学園祭の王子様

8      冬のファンタジー   (千石清純)
 
 
 
 
 
 厚いジャケットを身につけたアルバイトらしき青年が二人が乗っていた観覧車のゴンドラの扉を大きく開け放つ。すると適度な温度に保たれていた室内に冷たい風が一気に吹き込んできた。
「ありがとうございましたー」
相手の声は終始明るいものだったが、口から出る息は真っ白だ。もちろんそこから出てきた二人にとっても流石に制服のまま動ける季節ではない。ましてや空から純白の使者が舞い降りてきているのならば…。
「清純先輩、コート忘れないで下さいね」
しっかり者の静は彼に向かって手早くジャケットを差し出し、自分もしっかりとコートの襟を立てて見せた。。
「サンキュ…クリスマスイブだからって何もかもロマンチックとはいかないね」
「先輩が一緒にいてくれるのなら、私にとっては充分すぎるくらいですよ」
 静は少し照れくさそうにフフッと笑い、ポケットから小さなもむだけのカイロを二つ取り出す。そのうちの一つの封を開けて清純に差し出した。
「ほら、温かいでしょう?」
「確かに。ロマンチックには程遠くても、充分に幸せは感じられるね」
それにしてもクリスマスイブというのは家族でケーキやチキンを囲んでホームパーティーをするのが定番なのかと思いきや、遊園地もなかなかの人出のようである。友人同士や家族連れも見かけるが、やはり多く見られるのは清純と静のような幸福な恋人達の姿だった。
「見て…観覧車の入り口もすごい行列になってますよ」
大きな観覧車は回転率も速いはずだが、今日ばかりはそうもいかないらしい。1時間待ちの札を持った係員も出ているほどだ。
「やっぱりおまじない効果ってやつかな?」
「でしょうねー」
 ここの遊園地では観覧車が一番頂点に着いた時に結ばれた恋人同士は永遠に幸福になれるのだという。静はそれを先程初めて清純から聞かされたのだった。しかし行列を作っているのはいずれも男女のカップルばかりで、今更そんな告白など必要がなさそうに見えるのだが。
「でも付き合っている二人にもこういう時間が必要なんでしょうね。今日がクリスマスだとか、雪が降っているからとかとは別に…」
「そうだね。クリスマスというのは一つのきっかけであって、お互いの気持ちをいつだって確かめ合いたいって思うんだろうね。俺は初めて人を好きになったことで、その意味がわかったような気がするんだ」
「はい」
二人はふと顔を見合わせると、お互いしか知らない微笑みを向けるのだった。
 サラサラの粉雪はそんな甘い雰囲気を盛り上げるように優しく降り積もってゆく。二人の視線はゆっくりと空を巡り、色とりどりのイルミネーションに輝く観覧車の頂上へと辿り着いた。
「…静?」
突然清純は隣に立つ恋人の名前を不安げに呼んだ。さっきまで優しく笑っていた女の子は何か深く思い悩んだ様子で頂上のゴンドラを見つめていたからだ。
「どうかした…?」
静はハッと我に返ると、慌てて首を左右に振る。
「違うっ、違うんです。えっと…なんでもないんですけれど…」
必死の形相で顔を覗き込む清純を見て静の顔も真っ赤になる。しかし彼の目を見ていると嘘をつけなくなってしまうのだ。
「ただ…反省というか、懺悔というか…そんな気持ちになってしまったんです」
 静の言葉に清純は思わず言葉を失ってしまった。クリスマスイブにそういった気持ちになるのは不思議なことではないだろうが…しかし広瀬静という女の子は素直で優しい、『反省』『懺悔』という言葉とは無縁な性格をしている。もし悩みがあるのだとしたら誰よりも真っ先に打ち明けて欲しかった。
「初めて二人でここに来た時のことなんですけれど」
「ああ…」
その言葉を聞いて清純は恥ずかしそうに頭をかく。あの時も二人で観覧車に乗り、その頂点で告白しようと思っていた。しかし本人を目の前ににして結局は何も言えなかったのだ。
「もしあの時、私がしっかりと目を開いていたのなら…清純先輩の気持ちを受け止めることも出来たんだろうなって思って。でも私ってバカだったから、先輩が本当は優しくて真面目な努力家だってわかっていたのに、結局は『プレイボーイだから』とか『女の子なら誰でもいいんだ』とか思いこんで、自分の気持ちからも逃げていたんです。私がもっとおりこうさんだったなら、先輩をここまで苦しめることもなかったのに」
 俯きがちにそんなことを言う静の体を清純の腕が優しく包み込んだ。そして自分の方に向けて強く抱き締める。
「せんぱ…」
「静が気にすることじゃないよ? だってあの時の俺はそう思われても仕方ない奴だったからさ」
彼の少し掠れた声が耳にくすぐったく響く。その中には静が持っているこだわりなど微塵もないことを表しているかのようだった。
「でも!」
「いいんだよ。あの時の伝えようと思っても伝えられなかった出来事があるから、学園祭の後に告白出来た俺がいるんだ。そして告白した俺がいるから、今の俺もいるんだから。もちろん言えなかったことを後悔したこともあるけれど、その分静のことをずっと幸せにしてやりたいって思う…」
 その時清純の腕の力がフッとゆるみ、静はそのまま彼の腕に寄り添う感じで顔を見上げた。
「いつまでもずっと一緒にいよう。時間が過ぎて静の懺悔が良い思い出になる時がきても、俺はキミを絶対に手放したりしないよ」
「…はい」
二人はそのまま見つめ合いながら、ゆっくりと互いの顔を近づけてゆく。もう少しで唇が重なりそうになった時…。
「ママー、このお兄ちゃんとお姉ちゃんチューしようとしているよ」
どこかの見知らぬ子供の声で二人はハッと我に返る。
「こらっ、お邪魔をしたら駄目よ」
親に引っ張られて子供は退場したものの、気が付けばラブラブな二人はあたりの注目を一身に受けていた。
「いやあっ」
「ここにいるのちょっとやばいかな? 行こう」
 慌ててその場を立ち去ったものの、あのあたりで話のネタにされている現実はやはり恥ずかしくてたまらない気がする。体がカーッと熱くなってきて、二人の周りだけ雪が溶けてしまっているかのようだ。もっともしばらくすると清純は『もっと見せびらかせばよかったかなー』と言いながら回想するに違いないのだが。
「さっ…さーて、これからどうしようか。クリスマスのパレードまで時間あるみたいだしー」
周りの視線から逃れるつもりか、わざと大げさに時計を覗き込む清純を見て静は優しく微笑みかける。
「あそこにあるレストハウスで、時間までココアでも頂きませんか?」
「最高だね。じゃ、行こうか」
清純は静の手をしっかりと握りしめると、そのままレストハウスまで走り始めた。しかしそれは周りに見られて恥ずかしかったからではない。今の自分があまりにも幸福で、思わず走り出さずにはいられなかったからだった。
 
 
 
 
 
END
 
 
 
 
舞台はラストシーンより、雪が舞い散るクリスマスイブの遊園地にて。彼特有の明るさとか軽さ以上に、しっとりとした優しさが感じられるエンディングでお気に入りなのです。
更新日時:
2006/02/09
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質問の提供は『広瀬静LOVE同盟』様でした。
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Last updated: 2010/5/12