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13      週末の過ごし方   (ジャッカル桑原   後輩設定)
 
 
 
 
 
 今から丁度一年くらい前だったろうか、部活帰りの道すがらこんな話をしたことがあった。
『先輩って一人暮らしなんですか?』
『まーな』
『へぇ…』
大きな目をぱちぱちさせながら感心しているのは自分よりも一つ年下の女子テニス部員である。それなりの運動神経は持っているようだが、生来のドジぶりの方で有名になった彼女を何度か慰めているうちに、こうしてなつかれてしまったのだ。
『大変ですねえ。ブラジルからたった一人で日本に来て、そこで頑張って生活しているんですね』
 一段と尊敬の眼差しを濃くする彼女に向かって曖昧に笑って見せたものの、告げる言葉はなかなか見つからなかった。元々彼の父親は日本人で主な事情はわかっていたし、祖国でもしっかりと独立する術を叩き込まれていたから、今の生活はある意味自分にとってもっとも自然な形と言えるのだ。まあ何もかもを親任せにするわけにはいかないから責任は重いが、でもそれで失敗したことは一度もなかった。
『今度遊びに行ってもいいですか?』
『ん? 別にかまわねーから、いつでもこいよ。あんまり綺麗なとこでもねーけどな』
『ハイッ』
自分の言葉は一応の社交辞令のつもりだった。まさか女の子が一人でやってくるはずがないと高をくくっていたのかもしれない。でもその時の彼女の本当に嬉しそうな顔は、ある意味生涯忘れがたいものになってしまうのだった。
 
 
 
 
 
 ジャッカルの日本での城は立海大附属中学の近くにある小さなマンションだった。友人知人の根城にされることの多い不運な場所だったが、とりあえず主の几帳面な性格によって一定の体裁だけは保たれている。無論テニス部員も何かと理由をつけて訪れることが多かった。一番やってくる確率が高いのは赤也とブン太であることは間違いないだろう。散々何かを持ち込んで、散々騒いで、散々くたびれたのちに帰ってゆくのが通常のパターンだ。散らかしっぱなしの彼らを「たるんどる!」と叱りながらも、肝心の真田も片づけてゆくことはあまりない。これが『男子厨房に入らず』ということなのか…彼らの行動を見ながら日々勉強のジャッカルなのであった。反対に部長と紳士と参謀は掃除を手伝った後に必ず「お邪魔しました」と帰ってゆく。その微妙なバランスが今の男子テニス部の特徴であるらしい。
 今週もそんな感じで始まったような気がする。仲間に囲まれて、声が枯れるほどに喋って、笑って…気がついたら夜が明けて皆は自宅に帰ってゆく。一度眠る前に適当に片付けておこうと思っているうちに意識が失われ、気がつけば午後が随分と過ぎていた。
「やべぇ…」
貴重な休日を無駄に過ごしたような気がして、自然と溜め息も重くなる。この騒ぎの原因は一体何だったか? 確か赤也が英語を教えてくれと言ってきて、それに仁王やブン太が便乗してきて…実際真面目に勉強できるだなんて微塵も思ってはいなかったが、結局いつものように…。
「あーいーつーらーっ!!」
脳裏に蘇る悪友たちの笑顔を振り切るように、首をぐるぐると回した。片づけるか…と立ち上がった瞬間にチャイムが鳴り響く。
「何だよ一体…」
 扉を開く前に外を確認する為の小窓をのぞくと、そこにはビニールの買い物袋を大切そうに抱えた女の子が立っている。
「ニーナ!?」
早く出てこないかなーとでも言いたげに首を傾ける新菜を見て慌ててドアを開け放った。
「こんにちはっ、遊びに来ました」
「遊びにって…えらく急だな」
「連絡はしたんですけど、ずーっと留守でしたよ。だから一度伺ってみて、いなかったらそのまま帰ってくるつもりだったんです」
にっこりと笑う彼女はこの悲惨な状況を見抜いていたんだろう。思えば後輩の切原赤也とはクラスメートだったはずだ。だとしたら情報が筒抜けでも不思議はない。
「実はよぉ…」
「随分大騒ぎしたみたいですね」
 ジャッカルの体の向こう側の状況をしっかりとチェックしている。先輩としても男としても立場のない一瞬だった。
「片付け要員…必要ですか?」
「へっ?」
「それから夕食要員も」
「わざと可愛い言い方すんなよ。もう入るつもりでいるんだろう?」
寝起きの照れくささもあって言い方は冷たくなったが、それでも彼女は決して負けない。
「食材も待ちかねているって言いたいんです」
ずいっと目の前に突きつけられたビニール袋の中身に反応したのか、腹の虫がグイッと催促を始める。
「…日生さん」
「はい?」
「よろしくお願いします」
深々と頭を下げるスキンヘッドに向かって、女の子は本当に幸せそうに笑った。
「はいっ」
 
 
 
 
 こうして週末を時折一緒に過ごすようになってどのくらいになるのだろう。最初の頃は自分のところに来ることが不思議でならなかったし、しばらくはどのくらい続くのだろうと数えたこともあった。今は数えるのも面倒になってやめてしまったが。
「今日はですね、鶏肉が安かったから親子丼にしようと思ったんですよ」
「なるほどな。ほれ玉子」
 日生新菜という女の子は見かけ通りの明るい…でも少し子供っぽい印象のある女の子だった。しかし驚いたのは彼女が意外にも料理好きだったことだろう。てっきりレタスを洗剤で洗い、包丁を持たせるとあたりを血まみれにするタイプかと思っていたのだが。
『親が共働きなんですよ。二人とも学校の先生しているんです』
『ほう…』
『だから何でも自分でやろうって思っちゃうんでしょうね』
以前にも小さなキッチンでそんな話をしたことがある。おそらくはその時から数えるのを止めてしまったのだろう。
『寂しくはなかったですよ。そのおかげでずーっとテニスをしてきましたし』
言葉よりもその寂しげな表情の方が雄弁だと思った。この子をなんとか守ってやれないものかと思い始めたのもこの頃だったのかもしれない。
「お味噌汁はお豆腐で良いですか?」
「いいな」
「先輩って嫌いなものないんですね。何でも食べちゃう」
「そんなんじゃなくちゃ体なんてもたねーよ。お前も偏食ばっかりしてんなよ?」
「はーい」
「あっ、でも味噌汁のネギは抜いて置いてくれ」
「………」
新菜はすでに刻みかけていたネギの小口切りを見てフーッと溜め息をついた。
 いつの間にか彼女が持ち込んでいた丼用の鍋に材料が入れられると、甘くて香ばしい香りがあたりに漂ってきた。改めて空腹を知らせる腹を押さえながら、ジャッカルは二人分の食器を用意する。
「いい感じだな」
「でしょ♪ でしょ♪」
玉子の半熟具合も見事なものだ。アツアツのところを丼にいれて彼に差し出す。
「ねえ先輩」
「ん?」
「このごろね、ますます料理の腕も上がったような気がするんですよ」
「そうだな」
持っていた菜箸をまるでぬいぐるみのようにキュッと抱きしめた。
「これでいつお嫁に行っても大丈夫ですよね?」
「まあな」
 興奮気味の新菜とは反対にジャッカルは冷静だった。彼にとっては受け取る直前の親子丼の方が大切だったからかもしれない。
「結婚式には呼んでくれよ。カラオケの一曲くらい歌ってやってもいいぜ?」
すると突然新菜の表情がピシッと凍りついてしまった。突然動かした手は自宅に持ち帰る為のタッパーを開く。その中には刻んだネギがぴっしりと詰まっていた。
「おい、新菜」
返事はしないまま、彼女はタッパーの中身を全て味噌汁入りの雪平鍋へとぶちまけた。
「おいっ、ネギは入れるなよ? さっき嫌いだっていったばか…り…」
「食べますよね…」
「新菜?」
凍りついた顔のまま、それでも声は地獄の底から湧き出てくるが如く迫力に満ちていた。
「食べますよねっ!?」
「…はい…」
 
 
 
 
 
 半分意地も手伝ってネギ入りの味噌汁を飲み込んだ翌日、ジャッカルは今回のことを親友に話した。多少同情してもらえればラッキー、でも出来ればお前も片付けて帰れよとは思っていたが、相手のガムを噛みながらの返答は…。
「へえ、お前ら中学生なのに週末婚してんだ」
「…なんだそれ」
 
 
 
END
 
 
 
 
ちなみに当サイトでは『ジャッカル金持ち説』を支持しています。父親→日本人留学生、母親→ブラジルの富豪の娘という設定で出会い、のちに出来ちゃった婚でジャーくんが誕生したということで。
 
 
 
 
イメージソング   『DA DIDDLY DEET DEE』   Dreams Come True
 
 
 
 
更新日時:
2004/11/27
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Last updated: 2010/5/14