365 TITLE

        
16      チーム   (幸村精市   マネージャー設定)
 
 
 
 
 
 関東大会決勝から数日後、その日に受けた重要な手術を無事に成功させた幸村精市の病室に、一人の少女が見舞いに訪れていた。立海大付属中の制服を着た彼女の名は日生新菜。男子テニス部のマネージャーであり、精市の恋人でもある。彼女は彼の容態が落ち着くのを待って、こうして決勝の様子を報告に来たのだ。見舞いにと持参した果物の皮を器用な手でクルクルと剥いて、ガラスの器に入れて差し出した。
「はい、どうぞ」
「ありがとう」
 こういう穏やかで優しい瞬間でも、新菜の唇は止まることはなかった。静かな口調であの日のことを一つ一つ話して聞かせる。精市もまた彼女自身が記録したノートを見ながら、必死といった様子で耳を傾けていた。対青学戦…彼らにとってはS1までもつれ込むことなど想像もつかないことだった。ダブルスの二戦こそ順調に勝利することが出来たものの、全国を知る2人と期待のエースが続けて破れてしまったことによるダメージはあまりにも大きすぎた。新菜は自ら望んで彼への報告を行っているものの、それをどのように話そうか未だ思案しているように見えた。
 話の内容によって精市の表情も微妙に変わる。冷静であったり、優しい微笑みを浮かべたり…時に眉をひそめ、時には強く唇を噛みしめることもあった。そして…。
「真田が準優勝を拒否したのか?」
「ええ…」
膝の上で握りしめる手の力が強くなった。このことを彼にどう切り出そうかは随分と悩んだが、だからといって避けて通るわけにもいかない。
「そうか…」
精市はノートを閉じると、そのまま視線を病室の窓へと向ける。大きく開け放たれたそこからは暑い空気が吹き込んで、彼の時折ブルーに輝く黒髪を揺らす。次の瞬間…もうこれ以上は耐えられないかのように大きく吹き出すと、そのままゲラゲラと笑い始めた。
「精ちゃん?」
「ごめんごめん。でもなんか想像したらおかしくってさ」
 新菜は全ての緊張から解放されたかのように、がっくりと項垂れてしまった。まるで自分が遊ばれてしまったような気がして、頬も自然と膨らんでゆく。
「精ちゃんの意地悪…」
「別にいじめたわけじゃないよ。たださ、真田らしいなって思ったんだ」
立海大附属の男子テニス部副部長として、顧問と部長が不在の間一人でチームを率いてくれたあの男に対し、精市は本当に心から申し訳ないと思っていた。本人は決して弱音を吐く人間ではないが、全身で王者という名前に対するプレッシャーを受け止めていたのだろう。閉会式での暴言は決して許されることではない。しかしその行動に素顔の15才の少年がいるような気がして、それが妙に嬉しかった。
「ねえ新菜、新菜は真田がどうしてそんなことを言ったのかわかる?」
「えっ?」
「真田はね、自分自身が泥を被ってでも王者・立海の名前を守りたかったんだよ」
 精市の言葉の意味がわからずに、新菜はただ無言で彼を見つめていた。フーッと息をつきながら首を横に振ると柔らかなくせっ毛もふるふると動いた。
「もし俺がその立場だったなら…はたして同じことが出来たのだろうか。もしかしたら準優勝という現実をありのまま受け入れていたかもしれないね。それと同時に立海は王者の名前を取り上げられたかもしれないんだ」
精市はクスッと笑い、手を伸ばすと新菜の頬にそっと触れた。
「それに真田以外のメンバーも案外それでスッキリした顔をしていたんじゃないのか?」
「そう…かも」
 澄み渡る大空の向こうまで轟くようなあの叫びは、その場にいた他者の心を飲み込んでゆくほどの迫力に満ちていた。たとえ敗北という苦い思いを存分に味わっていたとしても、彼らの姿は王者の名に相応しく、その力も存在感も圧倒的だったのだ。
「みんなはそのことをわかっていたんだね。どうしてもそう言わずにいられなかった真田くんの気持ちも…」
「ああ」
「だったら私もまだまだ甘いよね。今までみんなの近くにいるつもりだったのに、そのことに気がつけなかった」
精市の手は彼女の頬から離れて、次はサラサラの長い髪に触れた。
「そんなことはないよ。新菜は一番近くにいたからこそ、その場にいた全員の苦しみを受け止めることが出来たんだ。それがなかったらあそこまで思い切ったことは出来なかっただろうし、その前に立海のテニスは終わっていた筈だ。俺にとって今の誰が欠けてもいけないんだってことは…わかるよね?」
「精ちゃん…」
「たとえ優勝の数を増やすことが出来なかったとしても、俺ほど幸せな部長はきっといないよ。これまで以上に共に上を目指してゆこうとする仲間に恵まれているんだから」
入院前と少しも変わらない穏やかな言葉を聞き、新菜は涙を拭きながら何度も頷いて見せた。
「うん。そう…本当にそうだよね」
 
 
 
 
 窓の外からは人々の賑やかな声や生活を感じさせる音が聞こえてくる。すると病院の個室というものが、一般の世界から完全に切り離された世界なのだということがつくづく感じられてしまう。精市の入院は決して期間の長いものではなかったが、それでもその間に随分と痩せて儚さばかりが印象に残るようになった。時々この白い部屋と同化して消えてしまうのではないかと思うほどに。
「でもね…」
「えっ?」
突然話し掛けられて、器などを片付けていた新菜は思わず手を止める。
「このまま真田ばかりに泥を被せたままにしておくのは正しいことじゃない。これからは俺が出てゆくべきだと思わないか?」
 微笑みながら大切なことを何気なく言うのが幸村精市という男だ。新菜の体が緊張のあまりカタカタと震え出す。
「精ちゃ…」
おそらく次に紡がれるであろう言葉を自分はどれくらい待ちわびていたのだろう。
「退院の日が来週に決まったよ。その後は全国に間に合うようリハビリを開始する」
「精ちゃん!」
相手が手術を終えて間もない病人だということを完全に忘れて、新菜は精市に抱きついた。
「今の話、ほん…」
「本当なんスか!? 幸村部長!」
 2人しかいない病室に元気の良い少年の声が響く。我に返ってドアの方に振り向いた精市と新菜が見たのは…男子テニス部レギュラーの面々だ。
「もしかして、聞かれていた?」
「そりゃあもう、ばっちりと」
彼らとて恋人達の語らいを邪魔するつもりはさらさらないが、自分らの中心となる部長の復活となると話は別だ。黙っていられずに特攻したのは唯一の二年生である切原赤也だったが、彼がそうしなくても誰かが扉を開けただろう。
「でもよ幸村…本当に大丈夫なのか?」
今にも飛びかかりそうな赤也を背後から必死に押さえながら、ジャッカルが心配そうに言う。
「相変わらず心配性だね。でももう大丈夫。みんなに苦労をかけた分、今度は俺が頑張るよ」
「やりィ、幸村が戻ってきたなら俺達にはもう敵なんていないぜ!」
「全国は立海の鬼神大復活祭になるのう」
 有頂天になった面々の前では、そのうるささを注意しようとした紳士さえ役には立たない。しかし心配させられたからこそ、それを素直に認められない者もいた。
「お前はそれでも良いかもしれんが」
一番後方から聞こえてきた真田弦一郎の声はいつも以上に厳しい。
「まだ本調子でない以上、簡単にコートの上にはやらんぞ」
「言ってくれるね」
精市は抱きしめていた新菜の体を解放し、ベッドの横に立たせた。そしてあの頃と変わらないクールな眼差しを発言の主へと向ける。
「決勝の時にS1として出てきたという青学の一年…越前だっけ? 彼の相手がもし俺だったなら」
三本の指を立ててそのまま真田の目の前に示す。
「三分でたたんだかもね」
「なっ…」
「やりィィーッッ」
 その後の大騒ぎはとても人の手で収められるものではなかった。流石の柳生比呂士も声を出すのを諦めてしまう。
「…良いのか?」
隣に立つ柳蓮二にそう問われると、言葉と一緒に溜め息も出てきた。
「これ以上声を荒くしても無駄でしょう。心配しなくても、もう少しで我々も込みで全員ここからつまみ出されますよ」
「確かに」
 柳は口元に手をあててククッと笑う。日頃は冷静な参謀も、幸村精市の復活によって巻き起こる嵐の予感を思えば興奮せずにいられないのだろう。
「噂では昨年のベスト4のうち3校が優勝を逃したのだと聞く。関東だけではなく、関西と九州からも新しい学校が出てきたのだそうだ。正直データだけを集めても現実がどう転ぶかは検討もつかないな」
「…我々の勝率は?」
「数字に置き換える必要があるのか?」
柳の伏し目がちな眼差しはこの騒ぎの真ん中にいる少年へと注がれている。
「そうですね。たとえ先が見えなくとも、立海の元に圧倒的な力を誇る人間が戻ってきたことに変わりはないのですから」
仲間に囲まれ、改めて生への実感を噛みしめる彼の隣には、勝利の女神が優しくて温和な微笑みを浮かべていた。
 
 
 
 
 
 
END
 
 
 
 
彼女とのラブラブな話ではないですね、これは。後半に登場するレギュラーメンバーと部長との友情がメインかも。でもこういう感じの以心伝心な関係が大好きなんですよ。本当に良いチームです立海。
 
 
 
 
イメージソング   『RUN』   B’z
更新日時:
2005/03/05
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Last updated: 2010/5/14