学園祭の王子様

6      1/3の純情な感情   (手塚・大石・乾)
 
 
 
 
 
 夏休みの中間登校日を数日後に控えた8月某日…青春学園中等部の男子テニス部部長を務める手塚国光は、練習後の静かな部室に信頼がおける三年生の部員を二人極秘に呼び出した。
「忙しい中、申し訳ないとは思うが…」
「別にかまわないよ。大体の見当はついている」
言葉がどこか恐縮気味の手塚に対して、乾貞治は眼鏡を上に持ち上げながら何でもないように言う。その隣にいた大石秀一郎も微笑みながら頷いて見せた。しかし仲間のそんな思いやりある行為が手塚の年齢にそぐわない眉間のしわをより深くしてゆく。今回の会合のテーマはそれくらいにぶっとんだものだったからだ。彼はあらかじめ手にしていた資料の束を部室のテーブルの上に置いた。
「…関東地区合同学園祭…」
 真っ先にそれを手に取ったのはチームのブレーンを務める乾だった。表紙にあった言葉をそのまま読み上げる。
「とんでもないことになったものだ…」
手塚のため息は先程のしわと同様に深い。これから全国大会も控えているというのに…それが終わればこっちの学園祭もあるというのに…部長兼生徒会長という立場故に悩みは倍になっている。
「勝者と敗者の間には受け入れなくてはならないストレスに格段の差がある。それを一度に発散できる企画としては悪くはないと思うが」
乾が相変わらずの分析ぶりを披露すると、大石もそれに同意するように頷いた。
「全国に向けてだけではなくて、これからの後輩たちのことを考えると他校同士のわだかまりは少ない方が絶対に良いと思うよ。高校に進学する俺達にとっても必ずプラスになるはずだ」
 それらはこれから幾重にも苦労を背負うことになるだろう手塚にとっての最大の励ましになった。学園祭という甘美な言葉の前にここまで冷静でいられる者を呼び出した彼の考えは正しかったのだ。
「…他校がどう動いているのか多少のデータは入手出来ているのかい?」
大石は乾に向かってそう訪ねる。
「まだ完璧ではないが…ある程度の想像はつくな。まずはメインスポンサーがいる氷帝だが、金に糸目をつけずに相当派手なことをやらかすだろう。模擬店の店舗として城を建設する事も、担当者の衣装デザインを海外の有名デザイナーに依頼する事も彼らなら可能だ」
大石はその様子を想像しては乾いた笑いを浮かべ、手塚はくるりと後ろを向いて額に指を当てた。
「そしてもう一つのメイン校であろう立海大附属…こちらのデータマンは鉄の壁だ。よほどの事がない限り情報の流出はないだろうが、まあ丸井の性格を考えての食べ物屋と仁王・切原の趣味によるゲーム関係の模擬店は間違いないと思っていい。これで子供と女性層を丸ごと取り込むことを考えているだろう」
 学園祭に模擬店の存在は付き物だが、今回は男子テニス部に限ってそれがコンテストの対象になっているのだ。売り上げと来客のアンケート結果によって補助金が出るという話らしい。彼らは目の前に人参をぶら下げられた馬のようなものだった。
「ちなみに不動峰に連絡をとったところ、『お化け屋敷やるんですよ。楽しみにしていてくださいねー』。六角については『海の家なんてどうかなーって話出ていますよ』…だそうだ」
「どうなっているんだ、あそこの危機管理は…」
しかし彼らはいずれも自分たちの持つ個性というものを理解しているらしい。それは必ず青春学園にもあるはずだが、やはり部員全員との話し合いは不可欠のようだ。
「では本格的な模擬店の話し合いは中間登校日まで待つということでいいな」
「ああ」
 それでここで出来る一応の話し合いは済んだのかと思ったが、それまで話を聞きながらも資料に一通り目を通していた乾が頭を上げる。
「ちょっと確認しておきたいことがあるんだが」
「なんだ?」
彼はいつものように眼鏡を上に上げながら淡々と話し始めた。
「俺達が学園祭のメインである模擬店に集中するのはまあ当然だろう。しかし他にアトラクションの参加も認められている以上、二週間という準備期間に相当な労力がかかると思って間違いない。それにテニスの練習に関しても時期的に手を抜くわけにもいかない。思った以上に我々レギュラー陣の負担は大きいのだろうな」
「それは…」
もちろんそれらのことに素通りするつもりは少しもなかったが、よく考えてみれば部員一人一人への負担は免れないだろう。ここは某中学のように数百人の部員を抱えているわけではないのだ。たった一人のサボりが屋台骨を揺るがすことになりかねないとしたら…。
「レギュラー一人一人の管理も頼まれれば出来ないわけではない。ただ俺自身のスケジュールを考えれば完璧に行える自信はない。顧問である竜崎先生に依頼する手もあるが、祭りと聞いてすでに脳が飛んでいるらしいからおそらくは無理だろう。そこで…だ」
 手塚と大石はごくっと息を飲んだ。乾の発想は現実をふまえた上で導き出されるから信用度はあっても、その内容には相当疑問が残る場合が多い。問題は本人が今更そのことを気にすることはないという点だ。
「これは俺からの提案なんだが、臨時で学園祭専門の女子マネージャーを入れるつもりはないか?」
「「女子まねーじゃあ!?」」
彼らはそれぞれテニス部に入って三年目になるが、今までそんな甘酸っぱい存在なぞに出会った事がない。まあ元々ミーハーな目的を持つような輩に邪魔されることは嫌だったから、それが不幸だと感じたことはないけれども。
「準備期間が短い分、女性の持つ細やかな視点は必ず必要になるだろう。思わぬアイディアを与えてくれる可能性も高い。また異性が仲間に加わることで一定の緊張感も保てるだろう…もっとも俺達全員のスケジュールを把握出来るほどの頭の良い人材を求めることになるだろうが」
 大石はそのマネージャーを任される少女の辿る運命を想像してみる。その少女はこのたいそう個性的な集団の中にはたして馴染めるのだろうか。もし自分の可愛い妹(現在小学生)が同じ立場に立たされたのならば、兄として無理矢理止めたに違いないだろう。しかし彼のそんな心配は一人っ子二人組に少しも届いてはいなかった。手塚は腕を組んだまましばらく考え込むと、やがてゆっくりと喋り始める。
「真面目で穏やかな性質であり、かつ裏方で働くことを嫌がらない。しかも男子生徒の中で自身の意見をきちんと言える上に気配りも出来る頭の良い女子生徒…乾、お前がそこまで言うのならば当然相手に心当たりはあるのだろうな」
 そう問われた乾は鞄から愛用の手帳を取り出すと、とあるページに挟んであった一枚の写真をつまみ上げた。それを机の手近な位置に置くと、指先で軽くはじき飛ばす。写真は弧を描きながら手塚の指先へと滑っていった。手塚は写真を改めて手に取り、大石も一緒になってそれを覗き込む。
「なっ…」
それはおそらく青春学園中等部内のとあるクラスで撮影されたものだろう。仲の良さそうなグループが皆肩を寄せ合って笑いながら写っている。しかしその中のたった一人の生徒にだけ、乾は自分の意思で丸印をつけていた。手塚が絶句してしまった理由も真っ先にその生徒に目がいってしまったからに他ならない。しかし彼が必死になって飲み込んだ一言を、大石はあっけないほど簡単に口にした。
「うわぁー、この子随分と可愛い女の子だな」
「広瀬静…二年某組に所属する女子生徒だ。成績はきわめて優秀、運動神経もほどほどに良い。非常に家庭的な性質で、優しく素直な性格も込みでクラスでも男女問わず人気が高い。しかもクラス内でも珍しい帰宅部に所属している。これは日頃のおっとりとした性格によって入部のタイミングを逃したという説が濃厚だ。実際各運動部が極秘にマネージャーとしてスカウトしようと狙っているらしい。どうだ? 二人とも…彼女ならば我々が希望するマネージャーの条件は充分に満たしていると思うが」
 一体どこからこんな情報を入手したのだろうか、この男は。しかし誰も怖くてそのことを聞けなかった。
「だが俺が出来るのはここまでだ。後は…手塚、お前がやってくれ」
「なぜ俺がっ」
「生徒会長権限を使って彼女を俺達の元に引き込むんだ。ぐずぐすしていると他の部に取られる」
正義感の強い真面目な彼はすぐに納得することは出来なかった…が、最早マネージャー作戦は乾一人の希望ではなかった。隣にいた大石もすがりつくような視線で手塚を見ている。
「…なんとかならないのか?」
右と左から強烈な視線を受け、手塚はそのまま固まってしまう。しかし肝心の彼の目は写真の少女から一切動こうとしない。なんか動かぬ相手からもそれを望まれているような…そんな妙な気持ちになった。
「必ずという約束は出来んぞ」
「手塚…」
「出来る限りのことはしてみよう」
「決まりだな」
 とりあえず三人の意見が固まったところで小さな会合はそのまま解散する事になった。緊張感から解放された彼らは鞄を手にそれぞれ立ち上がる。
「それにしても驚いたな…」
大石の表情は日頃の明るいものへと戻っており、側にいた乾を小突くような感じで振り返る。
「乾ってああいう可愛い感じの女の子が好みだったんだな」
思えば日々テニス一色の彼らがこんな話をすることは大変珍しい。手塚は何も言わなかったが、心の中でこっそりと大石に同意していた。
「…いや」
「へっ?」
「俺の好みはもっと落ち着いた雰囲気のある女性だ。どちらかといえば年下よりも年上の方を選ぶだろう」
「…あっそ…」
 よくわからない男だ…と思いながら、厳しい部長と温和な副部長は脳内で思い浮かべるライバルたちの名前から『乾貞治』の名前をカットしようとした。しかし…。
「そういえば、手塚」
「なんだ」
「さっき渡した写真は俺の最高傑作だ。後で必ず返せよ」
「「結局好みなんじゃないか…」」
 
 
 
 
 
 8月19日…中間登校日の予定が全て終了して人影もまばらになった校舎を一人の女子生徒がパタパタと走って行く。夏用のセーラー服の胸には二年の学年章が太陽の光を浴びてキラキラと輝いていた。足が一歩一歩前進するたびに長い茶色の髪がサラサラと揺れる。しかしそれをかまう余裕さえ今は皆無であるようだ。
(生徒会室…生徒会室…)
どうやら彼女はそこに呼び出しを受けているらしい。しかし平凡な一生徒が近寄ることのない教室に向かうことに戸惑いを感じていない筈はないのだ。
 ようやく校舎の隅っこに存在する生徒会室の前に辿り着く。決して焦った表情を見せてはいけないと思い、扉の前で息を整えた。手のひらをきつく握りしめてそのまま扉を叩く。
「学園祭の運営委員を担当します二年の広瀬です」
「入りたまえ」
中から聞こえたのは生徒会長の声だろう。選挙の時に初めて耳にしたのが記憶に残っている。低いなかなかの美声だ。
「失礼します」
彼女は薄暗い廊下から外の光に溢れる生徒会室に放り出された形となった。最初は周りがよく見えなかったが、やがて自分を三人の男子生徒が待っていたことに気がついた。中央の椅子に座っているのが会長だというのはわかっているが、その左右に立つ二人に面識はなかった。
「やあ」
「わざわざ来てもらって悪いね」
 二人の言葉に合わせるようにして会長の手塚国光は立ち上がる。その何気ない仕草にも人を強く惹き付けるなにかがあり、少女はハッと息を飲んだ。
「二年を代表して運営委員を務める広瀬静…だな」
「はい」
「急な話で申し訳ないが、君には我々男子テニス部を担当してもらう」
その申し出に驚くあまり静は何度も瞬きをしてしまった。そのたびに瞳に飛び込む七色の光の粒が四方へと弾ける。
「どうぞよろしく、運営委員さん」
「一緒に頑張ろうね」
「はっ…はい…」
最早そういった返事しか許されないような雰囲気だった。しかし静はまだ気がついていない。今…この瞬間から目の前にいる3人の王子様と自分の運命が、それぞれ異なる輝きを放ちながら動き始めたことを。 
 
 
 
 
END
 
 
 
もしかしたら当サイトの青学編メインカップルになるかもしれない(超未定)3人組とのファーストインプレッションでした。
 
更新日時:
2006/01/17
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質問の提供は『広瀬静LOVE同盟』様でした。
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Last updated: 2010/5/12