学園祭の王子様

9      わがままジュリエット   (天根ヒカル)
 
 
 
 
 
 千葉県某市にある六角中の男子テニス部員たちは大変仲良しである。昔から行動を共にしてきた親友同士であり、テニスという共通の目的の為に切磋琢磨しあってきた仲間たちなのだから、当然といえば当然のことではあるのだが。彼らの心の中では誰かの悩みは自分の悩みであり、誰かの喜びはみんなの喜びとして当たり前に認識されている。今日この日に出てきた話題についても同様…の筈だった。
「俺、好きだって言われた」
「…へっ?」
 ここは隣にコンビニも隣接されている食堂である。午前中の作業を終えたテニス部の面々が一緒に食事を取っている時の話だった。
「ウソッ!」
「本気で!?」
「おいダビデ…冗談にしちゃ面白くねーな」
他のメンバーはもちろん、いつもならダジャレ相手に大胆な蹴りを入れる黒羽春風でさえ不振そうな顔をしている。
「違うんだって、本当なんだって」
爆弾宣言を自ら発した天根ヒカルは慌てて首を横に振り、もしかしたら頭上に降り注ぐかもしれない強烈な蹴りを庇う為に体を必死に縮めている。
「ねえねえ。やっぱりそれって広瀬先輩のことだよねぇ?」
無邪気にはしゃぎながら言ったのは一年生でありながら部長を務める葵剣太郎だった。モテモテ願望と彼女欲しい願望が人一倍強い彼は、こういった他人の恋愛感情に首を突っ込むのもまた大好きであるらしい。
 話題に出てきた広瀬静という少女は、今回の学園祭を取り仕切る運営委員の一人だった。六角中の代表としてテニス部を様々な面からフォローしてくれている。運営委員という名前こそ窮屈で固い印象はあったが、彼女自身は明るくて優しいとても親切な女の子だった。部員たちとも初対面の時から気さくな友人同士のような関係になったものの、やはり同じ学年のヒカルとは一番気が合うのだろう…静が彼の放つ少々お寒いダジャレにも素直に耳を傾け、そしてその時の笑顔が見たくてヒカルがいつも以上に熱心にネタを絞り出していることを皆は知っていた。
「それで? 一体どういう経路でそんなことになったの?」
剣太郎を中心にして全員が体を寄せ合い、完全に内緒話の体勢になる。自分たち以外にこんな話を聞く者などいるわけがないのに。
「この前、好きな人がいるのかって聞かれて…」
「それでそれで? いるって言ったんでしょ?」
「ウィ…」
細かい会話については大幅カットになった。流石にそれを言うのは恥ずかしかったらしい。
「そしたら応援するって…」
「…はい?」
「好きだから、応援するって」
 その場にいた全員はフーッとため息をついてそのまま椅子へと身を落とした。
「微妙だな…」
最初に首藤聡が口を開く。
「確かに微妙だ」
それに木更津亮が続いた。
「それって『友達として』好きなのかもしれないのね」
樹希彦の言葉を受けて、葵剣太郎は露骨に『面白くなーい』といった顔をした。
「…ま、そんなこったろうと思っていたがな」
「バネさん酷っ、俺真剣に本気で悩んでいるのにッ」
「ハイハイ」
 そんな騒ぎの中、六角テニス部最後の一人が皆の輪の中に入ってくる。
「どうした? 随分賑やかみたいだけれど」
「あっ、サエさんっ」
それまでボーカルグループの練習に参加していた佐伯虎次郎が戻ってきたのだ。いつも賑やかなこの集団に更なる突っ込みが入るということは、どうやらその騒ぎ方も尋常ではなかったらしい。当然これらのことを隠すつもりのない面々は現在の天根ヒカルが置かれた状況を(本人を無視しつつ)説明してくれる。
「へーえ、だったら両想いで良かったじゃないか。なんでみんなしてそんなにしょっぱい顔してんの?」
 昼食として買い求めた親子丼のセットを口にしながら佐伯は脳天気に言ってのける。
「確かにそうだけれどよ、相手があの広瀬だしなあ」
「だって彼女自分から『好きな人はいるのか』って聞いて来たんだろ? まさか冗談でそんなことは聞かないと思うよ。一番仲の良いダビデにそんな嘘をつくことの方がよっぽど想像がつかないけれど」
佐伯VSその他大勢といった構図になってくる中、間に立つヒカルの視線と心は左右に揺れる。『彼女のことを信じたい』『でも信じていいんだろうか』『冗談なら耐えられないけれど』『それでももしほんの少しでも可能性があるのなら…』、色々な感情が彼の前を行き来しているのだ。
「でもだったらどうして広瀬は『応援する』って言い方したのね? 相手の名前もわからないままそんなこと言い出すのは変なのね」
 樹希彦の疑問はその場にいる全員の疑問でもあった。好きな相手が誰なのかを問わなかった為に余計に発言の冗談色が濃くなっている。ヒカルが悩んでいるのはズバリそこなのだ。
「それは微妙な乙女心としか言いようがないよなあ」
「おとめごごろぉ!?」
「女の子ってさ、そういうずるい部分みたいなのを無意識に出すものなんだよ。多分ダビデが好きで幸せになって欲しい気持ちは本心なんだと思う…でも同じくらい自分のことも忘れないで欲しいって訴えているんだと思う。嫌われてもいいから記憶に残りたいっていう感じでね」
 確かにそういう考えはあるかも…と仲間たちは思った。まあ問題はこの男の記憶に残ってどうなるのかという点だが。ダジャレのネタになるのがせいぜいだろうに。
「でも実際は本人に聞いてみなくちゃわからないけれどね」
「えっ? それって俺が聞くの?」
「当たり前だろ。それとも俺が代理で聞いてこようか?」
「駄目駄目駄目っ、それは絶対に駄目っ」
 そんな話をしている間にも親子丼の中身は綺麗になくなり、同時に彼はご馳走様と手を合わせる。ここに登場してから食べ終わるまでの見事な仕切り具合に思わず感動してしまう面々だった。剣太郎はため息と同時にこんな言葉をもらしてしまう。 
「サエさんってさ…ホストになったら絶対成功するタイプだと思うな」
「いやだなあ、俺を誉めたって何も出てこないぞ」
 
 
 
 
 今日も学園祭の成功の為に運営委員の広瀬静は忙しそうに走り回っている。その頑張りようは他校の生徒たちも認めるところとなったが、その分任される仕事の量も増えてゆく羽目となった。でもそれを決して嫌がらずに進んで行えるのがこの子の長所の一つなのだろう。
「えっと、次の会議は三時からで…それまでに進行状況の確認と整理と…」
「静」
自分を呼ぶ声を慌てて足を止め、振り返る。それがいつも一緒にいる男子テニス部員の声だとすぐにわかったからだ。低く安定した声だが、そこから発せられるダジャレはそのギャップも含めて数倍可笑しく感じられるのだ。
「ヒカルくんっ、どうしたの?」
ここで見せたのもやはり彼が大好きな笑顔だった。
「あっ、えっと…」
「何か仕事ある? 前もって言ってくれていたら、時間が空いた時に助っ人に…」
「いや、違う」
 慌ててそれを否定したのは、静の表情がどこか真剣味を帯びたものになってきたからだ。今は急ぎの仕事を頼みたいわけではない。先程佐伯から受けた助言の通りに確かめに来たのだ。彼女の本心がどこにあるのかを。
「この前…その…好きな人がいるって話したろ?」
「うん」
即答だった。自分からの質問だったから、これはまあ当然だろう。
「俺の他にも…なんいうか、みんなのことも好きか?」
(って、何を言っているんだ俺っ)
初めは何を言われているのかわからなかったのか、静は何度も瞬きをし、不思議そうに首を傾ける。
「みんなって、六角のテニス部員のこと?」
「ウィ…」
静はしばらく考えたのち、ようやく質問の意図を理解した。そしてなんとなく意味ありげに微笑みながらこう言った。
「もちろん先輩たちや剣太郎くんも大好きだけれど、やっぱりヒカルくんのことが一番好きよ」
「へっ?」
 混乱中のヒカルを前にしても、静はニコニコ楽しそうに笑っている。その様子から彼女の発言には微塵も嘘はないのだろう。しかしその奥に隠された本音にはやはりたどり着けない。
「ほっ本当に?」
「うん。もちろん」
仲間たちには情けないと呆れられるかもしれないが、この時点で天根ヒカルは彼女に対して完全に敗北していた。仲間のからかいやら助言やらは全て彼の脳内から流れ去ってしまっている。結局は嬉しくて嬉しくてたまらなかったのだ…例えその『好き』という言葉の意味が不透明であったとしても、それは好きな女の子の口から語られた言葉に違いはなかったのだから。
「あっ、ありがと…」
「どういたしまして」
 
 
 
 
 「ったく! なんでこの場に及んで『俺もお前が好きだ』って言葉が出てこないんだ、あの男は」
 「サエ…その双眼鏡は一体どこから…」
 「企業秘密、企業秘密♪」
 「どこの企業なのね…」
 
 
 
 
END
 
 
 
 
気がつけば佐伯くんが主人公になってました…
更新日時:
2006/02/18
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質問の提供は『広瀬静LOVE同盟』様でした。
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Last updated: 2010/5/12