「えーいいじゃん。僕も可愛いお嫁さんが欲しいよ」
「ブーケはプーッケないように投げ…」
「お前はこのめでたい席でもそれを言うかッ!!」
あの時と変わらぬ蹴りが見事に頭にヒットした。
「「クスクス…いつまでも変わらないね」」
そのような会話が一部で繰り広げられている中、新菜の手からブーケがフワリと舞って、愛する人たちがいる場所へ弧を描いて飛び込んでいった。
 
 
 
 
ーこの幸せを、愛する全ての人たちへ
 そして変わらぬ想いを、たった一人の貴方にー
 
 
 
 
 
END
 
 
 
 
ジューンブライドの季節の話が突然書きたくなったのでした。お相手はテニスのキャラの中でも正統派王子様のサエさんで。こんな美少年を隠していたとは…侮りがたし六角。
 
 
 
 
イメージソング   『時間旅行』   Dreams Come True
更新日時:
2004/06/16
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Last updated: 2010/5/14