365 TITLE

        
12      二人組   (乾貞治   女子高生設定)
 
 
 
 
 
 男の子の部屋に入るのは初めてだったが、それでも想像していたのとは随分違うものだと妙に納得してしまった。
「わあ…結構綺麗にしているんだね。ちょっとびっくり」
部屋の主へと振り返って新菜はフフッと笑う。すると相手は少しだけ恥ずかしそうに、でもその言葉を期待していたかのように眼鏡をクイッと上にあげる。
「テニスの資料で埋まっていると思っていた?」
「うん。私の座れる場所なんてないんじゃないかって心配してた」
それでも部屋の持つ雰囲気は確かに彼のイメージそのままだ。本棚に並ぶファイルたちにはきちんとラベルが貼られていて、分かり易く年代順に整理されている。その横にあるパソコンとビデオの類も相当使い込んでいるような感じがした。ただ…香ってくる芳香剤のミントの香りがちょっとだけ申し訳なさそうに漂ってきて、彼が自分を招待するために必死に片づけたことを教えてくれる。壁に書かれた無意識のメモ代わりの落書きがそのまま残されているのも彼らしい気がして頬が緩んでしまった。
 今日は何処に行こうかと問いかけた時に、自宅に来てみないかと誘われた時は正直心臓が止まるかと思い、返事にも一瞬だけ躊躇した。それに一体どんな意味が含まれているのか…わからないほど子供ではなかったからだろう。目の前にいる年下の恋人は、その心情を見抜くのにも相当な労力を必要とする。何もわかっていないのかもしれないし、何もかも承知しているようにも見えたのだ。でもこうして思い切って来てみて本当によかったと今なら思う。この部屋はそれまで自分の知らなかった乾貞治という人間を教えてくれていた。
「データマンとしてはこれ以上ない最高の環境ね?」
「女の子を誘える環境ではないけれどね。でも新菜なら…そう言ってくれると思ってた」
「女の子どころか簡単にテニス部員だって誘えないでしょう? ここに中学テニス界のあらゆる情報が集まっているとしたら、それはちょっとした驚異だよ」
新菜は少し大げさな感じのことを真剣に語り、そのままソファ代わりのベッドに腰を降ろした。
「飲み物持ってくるから、待っていて」
「OK」
 彼が出ていった後、新菜は改めて部屋をぐるりと見渡した。なんとなく心配していたのは彼に他の女の影があるかどうかだったが…実は自分への誘いがあまりにもスマートだった為に疑っていたのである…でも見た範囲ではそういうこともなさそうだ。もっともあの乾貞治が油断することなど有り得なかったりもするが。それでも新菜は幸せそうだった。
「あ…れ?」
比較的シンプルな色合いでまとまっている部屋に、一ヶ所だけ鮮やかな色を放っている部分があった。机の上のそれは海外で購入した写真立てらしい。
「わあ…可愛い…可愛いよぉ」
立ち上がって思わずそれを手にしてみる。
「これは貞治くんだよね? ちっとも変わっていないよー。そして隣にいるこの子誰なんだろ。やっぱりテニス関係で知り合った子かな? 二人でメダル下げてるし…」
 その中にあった写真の日付は四年前になっている。まだ彼が小学生だった頃だ。確かに顔は変わっていなくても、今とは違う子供の姿がそこにはあった。
「きっと大会で優勝した記念に撮ったんだね。当時はこの子とダブルス組んでいたんだ。可愛いっ」
思わず写真立てごと抱きしめてしまう。新菜はこういった可愛らしい子供が大好きなのだ。
「何が可愛いって?」
「あっ、おかえりなさーい」
にこにこ笑ったまま、新菜は写真を彼の前に差し出す。
「これよ、こ・れ」
「机の上の?」
「勝手に見てごめん…でも本当に可愛いんだもの。ちっちゃい恋人同士みたいね」
 その時、貞治はよく盆に乗せた飲み物やお菓子を落とさなかったものだと思った。一見表情は変わらなかったものの実は相当なショックを受けている。
「こいびと…?」
ようやくそれだけのことが言えた。
「うん。このおかっぱ頭の女の子ね。仲良さそうだなあって思って」
「それ、男だよ」
「えっ? …えええええっ!?」
事実を知って次にショックを受けたのは新菜の方だった。色白で伏し目がちな、サラサラの髪を持つ日本人形みたいな子供が…男だと言うのである。
「だってっ、だってどう見たって女の子じゃない!」
「どう見たって男だよ」
「うそぉ…」
 貞治はそのまま本棚まで歩みを進め、その中から一冊のファイルを抜き出した。
「はい、証拠」
「なに、これ…」
「現在の写真」
それは雑誌の切り抜きなのだろうか。そこにいたのは髪を短く整えた背の高い少年だ。しかし伏せた瞳と微笑みを浮かべた口元は確かに四年前と同じで…。
「立海大附属中…やなぎ…れんじ…くん?」
「流石にそれを見て女の子だとは言えないでしょ。四年と×ヶ月と×日も過ぎれば成長はするさ。俺だって当時と比べたら身長も30センチ以上伸びたしね」
「それはそれで想像出来ないけど」
だとしたら時の流れは残酷だなと思わずにいられない。もちろん切り抜きの中の彼は、期待を裏切らないほどの涼やかなタイプの美少年だったけれども。
 新菜はそのまま座っていたベッドの上にばったりと倒れてしまった。もしかしたら誘惑しているのか…とも思えたが、その後の深い溜め息を聞いて貞治はそれが間違いだと知った。
「ねえ、貞治くん」
「何?」
「私、なんでこんなに落ち込んでいるんだろ…」
「蓮二が可愛い女の子じゃなかったからじゃなくて?」
「そうなのかなあ」
まるで小さな子供のように落ち込んでしまう新菜を見ていると、反対に貞治の方が笑いたくなってしまう。落ち込んでいる本当の理由…それを彼は知っていた。自分の勘違いを冷静につっこまれたことが悲しいのだ。あと考えられることがあるとしたら…。
「俺に他の女の影を探したって無駄だと思うよ」
「うっ…」
「新菜が初恋の相手だからね」
 新菜はまるで目覚めたばかりの小動物のようにぴょこっと起きあがって、彼の顔をマジマジと見つめる。はたしてそれが本気なのか…それは逆光眼鏡の向こうからは読みとることは出来ない。しかし十五年というこれまでの人生の中のうちの四年と×ヶ月と×日という日々を、幼なじみとの思い出の日数として忘れていないのだから、その隙間に入り込める女性がいたなら奇跡に近いのだと思える。だが新菜は自分自身がその奇跡だということには気がついていない。
「本当だよ。今この瞬間だって、どうやって新菜を抱きしめようかって考えているんだから」
 新菜はしばらく考えた後、両腕を貞治へと伸ばしてそのまま首にからめて抱きついた。そして耳元で甘くクスクスと笑う。
「にっ…」
「抱きしめるよりもね、このまま押し倒してしまうのが一番楽だと思うの」
「…なるほどね」
貞治は片方の腕を新菜の腰に回してしっかりと自分の体に抱き寄せ、もう片方の手で表向きになったままの写真立てを伏せてそのまま床に置いてしまった。
 
 
 
 
 
 どれくらい自分は眠っていたのだろうか。ゆっくりとまぶたを持ち上げると、普段はガラス越しにしか見ていない恋人の姿がぼんやりと浮かんできた。
「…新菜…?」
一体何をしているのか、それをはっきりと認識するまで少々の時間がかかる。どうやら指先を天井に向けて何かを書いているらしい。
「ごめん! 起こしちゃった?」
「そうじゃないけど…何してる?」
「んー、ちょっと考え事」
 指の動きがふと止まり、ふうっと溜め息が漏れてきた。それを見ているうちに貞治の胸に焦りのような奇妙な感情が込み上がってくる。もし今日のことを彼女が後悔しているのだとしたら…。
「四年と×ヶ月と×日…かあ」
それはさっき自分が教えた幼なじみとの別れの時間だった。彼女の白い指はそれらの数字を書いていたらしい。
「それがどうかした?」
またあらぬ誤解をしているのではないだろうな…と思いながら、横になったまま視線を向ける。ぼやけた視界の向こうで、悪戯っぽく笑う新菜の姿が見える。
「だったら私と付き合い始めた日数も数えているんだろうな…って思ったの」
なんだ、そんなことか…目覚めたばかりの疲れた目を指先で擦りながら貞治も笑う。
「数えているよ」
「本当? だったら教えて。今日で何日目?」
「ないしょ」
「どぉしてーっ」
「結婚式の披露宴の時に言って、度肝を抜いてやる予定だから」
「………」
 
 
 
 
END
 
 
 
 
要するにあれですね。犯罪級だってことです…あの子蓮二の可愛らしさは。
 
 
 
 
イメージソング   『Boys kiss Girls』   渡辺美里
更新日時:
2004/07/29
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Last updated: 2010/5/14